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怪物少女、邁進す 〜魔法のある世界で腕力最強無双〜  作者: 平塚うり坊
2章・エルトナーゼの曇りの日編
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59 お化け屋敷での再会

 色々と怪しい言動を見せるグッドマーと共に街を行くことに懸念がないと言えば嘘になったが、存外デートの中身はまともなものだった。


 例えば評判のいい劇を特等席で観賞したり、名物コックの居る一流レストランを奢ってもらったり、質と品が備わった洒落た服屋を紹介されたり、不覚にもナインは普通に楽しんでしまった。道中のグッドマーの語り口も洒脱かつ軽妙で、いわゆる普通人らしい配慮を見せていた。

 それはもう、ナインが警戒を胸に用心したまま付き合おうと考えていたのが馬鹿らしくなるほどに。


 ただ、服屋で新たな衣装を纏うナインにいちいち「細い体だ」だの「小さな手だ」などとうっとりと呟くグッドマーには言い表せぬ嫌悪感を抱いた。特に、ハーフパンツと子供用のジャケット、ローヒールのショートブーツという少女らしくもボーイッシュなコーデになったナインを目にした際のグッドマーは酷かった。


「ほう。体躯が未成熟だからこうしていると紅顔の美少年にも見えるね。うん、悪くない……むしろすごくいいね。そそるよ」


 このセリフにはぞっとしたものだ。

 ナインだけでなく、傍で聞いていたクータも、器用に物陰へ隠れていた青蛇も身を震わせた。


 グッドマーにとって一種の冗談なのか、それとも初対面にもかかわらず性嗜好をダダ漏れにして反応を楽しむ悪趣味さなのか、それは誰にもわからなかった。


 押し切られる形で服一式をプレゼントされたナインは装いも新たに、次なる目的地をグッドマーと並んで目指す。と言っても服の上からはマルサから貰った一張羅のローブを羽織っているので、一見しただけでは普段通りのナインだったが。


「次はどちらへ?」

「うん、それなんだが。ナインくんには悪いけど、少々知り合いのところに寄らせてもらうよ」

「俺は構いませんけど……お邪魔じゃないでしょうか」


「いや、いや。この街でもトップツーの人気を誇るホラーハウス。そこのオーナーに会いに行こうと思っていてね。私が用を済ませる間、君たちはホラーハウスを楽しむといい。そこは『本気で怖い』がコンセプトで凝った趣向で楽しませてくれるはずだから、きっと暇はしないだろう」


 ホラーハウス。つまりはお化け屋敷かと合点がいったナインは、面白そうだと興味をそそられた。街中に娯楽施設が溢れているこの街でトップクラスの支持を得ているとなればなかなかに期待が持てるというもの。


「実を言うと、ナインくんを待っている間に何度も会いたいと打診が来ていてね。勿論君との約束のために断っていたんだが、どうにも緊急の用件らしかったし、親しくしている友人が相手でもあるから、こうして話だけでも聞こうと思ってね」


「それはなんか、すみません。俺のせいで」


「いいんだよ。君にとっては与り知らぬことなんだし、実際直接的な関りはないんだからね。私が勝手に断っただけの話さ」


 謝る必要はないとグッドマーは言うが、ナインの到着が遅れてしまったことが彼女の予定に影響を与えたのは事実。友達の方にも悪いことをしてしまったとナインが申し訳なく思うのも無理はない。


 居心地の悪いナイン。そのローブの下でもぞり、と青蛇が身じろぎをした。




 グッドマーの先導で辿り着いたのは巨大なテントのような建物だった。看板が掛けられているがナインにはなんと書かれているのか読めない。すると「『スクリームテラー』、ホラーハウスらしい名称だろう?」と図ったようなタイミングの良さでグッドマーが教えてくれた。


 まさか自分が読み書きできないことを知っているのかとナインは訝しむ。リュウシィがそれを伝えるとも思えないので、彼女はデート中の僅かな時間でそれを見抜いたということか……まあ、別に隠そうとはしていなかったが、やはり油断ならない人だという印象は強まった。


 受付で子供用チケットを二人分購入したグッドマーは、ナインにそれを手渡しながら言った。


「オーナーに顔を見せに行くとするよ。君たちは束の間の恐怖体験を楽しんでいるといい」


「ありがとうございます」


 裏手のほうへ回っていくグッドマーを見送る。その足取りの迷いのなさから、友人だというオーナーとは本当に親しい仲なのだと思わされた。そうでなければああも勝手知ったる我が家のような気軽さで関係者専用の場所へ入っていくことなどできないだろう。


「いやまあ、あの人なら初めての場所でも図々しくお邪魔しそうではあるけど……」

「ご主人様、行かないのー?」

「おっとすまん、入るとするか」


 入口でチケットを渡して、薄暗い屋内へと歩を進める。

 外に比べて肌触りがヒヤリと冷涼になり、足元にはドライアイスのそれにも似た煙が溢れ広がっている。

 どうやらサーカスのようなテント造りはあくまで外観だけのもので、内部の構造は意外としっかりしたものとなっているようだった。


「くらいねー、ご主人様」


「うん。かなり本格的だな」


 と感心したようなことを言うがこの二人、明度が足りないからといって視界が悪くなるようなことはない。せっかくの雰囲気づくりも虚しく、外と大した違いもなくばっちりと周囲を見渡せている。


