61 スクリームテラーとキングビースト
突然とも思えるピカレからの申し出に、ナインはきょとんとする。
「相談って、それは情報屋であるピカレさんへの相談ですよね? 一口噛むも何も、俺じゃ力になれっこないと思いますけど……」
「そうでもないさ。内容が少しばかり特殊なものだから、ナインくんの忌憚のない意見もきっと参考になることだろう。幸いにしてここにはクータくんやエイミー嬢もいて頭数は揃っている。三人寄れば文殊の知恵と言うことだし、少しロパロの話を聞いてやってはくれないか」
「おい待て、グッドマー。物のついでみたいに私まで巻き込む気か?」
「いいじゃないか。君だってロパロの友達だろう?」
不満そうな顔をするエイミーだが、グッドマーはそれを気にすることもなく飄々と言ってのける。そこにロパロが口を挟んだ。
「私からも頼むよエイミー。良かったら君の知恵を、私に貸してくれないかな」
「むう……、ふん! とりあえず聞くだけ聞いてやる。相談に乗るかどうかはその後だ」
「よかった。エイミーもいてくれるなら私にとっては心強いよ」
「煽てたって無駄だからな」
などと言いつつもエイミーは頼られて満更でもなさそうである。
ナインはと言えば、了承してもいないのに見事に話が進んでしまって戸惑っているところだ。
(いやまあ、ピカレさんには苦労をかけさせてしまっているし、俺の相談事にも乗ってもらうためにデートをしている最中なわけだし……なんかデートの範疇を超えている気がしないでもないけど、ここで嫌がる素振りを見せたらまずいよな。かと言って、これでなんの役にも立てなかったらそれはそれでピカレさんからの心証が悪くなるかもしれない――どうかロパロさんの相談が腕っぷしで解決できることでありますように!)
特殊な内容とグッドマーの口から聞かされたばかりなので腕力で片付く問題であることは非常に望み薄なのだが、それでも祈らずにいられなかった。頭の出来に自信がない――むしろ頭の不出来にこそ自信がある――ナインにとってはそれだけが頼みであった。
こほん、と咳払いをしてからロパロは語り始める。
「手前味噌で申し訳ないが、私の経営するホラーハウス『スクリームテラー』は年中客を集めているし、評判もいつだって上々だ。娯楽都市とまで名付けられたこのエルトナーゼでもトップツーの人気を得ている。これは自称じゃないよ、そういうランキングがあって『スクリームテラー』は期間ごとに必ず首位争いをしているんだ。そして争う相手がアニマルショー『キングビースト』。多彩かつ多様な動物芸で観客を魅了する手強い相手だよ。公演以外にもアニマルランドを常設していてそこでも人気を集めている」
つまり動物園とサーカスが合わさったような出し物らしいとナインは理解する。それは人気を集めるというのも納得だ。
「そんなとこと一位争いをしてるなんて、すごいですね」
「私たちも色々と工夫しているからね。時流ごとにコンセプトを変えつつ進化し続けるホラーハウス……苦労もあるけどやりがいはそれ以上だね。あと、それ以外にもオリジナルの大衆演劇もやっているよ。テーマは勿論ホラー! 身の毛もよだつ究極の恐怖劇をスタッフ一同の熱演でご披露する、というわけさ」
「ロパロの格好も劇の花形として、だからね。くれぐれも男装趣味なのだと誤解はしてくれるなよ、ナインくん。やたらと奥様方から好評を得ているが、それでもロパロはノーマルだからね」
「こら、お前が念を押すとまるで本当にそういう趣味みたいじゃないか……ああ、違うからねナインちゃんにクータちゃん。これは仕事でやっているだけだから、信じてくれ」
何故か焦りだすロパロに疑問を抱きつつも「わかってますから」とナインは頷く。それよりも話の続きを聞きたかった。
「くだらんこと言ってないで、早く先を話せ。相談とやらの本題をな。大方キングビーストに関係することだろう」
「むむ。さすがだねエイミー、もう分かっちゃった?」
「まあな。お前、あそこのオーナーと火花を散らしながらも仲は険悪じゃなかったろう? それに私の耳にも、あの『噂』は入ってきているしな」
「……そっか」
「あのー、噂って?」
エイミーとロパロは何やら通じ合っているようだが、ナインはちんぷんかんぷんである。いったい何の話をしているのかと訊ねれば、ロパロはひどく苦しそうな顔をしながら説明を始めた。
