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怪物少女、邁進す 〜魔法のある世界で腕力最強無双〜  作者: 平塚うり坊
2章・エルトナーゼの曇りの日編
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56 その名はピカレ

 ピカレ・グッドマーの朝は早かったり遅かったりする。


 それはグッドマーが決まった時間に決まったことをする予定表通りの生活に苦痛を感じる自由人だからでもあったが、単純に本性がとても気まぐれで、とりもなおさず夜更かしや徹夜が当たり前の生活リズムであるからでもある。


 そんな性分をしているからか、グッドマーは人との約束をしたがらない。


 交わした約束を守る気になれない。というよりは、守れる自信がない。それは悪意なき悪癖であるためにグッドマー本人にもどうしようもないもので、当然約束を破られた側がどういう風に感じるのかは想像に難くない。


 憤慨にせよ傷心にせよ気持ちの良くないものが胸に浮かぶ、そんなことはグッドマーにとっても分かり切ったことだ。それを未然に防ぎたいという純然たる善意に基づいて、なるべく予定を立てる際に人を巻き込まないようにしている。


 とはいえ、自分から約束を取り付けないのは容易だがその反対は難しい。

 向こうからの呼びかけには如何せん応じざるを得ない――いや、嘘だ。


 少しでも興味を引かれないと思えばたとえ誰からのどんな声にもグッドマーは首を縦には振らない。すげなく断る。きっぱりと拒絶する。しかしそれを申し訳なく思う気持ちもありはする。あっても断るというだけで、何もグッドマーは自分以外のことなどどうでもいいという完全利己主義ではないのだ……それに極めて近くはあるし、その自覚を本人も持っているが。


 必然、グッドマーの友人知人はそんな性格を理解したうえで許容できる些事を気にしない磊落な人物か並外れた度量を持つ聖人君子のような人柄の者のみに限られたが、それで困ったことはなかった。むしろ周りには「良い奴」しか残っていないあたり、そういうことなのだろうとグッドマーは考えている。これは幼いころから着々と築かれた人格の基礎とも言える部分に深く根付いた思考であり、思想であり、すべての基準ともなっているものだった。


 だからグッドマーはまるでそれが真理であるかのように、自分というものを変えようとはしなかったし、変えたいと思ったこともなかった。


 自由に、気ままに、何にも縛られず、何も縛らず。

 やりたいことだけをやり、知りたいことだけを知る。

 それがピカレ・グッドマーという人間だった。


 だから今回、グッドマーが知人からの「お願い」を聞き入れて、しかも数日がかりに指定の場所で腰を落ち着けていることは、この上なく珍しいことだった。


 ある知人が久方ぶりの電話を寄越してきて、それとなく知人の知人がエルトナーゼを訪れることを伝えられた。その三日後には知人の部下がわざわざ直接訪ねてきて、詳らかに事情を明かしていった。


 ――興味深い。

 グッドマーはそう思った。


 近くやってくるというその少女の抱える問題というのはやおら興味を煽るものであった。

 そしてそれ以上に、知人のリュウシィ、その部下アウロネの語り口から聞こえる件の少女がまた、むずむずと関心を刺激してやまないのだ。


 ――面白いじゃないか。

 グッドマーは微笑んだ。


 今か今かと待ちわびる。こうして何日も待ちぼうけを食らわされることになるとはさすがに予想外だった。なるほど待ち人とはこういう気分なのか、新鮮だ――などとこれまで常に待たせる側だったことで味わうことのなかった感情をようやく知れた。実にもどかしく落ち着かないものだった。しかしそこには僅かな怒りもない。


 待たされることなど今のグッドマーにとってはなんでもなかった。それだけ少女に会うことを、実際に目にすることを楽しみにしているからだ。


 これは予感だ。あるいは、予兆なのかもしれない。


 連日早朝に起きて外出も最小限にいつも以上に人付き合いも絶ってひたすらノックの音を待ちわびるその行為は、むしろ喜悦の心を高めてくれた。待てば待つほど、望めば望むほど――極限まで渇いた喉を潤す水が、美酒にも勝る至福の味を届けてくれるのと同じように、少女はグッドマーへ未知の悦びをもたらしてくれることだろう。