 どんなによくできたお化け屋敷でも煌々と照らされた中で仕組みを見られてしまえば、その完成度は大きく落ちることになる。暗さはただ雰囲気を盛り上げるだけでなくもっと単純に、作り物感、つまりチープさを隠すためにも必要な要素なのだ。


 だから最初のうちナインは「まあこんなもんか」と廃れた壁模様の通路を眺めていた。

 期待外れと言うつもりはないが、拍子抜けではあった。

 クータも特に怖がる様子はなく。淡々と先へ進み、二人して冷やかしのようにいきなり飛び出す人形や変装した職員による熱の入った演出を驚きもせずに観察して――問題はそこからだった。


「……!」


 ナインはホラーハウスに入ってから、ここで初めて衝撃を受けた。ルートも中盤に差し掛かったかという辺りで急激に「完成度が上がった」のだ。屋内ながらまるで真夜中の墓所にいるようなその造りは真に迫っており、空気感もよく再現されている。


 そしてナインが何より気を取られたのが、濃密な気配だ。


 先の人形や職員とは明らかに一味違う何者かが潜んでいる。息を殺してじっとこちらを窺っている――それも何十人もだ!


 こういったことには鈍いナインですら気付くのだから当然クータも察知している。

 彼女はすっとナインに身を寄せ、守りの姿勢に入っていた。


「ご主人様、すごい数だよ」

「みたいだな……しっかしどういうことだ? 死角は多いがいくらなんでもこの数は計算に合わないぞ。いったいどこに隠れてやがる?」


 得体の知れない気配に囲まれ、自然と二人は戦闘に備えた。

 これがホラーハウスの仕掛けだと判断する気にはなれなかった。

 それだけここに潜む者たちは余りに異質に過ぎる。


 緊張の高まる中、視界の端、静謐に包まれた空間の中でひょこりと動くものがあった。反射的にそちらへ目を向ければ、そこには。



 墓標から覗く仄暗い眼窩――剥き出し(・・・・)の頭蓋骨(・・・・)が、ナインを見つめていた。



「……っ!」


 声を出さなかったのは単にそうできなかっただけのことだ。

 一体を発見した途端、そこら中からまるで虫が湧くようにわらわらと青白く光る骸骨が姿を現したものだから、ナインは絶句してしまった。


 骨格標本が意思を持って宙に浮いているような非現実的な光景だが、ここは異世界。呆然としていたナインもすぐにこれらがモンスターである可能性に考えを巡らせた。


「こりゃスケルトンってやつか……!? 何が目的か知らんが、とりあえず食らえっ!」


 スクリームテラーの従業員に心の中で詫びつつ、手近にあった墓標を掴み折る。彼女の体格からすれば本物の石でこそなくても相当な重さのはずだが、ナインはまったく意にも介さず振り回し――ぶん投げる。


 飆風を巻き起こしながらすさまじい勢いで投げつけられた墓標は、確かに人骨たちに激突した、かに見えた。


「んあっ、すり抜けたっ? まさか物理無効かこいつら!」


 骨の群れを通り抜けた墓標が壁に激突、悲しく音を立てて砕け散った。

 その様子からナインは単純な物理攻撃ではこの骨たちに効き目がないことを悟った。


「だったらクータが! はあぁっ!」


 舌を打つナインの代わりにクータが前面に立ち、力を込める。ボッ、と彼女の両腕を包むように炎が出現し――怪腕が振るわれる。腕の延長上に伸びた炎が鞭のようにしなり、独特の軌跡を空間に描いた。


 ナインの投擲にはどうという反応も示さなかった人骨たちが、今度は慌てたように避けていく。命中こそしなかったが効果は如実に現れていると言えるだろう。


「ビンゴだ、クータ。お前の炎ならやれるみたいだぞ!」

「このまま燃やすね!」

「近づきすぎるなよ、こいつらに触れられるとヤバい気がするから」

「りょうかい!」


 むうう! と唸るクータは両腕の炎を更に激しく燃え上がらせる。周囲の骸骨を一掃すべく手を動かそうとした、その瞬間。


「こらーっ! 何をやっとるんだ貴様らー!!」

 突然響いた怒号。骸骨が左右に別れ、声の主が勢いよく飛び込んでくる。


「他の客たちの迷惑になる行為は即刻退場だぞ……って、貴様は!」


「あ」


 闖入者と顔を見合わせ、指をさし合うナイン。どちらも相手に見覚えがあったのだ。


「ナイン!? なぜ貴様がここに?」

「そういうお前はエイミーか! 何してるんだ、こんなところで?」

「それはこっちのセリフだ!」


 初めて会った時と同じくやけにタイトな黒装束に身を包んだ顔色の悪い少女、エイミー。

 思わぬ場面での再会に首を傾げるナインと、同じく目の前の人物が誰か分からずに不思議そうにしているクータ。呑気な二人の仕草に、エイミーのこめかみに青筋が浮かんだ。


 あ、これも前と同じだ、とナインは思った。


エイミーさん喋ったの何話ぶりだろうか……

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