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6 再会したならまず喜ばんか

「商人が行方不明?」


 久方ぶりに訪れた大都市リブレライト。五大都市の一角にも数えられるここは旧友が住まう街でもある。古くからの友人の顔を拝むつもりで仕事場を訪ねてみれば、再会を喜ぶのもそこそこにいきなり頼み事をされてしまった。


 いや、頼み事というよりも依頼と言ったほうが正しいか。


 友達がいのないやつめ、とエイミーは友であるリュウシィに対し不満を隠そうともせずにふんと鼻を鳴らしてみせた。


「その商人の目的地まで行って捜索してこいって? いつから私はお前の小間使いになったんだかな」


「そんな風に思ったことはない……けど、どうか頼むよエイミー。あんたが探しにいってくれるならこんなに心強いことはない」


「冒険者ごと帰ってこないって話だが。それなら冒険者組合がどうにかすべきなんじゃないか? 登録冒険者が不手際を晒したってことになるんだからな」


「そりゃ無茶ってもんだよ。ギルドはあくまで仲介業者で、システムでしかない。失敗も込みで契約は結ばれるんだから、アフターフォローなんてごく限られた事例にしか適用されない。そして、依頼がなければ原則冒険者は動かない」


「そうかそうか、それでは仕方ないな。大本の組合がそういう態度なら放っておくしかあるまい。失敗も込みならその商人も結果には納得していることだろう。安全を金で買う――今回は払いが少なすぎたんだ」


 変わらないね、とリュウシィは友のあまりの言い草に苦笑をもらした。


「彼は等級2の冒険者チームを雇って出発したらしい。行き先も凶悪な魔物なんかは確認されたことのないエルサク村で、ここからそう遠くない。妥当なところだと思うよ。商人にも冒険者チームにも油断はなかった、はずだ」


「それでも帰ってこないと」


 その通り、と頷くリュウシィに再度エイミーが鼻を鳴らした。込められた感情こそ異なるものの、伝えたいことは先ほどと概ね同じである。


「想定外というのはどこにだって転がっている。すべてを見通すなど土台無理な話だ。何があったのかは知らんが万全の用意をしてもそうなったのだから、つまるところそいつらは「運がなかった」の一言だろうよ」


「大いに同意するけどね。私の場合は『何があったか知らないが』じゃ済ませられないんだよ。分かるでしょう? 曲がりなりにもこんな立場なわけだからさ」


 そう言ってリュウシィは胸元に光るバッヂを示した。線で縁取られた丸い模様の、周囲を葉と刃が囲むそのマークを見て、エイミーは「だったら」と口調を強めた。


「治安維持局の長たるお前が直接出向けばいいだろうが。心強いなどと言っていたが、嘘も大概にしろ。お前にとって自分以上に信頼できる者などおるまい」


「寂しいことを言わないでくれよ。別に私はおためごかしを言ったんじゃない、本心からこそエイミーに頼んでいるんだ。それに――」


 ぽすん、と椅子に背を預けなおすリュウシィの明るい茶髪が揺れる。軽やかなその仕草とは裏腹に、彼女の表情は実に重たいものだった。


「お飾りとはいえトップたる私が簡単にここを空けるわけにはいかないんだ。やることだってそれなりに多いし、自分で言うのも面映ゆいけど、一応私がこの街の最高戦力なんだからね」


「ただの事実に恥ずかしいも糞もあるか」とエイミーは呆れたように言って、だったら部下はどうなのかと訊ねる。しかし返事はやはり芳しくはなかった。


「私がすぐに動かせる直属の部下はいる――そう、アウロネとかね。あんたも会ったことあるよね。でもこの件には無理だ。不干渉を互いに律している冒険者ギルドが通したってこともあるけど、やっぱり都市外ってことがどうしようもない。治安維持局はその名の通り、都市内の治安を守るための組織なんだ。外のことは基本として出て行く者の自己責任。そうでなければ組織が成り立たない。いくら手足のような直属の部下であっても、私事で動かしたりはできないってこと」


 そんなことしたら副長にも睨まれるしね、と冗談めかして締める彼女だったが決してジョークなどではない。トップとナンバー2に確執が生まれるのは組織にとっては非常によろしくないことだと、一匹狼を自称するエイミーにも何となく分かる。


 ただし、だからこそである。


「なおのこと諦めろ、と言いたくなるのは私が仕事上の人付き合いに疎いからか? 都市外のことなら、お前たちにとってはどうだっていいのだろう。なら一商人の失踪などとっとと忘れてしまえ」


