58 逢引きをしよう!
三人で卓を囲み、まずグッドマーが求めたのは経緯の説明であった。アウロネから詳細を聞いている彼女だが、当事者たるナインの口から直接話を聞きたいと切り出した。
まあ当然の要求かと頷いたナインは語りだす。リュウシィと知り合い、その職務を手伝うことになり、『暗黒座会』という犯罪組織とぶつかり、その頭目が不当所持していた七聖具と戦闘行為に及び、果てに『聖冠』を食べてしまった。
端的に表すならこういった一連の出来事をなるべく細大漏らさず述べる。
グッドマーはふんふんと興味深そうに話を聞き、時折興奮したように相槌を打った。
一部始終を語り終えたナイン。
彼女にとってはここからが本題であった。
「それで、どうでしょう。国の宝を勝手に食っちまったこの状況、どうにかなりますかね?」
「どうにか、とは具体的にどうしたいのかな?」
「そりゃあ……このままだと万理平定省に怒られますから、聖冠を俺の体から取り出す必要がありますよね」
「ふむ。一応聞くけれど、自分で出すことはできないんだね? 取り込むことはできたのに?」
「そう、ですね。元の所持者も死んでるので試しに吐き出してみようとはしたんですけど、どうも上手くいかなくて。嘔吐くだけで終わっちゃいましたね」
「嘔吐く……ちょっと念のためにもう一度やってみてくれないかな」
「へ?」
「フーッ!」
明らかにナインの喘ぐ姿を見たがっている様子のグッドマーにクータが威嚇をした。こんな場所で火を起こされたら大変だとナインが慌てて憤るクータを押さえて宥める。
「グッドマーさん、そういう冗談はやめてください。クータが本気にしちゃうでしょう」
「冗談のつもりはないんだが……いやなんでもないさ。とにかくそうだね、ナインくんはお腹の中の聖冠を体外へ排出させたいと、そういうことでいいのかい」
「排出……はい、まあ、そうですね」
「ただしその手段が分からない、と」
「その通りです。自力じゃ無理ですし、かと言って他にどうすると言われても案がないんですよね。しかも七聖具には凄いパワーがあるらしいですから、下手なことしたって悪化させるだけな気もして」
けだしもっともである、とグッドマーは同意した。
「国宝のマジックアイテムを相手に迂闊な行為は避けるべきだろうね。そういう意味じゃ食べてしまった時点でもうアウトなんだが……」
「はい……」
しょんぼりするナインに愛おしいものを見るような視線を向けてグッドマーは微笑んだ。
「落ち込むことはないさ。暴挙ではあっても必要に駆られての行動であることは私も理解している。責めているわけじゃないんだよ」
「ですけど、結局リュウシィを困らせてしまっているんじゃ元の木阿弥というか……」
「だからこうして私に助けを求めに来たんだろう? それは正解だね、私には既にこの事態を解決し得る具体案がひとつ思い付いている」
「! 本当ですか!」
勿論だとも、嘘はつかないさとニヒルに言ってのけるグッドマー。ナインは机に身を乗り出すようにして彼女へ問いかける。
「そ、その具体案っていうのは?」
「まあまあ、少し待ってくれないかな」
「え……」
すぐにでも教えてもらいたいナインを焦らすようにグッドマーは「待った」をかける。彼女は如何に知人の紹介相手とはいえ、ただで情報を渡すような真似をするつもりはなかった。
それがナインという少女であるのなら尚更。
「私は情報屋だ。しがない知識売りだよ。頭の中を切り売りして生計を立てている身分なんだ。分かるだろう? そんな私から情報を得たいのなら、対価がいるってことさ。支払うべき対価がね」
「ごもっともです。いくらですか?」
「ふふ。勘違いしないでほしいが、これでもお金には困っていないんだ。それなりに稼げているんでね。金銭欲のための言葉に聞こえてしまったかな?」
「はあ……それじゃ俺は何を払えばいいんでしょうか」
