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怪物少女、邁進す 〜魔法のある世界で腕力最強無双〜  作者: 平塚うり坊
2章・エルトナーゼの曇りの日編
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57 視線

 今度こそノックする。間を置いたが返事は聞こえてこない。しょうがないので、思い切って扉を開けてみることにする。鍵はかかっていなかったが、ナインがそれを意外に思うことはなかった。どうしてだか「やはりな」と内心で納得したくらいだ。


「失礼しまーす……」


 恐る恐る呼びかけながら中へ。

 薄暗くて最初は何がなんだかよく分からなかったが、ナインの瞳は特別製だ。すぐにすべてを見通せるようになった。


 雑然と物が積み置かれたまるで物置のような部屋。外観からは想像できないほど中は広かったが、どこを見ても散らかっているのでひどく窮屈な印象を受ける。廊下に通じた箇所にも歪んだデザインの壺や彫刻が飾られたりしていて動線を妨げる。一見しただけで住みづらい家だと言えた。


 そしてそんな中に、その人影はあった。

 物と物の隙間にあるような空間に腰かけているその人物は、しかし環境にそぐわぬ悠然とした姿勢と笑みでナインを迎えている。落ち着き払ったその態度が、ゴミ屋敷の主人をあたかも若くして隠居した収集家か、あるいは見てくれを気にしない古物商として一門の人物であるかのように見せていた。


「やあ、よく来てくれたね。君がナインくんで間違いないね?」


「はい。では、あなたがピカレ・グッドマーさん?」

「そうだとも、私がピカレ・グッドマーだ。初めましてナインくん、ようこそエルトナーゼへ。私のことは気軽にピカレと呼んでくれ」

「初めまして、ピカレさん。どうぞよろしくお願いします」


 ナインは改めて頭を下げる。大げさな動作になってしまったが顔をなるべく隠したかった。彼女はとても驚いていたからだ。


 ――まさかピカレさんが女性だとは!


 そういえば性別については聞いていなかったなと記憶を掘り起こすが、何故か相手は男性だと勝手に思い込んでいたので彼女の驚きはかなりのものだった。最初は一瞬、中性的な男性かと誤解しかけたのだが、喋った声で識別できた――ハスキーだが確かに若い女性の声音だ。


 いかにも歯の浮くようなセリフを吐くのが似合うような線の細い優男に見えなくもない風体だが、よくよく見ればその体格も仕草も間違いなく女性のそれである。


 失礼と取られかねない――というか女性に対してはっきり失礼な誤解をしていたことを悟られぬよう気を落ち着かせるナイン。

 そんな拙い誤魔化しが通じているのかどうか、グッドマーはにこにこと上機嫌な顔を見せている。


 どうやら機嫌は悪くないらしい、とあたりを付けたナインはほっと胸を撫で下ろした。出会い頭に嫌味のひとつも飛び出すだろうと腹を括っていたが、そんな覚悟もいい意味で無駄になってくれたようだ。


「それから、こっちが俺の……従者のクータです」

「どーも……」


 背後に控えていたクータが顔を出しながら雑な挨拶をする。「やあどうも」と人当たりよくグッドマーが挨拶を返す最中に、視線がクータへ集中しているのをいいことに青蛇がそっとナインの足元からローブの中へと潜り込んでいた。


 息を潜めた行動とはいえ当然潜り込まれた側のナインはそれに気付いていたが、あえて何も言うことはしなかった。むしろなんでもない風を装ってそれとなく青蛇の隠密に協力したくらいだ。それは事前に青蛇の警戒を知っていたからというのもあるし、クータを眺めるグッドマーの目に先ほどまではなかった色を見て取ったからでもあった。


 それとなくだがしかし明確に確実に、上から下まで舐めるような目つきで、クータをじろりと観察している。


 ……別にその行為自体にどうこう言うつもりはない。

 初対面同士ならばこんなのは誰もがやることだし、ナインとて今しがたグッドマーに対し同じことをしていたのだ。


 だから気になったのは観察するという行為そのものにではなく、次の二点。


 ひとつは彼女の朗らかな態度に似つかわしくないほど怜悧な何かをその瞳の奥に感じたこと。より正鵠を射た表現をするならば、その「何か」の冷たさとは裏腹に、ただ第一印象を決めるだけとは到底思えない尋常ならざる熱意を放っていること。