 ピカレ・グッドマーは培った見識に誇りを抱いているが、それ以上に信用しているのが己が第六感、証明できないが確かに存在する、鼻以外で嗅ぎ取る自慢の嗅覚であった。


 ――外したことはないんだ。

 グッドマーは確信している。


 面白そうだと感じて、だから動いて、その結果後悔したことなど今までただの一度もありはしなかった。


 だから今回もきっと……否、今回はもっと飛び切りの何かと出会える。

 グッドマーはもはや予知に近いレベルでそれを信じている。


 さあ来い、すぐに来い、ここへやって来い。


 永遠にも思える待ち時間の果てに、ついにグッドマーの耳に扉を叩く音が聞こえてきた。最初は幻聴かと疑って返事ができなかったが、それを否定するように扉が開いて、そして――グッドマーの唇が喜悦に歪んだ。



◇◇◇



「ここがグッドマーさんとの約束の場所か……間違いないよな?」

「じゃーら」


 青蛇が先導する形で辿り着いた、メモに書かれた建物。そこはあばら家という表現がぴったりの古臭く傷んだ家だった。


 壁には蔦が這っているし、屋根の一部はブルーシート――ナインの目にはそうとしか見えなかった――で覆われている。くたびれたドアに薄汚れた窓。余りにも襤褸が過ぎる。ナインにはどうしてか、これが過剰な演出のように思えてくる。自然とこうなったのではなく、好き好んで廃屋のようなテイストを取り入れているのではないか、と。


「リュウシィもアウロネさんも変人の部分をやたらと強調していたもんなあ。……ところでグッドマーさんは在宅だろうか? どこか出かけてるってこともあり得るよな」


 不在ならば帰宅するまで待つだけだが、もし本当に家を空けていたりしたらいつ帰ってくるか分からない。それこそ日をまたいで留守にする可能性だってあるのだから。


 とはいえ、元はと言えば待たせてしまっているのは自分たちのほうだ。

 リュウシィの伝言である「数日後には」という言い方から一般的に想像できる期間はとっくに過ぎている。


 昨日だってアウロネと別れてから、クータのストリート魂が鎮まるのを待って良さげなレストランを見つけて食事を済ませて良さげな宿屋を探して泊まる場所を決めて、などとやっている間に陽が沈んでしまった。夜間だろうが会いに行くべきかと悩んだが結局は「夜に押し掛けるのもどうか」という常識的な配慮によって日を改め、一晩を明かしてからようやく訪れることができたのだ。


「いつまで待たせるんだって怒られるかもな……うう、くわばらくわばら」


 会うための正確な日取りは決められていないので『遅刻している』とは言い難いのだが、やはり気分的にこれ以上相手を待たせるのは忍びない。

 在宅かどうか確かめるためにも扉を叩こうと手を伸ばして――そこをクータに止められた。


 そっと腕を掴まれ、ノックを遮られる。いきなりの行動にナインは戸惑いの声を出す。


「ん? どうしたよクータ」


「中に、人はいる。たぶん一人だけ。人にしては体温が高い、なんだか興奮してるみたい」


「マジかよ、クータったらいつの間にそんなことが判別できるように……ってか居るなら早く会わんといかんぜ、どうして止めた?」

「すごく興奮してるのがなんだか気になる……それに、うーんと……なんかじっとりした雰囲気を感じるから」


 眉を顰めて嫌そうな顔をしているクータ。扉の中が見えているかのようにじっと見つめながらナインに説明するが、如何せんうまく伝わらない。


「じっとりって言われてもな。もうちょい詳しく頼むよ」

「うーん……ちょっときしょくわるい感じ?」

「じゃら」

「え、お前もなのか?」


 同意を示すように頷く青蛇。


 どうも自分では察知できない何かをクータと青蛇は感じ取っているらしいとナインは気付く。

 思い返せば似たようなことは前にもあった。暗黒館へ突入したあの時、クータとリュウシィはいち早く聖冠の存在に勘付いていたが、自分には何も分からなかった。あれはおそらく野生の本能だとか武芸者としての勘だとかそういったもので捕捉していたのだろう。

 そのどちらもない自分にはとうてい真似できない芸当。


 鈍感さについて自覚のあるナインはクータと青蛇の主張を素直に聞き入れた……がしかし、ここで踵を返してリブレライトへ舞い戻るなどという選択ができるはずもない。


「会わずに帰ったりしたら大顰蹙だからな。でも、用心はしておこう。俺から先に入るから、後ろに控えてくれ」


 考えづらいことではあるがひょっとしたらこの先に危険が待っているかもしれない。グッドマーという人物が変人なだけでなく蛮人でもある可能性と、屋内にいる誰かがそもそもグッドマー本人ではない可能性だ。

 どちらにしても対応を誤れば大変なことになる。ナインはぐっと気を引き締めた。

 再度扉に手を伸ばし――。


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