「時間」
一言で答えるグッドマー。それはまるで獲物に飛び掛からんとする猛獣のようで、そう問われることを待ち構えていたのがありありと分かる鋭い語調であった。
「時間、ですか」
「そうだとも、君の時間が欲しい。いやなに、リュウシィやアウロネくんの言っていた通り――否、それ以上に義憤と人情に溢れた素晴らしい少女である君を、私はとても気に入った。ナインくんは人徳に優れ、しかも度を超えるような美人だ。そんな君と仲良くなりたい。そのために時間をくれと言っているんだ」
「…………」
「ご主人様……」
難しい顔をするナインに、クータが心配そうに声をかける。もし命じられたら即座にグッドマーを焼くつもりだが、勿論ナインがそんなことを命令するはずもない。
ナインが悩んでいるのは時間を取られること、にではない。別にその程度なら構わないのだ、どうせグッドマーに会うこと以外で用事らしいものもないし、それで聖冠への対応策を教えてもらえるなら実に安いものである。
ただし気がかりなのがやはり、グッドマーのこの奇妙とも言える態度。あまりにナインに興味を持ちすぎている。事細かに経過を知ろうとする程度ならともかく、必要以上に関係性を構築しようとしているのには何かしらの訳があって然るべきで、けれどその理由が見えてこない。むしろ話せば話すほど分からなくなる。
そもそも失礼を承知でフードを深く被ったまま顔を隠して相対しているというのに、ここまで容貌を褒めそやされるのは少々気味が悪い。グッドマーの妙な興奮具合も合わさってまるで何もかもを見透かされているような気分にまでなってくる。
……と、不安は尽きないのだが。
そうは言っても唯一の頼る伝手である。
リュウシィからの紹介でもあることだし、いくら気味が悪いからといってここでNOは告げられない。グッドマーが時間を欲するなら素直に従って、彼女の知りうる情報を貰い受ける他ないのだ。
「了解です、グッドマーさん。俺の時間をあなたに差し上げます」
「ありがたい。断られていたらきっと私は傷付いていたよ。すげなくされるのもそれはそれで悪くないかもしれないが」
「えーっと、それで俺は何をすればいいんでしょうか」
「ふ、そう警戒してくれなくていい。私はただ、ちょっとしたデートに付き合ってほしいだけなんだ。それ以上でもそれ以下でもない」
「デート……と言われても」
ナインとて元は青春真っ盛りの高校生。
当然女子とのデート経験の一度や二度くらいはある……と言いたいところだったが残念ながらこれでは見栄になってしまう。
彼女が『彼』だった時代に二人きりで出かけた異性など母か姉くらいのもので、クラスメート複数人でならともかく特定の女子と映画を見たりウィンドウショッピングに勤しむといったことはしてこなかった。
経験不足から頬をかくナインに、グッドマーが安心させるように言った。
「ああナインくん。デートプランを考えろ、なんて君に言うつもりはないよ。エスコートはこちらが請け負うとも。そもそも君はこの街に来たばかりだろう? 私がエルトナーゼを案内してあげようと思ってね。どうだろう、これは君にとっても悪い話じゃあないんじゃないかな」
確かに、とナインは頷く。
気負う必要もなく、ただグッドマーの案内についていけばいいのであればなんとも楽なことである。
エルトナーゼはリブレライトに比べ非常にごちゃごちゃした街だ。自分の足で探索するとなると相当骨だが、そこを現地民である彼女がおすすめスポットを手ずから紹介してくれるというのはありがたい。聖冠の件を優先するためになるべく目を向けないようにしてきたが、やはり新しい街を訪れたからにはそれなりに見て回りたいという欲がナインにはあったので、このグッドマーの提案は魅力的に映った。
「それじゃあ、早速街へ繰り出すとしようか」
明るくなったナインの表情を見て、グッドマーは颯爽と立ち上がった。