 そしてもうひとつが、その関心をナインには一切向けなかったことだ。


 ナインにもそうやって対応するならいいのだ。そこに不自然さは何もない。初めて会った人物の品評を熱心に行ったというだけ。グッドマーという人間はそういう人となりをしているという、ただそれだけのこと。


 しかし彼女はそうではない。ナインにはまったく観察の目を向けなかった。それはまるで旧知の間柄のような、既に知り合っている人物に対するような、そんな自然過ぎるが故にとても不自然な応対の仕方だ。


 ナインとグッドマーは間違いなく知人同士などではない。

 そもそもナインはこの世界に来たばかりで当然以前からの顔見知りなど存在しないのだ。


 異世界生活もそろそろ三カ月目に突入しようとしているがその間に知り合った人物などそれこそ数えるほどしかいない。無論、顔だけは覚えているとか単に街中ですれ違っただけなどの薄い関係性を含めるならその限りではないが、まさかグッドマーにどこかで見られたことがあるとも思えない。

 ナインが活動していたのは主にリブレライト市内であり、ここエルトナーゼにはつい昨日到着したばかりなのだから。


 つまり一方的に知られている、という線もなく。

 やはりナインとグッドマーはここが初顔合わせに他ならない。

 グッドマーのナインについての知識はリュウシィやアウロネからの伝聞でしか得られず、それは要するにほぼ何も知らないのと同義である。


 となるとやはり妙だ。


(いったいこの態度の差はなんなんだ……? 俺が異世界人じゃなけりゃどこかで会ったのをうっかり忘れてしまったのかと勘違うところだった――ん? ひょっとしてそれが狙い、だったり? 偶然必然を問わず、何かしらの伝手やら筋やらで俺を知っているように装っているのか?)


 ここでナインは前日にアウロネから受けた忠告を思い出した。


(ピカレ・グッドマーは『知りえないこともどういう訳か承知している』し、『俺の目にどう映ろうとそれが本性ではない』……だったか。はあん、これはなるほど一筋縄じゃあいかなそう人だな。偽っているのかいないのか、偽っているとしてどう演じているのか、そして狙いはなんなのか? どれも俺には見抜けそうにないぞ……)


 一歩引いた視点を意識するように言われていた。

 それがなければグッドマーへ違和感など覚えなかったかもしれない。


 アウロネへの感謝を胸に、ナインは俯瞰的に対象を、この場を捉えることに決めた。相手の態度もそうだが、それに対する自分の反応も含めて客観視するのだ。これは演劇、そのワンシーンを演じているのだと思えばグッドマーへ無防備な振る舞いを見せずに済むことだろう。


「そうか、君がクータくんか。君のこともアウロネくんから聞かされているよ。なんでもナインくんにとってのナイト、騎士様のようなもの、だったかな。ふふ、けれど護衛としては随分と可愛らしいね」


「むっ」


「おっと済まないね、揶揄するつもりはないんだよ。ただ護衛対象もまた、非常に美しいものだから、私としてはつい心配になってしまうんだ。きっと常々無作法な輩に困らされていることだろうね……」


 ああ、本当に可愛いな……とグッドマーは口内で噛み含むように漏らした。そのどこか陶然とした言葉尻にナインは寒くもないのに悪寒を覚えた。グッドマーはクータと言葉を交わしながらもナインのことばかり見ているようであった。


「さて、いつまでも客人を立たせているわけにはいかないね。こちらへおいでよ。一応三人が座れるだけのスペースはあるんだ」


 グッドマーは「散らかっていて申し訳ない」と少しも悪く思っていなさそうな口調で言ってからそこら辺のものを手当たり次第に追いやった。

 スペースがある、のではなく急ごしらえでスペースを生み出したと言ったほうが正しいが、それでどうにか四人掛けのテーブルが姿を現したのだからナインとしては何も言えない。

 人様の家のことだ、思うことがあってもそのまま口に出せるはずもない。


「さあここだ、席についてくれ。それから重ね重ね済まないが、お茶は出せないよ。この家にそんなものはないからね」

「いえ、お構いなく。押しかけた身ですから」


「いやあ悪いね。私としてもおもてなしができなくて残念なんだよ。まあ私の出す茶なんてのはとても振る舞えたものじゃないだろうから、そういう意味じゃ恥をかかなくて済んだと喜ぶべきかもね……けどそれにしたって本当に残念だ、是非手ずから入れた温かな飲み物を君に飲んでほしかったんだが……」


「……お構いなく、いやこっちこそ本当に」


 なんだかこの人怖い。純粋にナインはそう思った。


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