「キングビーストのトップは名をシルニコフと言って……エイミーの言う通り、私と彼は商売敵でもあったが、良きライバルであって、戦友のようでもあった。私が一方的にそう思っているわけじゃなくて、向こうも同じように感じていてくれたはずだよ。決して友人のような親しい間柄ではなかったけどさ……でもそんな彼が、急におかしくなってね」
「おかしく?」
「そうだ。まるで人が変わったように、と言えばいいのかな。急にらしくもないことをするようになった」
「らしくもないこと、ですか。具体的には?」
「一言で言うなら散財だな。金に糸目をつけなくなった」
「ん……でもそれって、お金持ちなら特に珍しくもないんじゃ? そのシルニコフって人は相当稼いでいるでしょうし」
何がおかしいのかと不思議がるナインに、ロパロは眉尻を下げた。
「あいつはそういうタイプじゃないんだよ。野心家ではあるけど人当たりがよくて、部下の面倒見もいい。だから多くの者から慕われている。シルニコフはたまに思い切ったことをしても決して強引なことはしなかった。独断専行で物事を決めるようなやつではないんだ」
「それが今では違うと?」
「ああ、まったくね。エルトナーゼにはキングビーストに限らず芸を仕込まれた動物が多くいる。それこそ他のサーカスだったり看板ペットだったりと規模は様々だが至る所でお目にかかれる。しかし――ここ最近はがくっとそれが減った」
「動物が減った? まさかそれって……」
先の「金に糸目をつけない」発言と合わせることでひとつの可能性に思い至ったナインに、ロパロは際どい声音で肯定する。
「ナインちゃんの想像通りだ。シルニコフが酷く強引な手段でエルトナーゼ中の動物たちを買い集めているからだよ。自分の部下にもなんの説明もしないままに金をばらまくようにして、それでも渋る相手には半ば恐喝まがいのことをしてまで、とにかく有無を言わさずに自分の物にしているんだ。初めは小さな噂だったがそれももう多くの人に知れ渡っているだろう。だからこれはもはや噂ではない、紛れもない真実であり、あいつの強行は現実に起こっていることなんだ。なにせ私もシルニコフの部下から相談を受けたんだからね」
「え、キングビーストの職員がロパロさんに話を持ってきたんですか?」
商売敵に対して、しかもその中心人物とも言えるロパロに? と驚くナイン。だがロパロが言うには何も変なことではないらしい。
「責任者は責任者を知る、というかね。シルニコフの様子がおかしくなったというのなら、同じような立場である私に見解を訊ねるのも当然の理屈だよ。原因がわかるかもしれないし、対処の仕方も浮かぶかもしれない。そういう期待を胸にやってきた彼らには悪いことをしてしまった、私にも言ってやれることはほとんどなかったからね。原因なんて思いつくことはなかった。それでピカレに意見を貰おうと電話をしたんだが、返事はなしの礫でほとほと困り果てていた、というのが一昨日までの私だ」
ただし、とロパロは言葉を区切った。
「原因には心当たりがなくても、取るべき手段くらいは手立てがあった。ただしシルニコフの部下に直接伝えてしまうには少々酷だったから、私が勝手にやることにした。もう約束の時間だから来る頃だと思うが……」
「来る? この場にまだ他の誰かを呼んでいるのか?」
訝しげに問うたエイミーに、「君も知っている人物だよ」とロパロは言った。
ピカレは薄い笑みを浮かべたままなので、おそらく既に聞き及んでいるのだろう。ここまでは事前にロパロがピカレに聞かせた話をなぞっただけらしいとナインは気付く。
それにしてもどんな人が来るのだろう、とナインがうすぼんやりと未だ見ぬ相手を想像しだしたところで、まったく口を挟むことなく物言わぬ仏像と化していたクータがこそりと言った。
「ご主人様、だれか近づいてくる」
「え?」
「あそこ」
クータが指差した物陰から、丁度のタイミングで足音が聞こえてきた。石畳を叩く硬質な音は段々と大きくなってくる。クータの言う通り明らかにこちらへ近づいてきている――その正体は論ずるまでもなく、ロパロの待ち人その人に違いないだろう。
何故だか固唾を飲むような心持ちで待ち構えるナインの前に、ついにその人物が姿を現した。