「……エルサク村は特別変わった村じゃない。けど村の近辺に、ここらでは珍しい薬草が採れるポイントがあるらしくてね」

「なに?」


 いきなり何のことだと眉根を寄せるエイミーに構わず、リュウシィはどこか遠くを見つめるようにして語る。


「その商人は独占ルートを作るために村と懇意にしていたんだ。彼の嗅覚と確かな手腕がなせた業だろう、大きなトラブルが起きたこともなくこれまで商談は上手くいっていた。毎年決まった時期になると薬草を貰いに交換材料の調味料や生活用品を積んで彼は村まで出かけて行ったんだ……今年もね。もう十七年目にもなるいつも通りのこと。恒例行事みたいにさ」


「……やけに詳しいな? そうか、冒険者組合から説明されたのか。上下はなくとも横としての連携は取る決まりだったか?」

「聞かなくても分かることさ。彼は友人だった。治安維持局の局長という立場とは関係なしに、彼もまた私の友だった」

「ふむ」


 彼()また――その部分に秘められた意味を悟ったエイミーは居住まいを正し、表情を初めて真剣なものに変えた。


「お前のそんな顔は久々に見るな、リュウシィ。まあ、顔自体も長らく見ていなかった訳だが……。再会を果たした友人に無粋な頼み事をしてきた件は、大目に見てやらんでもない気になった。悔しいんだな、リュウシィ?」


「当たり前だよ。本当ならあんたの言う通り、私が直接行きたいさ。だけどそれは駄目だ。私情にかられて街を空けるなんてあり得ない――私に不要不急の外出は許されないんだ。そして今回の件は、治安維持局にとっては不要かつ不急。出向く理由なんてひとつもない案件さ」


 でもね、と彼女は言葉を続ける。


「それでも見て見ぬふりは、できない。彼が生きているなら助けたいし、死んでいるならその原因を知りたい。もしもエルサク村に何かが起きているならそれを確かめないことには始まらない。だから頼む、エイミー。今の私にはあんたしか頼れるやつがいないんだ。この通り!」


 二人の間にある机。その卓上に擦り付けるようにして頭を下げるリュウシィ。普段は泰然自若としている友人のそんな姿に、エイミーとて思うところがないわけではなかった。正直に言って商人を慮る気持ちはまるでなかったが、腰はいくらか軽くなったように感じた。


「どうして欲しいのか詳しく言え」


「すぐにエルサク村へ向かってほしい。まずは調査が第一だ。村の現状と、彼がまだ生存しているかの二点。もし村に何某かの脅威がいるなら排除のちに商人を救出。それが無理なら商人だけでも助けて帰還。それも無理ならあんただけでも戻って私に報告をくれ」


「商人の命が最優先、可能なら村全体の救出か」


「そう。ただし行き先がエルサク村だったからといって失踪の原因がそこにあるとは限らない。一番怪しいことに変わりはないけど、道中もくまなく調べてくれるとありがたい」


「商人を捜索がてら道のりの調査、村に到着後はそこの調査。目に見える脅威が見つからなかった場合は?」


「どうにか村人から詳しく話を聞きだしてほしい。何か知っているなら良し、何も知らなければ……一応村周辺の探索、ただし時間をかけ過ぎないよう調べてから戻ってきてくれたらいい」


「おいおい。やることがどんどん増えるな」

「ごめんよ。でも――」

「分かってるさ。必要なことだ」


 エイミーは立ち上がり、椅子にかけてあったローブを肩にかけ、深くフードを被って顔を隠した。


「手間は多いがやることはシンプルだ。私に任せておけ――と言いたいが。お前からの頼まれ事はいつも面倒なことになるからな。もしかするとすぐには帰ってこられんかもしれん。精々気長に待て」


「ああ待つよ。ただエイミー、くれぐれも気を付けて。あんたに万が一はないと思っているけど、油断は大敵だ。警戒を怠らずにことに当たってくれ」


「誰にものを言っている?」とエイミーは心配されるなど心外だと言わんばかりに口を曲げた。「いつだって私は悲観論で動く。どんなちんけな相手にだって死ぬつもりで……いや、死んだつもりで相対しているよ」


「いや、あんたの場合それは言葉の意味が違うでしょう」


「ふん。ともかく、もう行くぞ。ちんたらしていたら助けられるものも助けられなくなる。商人の息の根がまだ止まっていないことに賭けるのだろう?」


「ありがとう、エイミー。このお礼は必ず」


 感謝の意を述べつつ立ち上がって握手を求めるリュウシィ。差し出された手を見つめたエイミーは、しかし握手で応えようとはせずこれ見よがしにため息を零した。

 どうしたことかときょとんとする友人に、エイミーは静かに首を振った。


「いやなに、やはりお前は無粋なやつだと思ってな」


 曲げた口をそのまま笑みの形に変えてエイミーは言う。


「そういうのは口に出さないものだ。友人同士というのはな」


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