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怪物少女、邁進す 〜魔法のある世界で腕力最強無双〜  作者: 平塚うり坊
2章・エルトナーゼの曇りの日編
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53 ここは賑わいの街エルトナーゼ

「首を長くしてお待ちしておりました、ナイン様。非常に、ひっじょーうに、遅いご到着でしたね。このアウロネ、道中で何かあったのではと心痛に悩まされておりました」


「す、すみませんアウロネさん……」


 まるでキスでも迫るかのような顔の近さで話すアウロネの迫力に屈し、ナインはすぐに素直な謝罪を口にしていた。無表情のまま薄っすらと怒気を滲ませる彼女の気迫に降伏した、というだけではなく、純粋に非が自分にあることを認めているからでもあるが。


「確かに予定よりだいぶ遅くなっちゃったけど……にしても、なんでアウロネさんがここに?」


 どうどうとアウロネの肩を押しやりながらナインは疑問を口にする。


 エルトナーゼに現着してすぐ、失くした地図の裏側に目的の人物「ピカレ・グッドマー」との待ち合わせ場所のメモがあったことを思い出して途方に暮れながらそぞろに散策していたところ、アウロネのほうがナインを発見したのだ。


 まさか居るとも思っていなかった人物からの声かけに驚きつつも安堵したナインだったが、喜びも束の間、さすがに呑気が過ぎた旅程の時間の取り方にきつい苦言を呈されることとなった。それも罪悪感をつつくようなとても効果的なやり方で。


 アウロネはリュウシィから命じられた通りにエルトナーゼへ先行して向かい、すぐに用件を済ませてからはひたすらナインを待っていたのだ。

 余計な時間を浪費させてしまったことをナインは申し訳なく思ったが、そもそもなぜ彼女がここにいるのかは不明である。


「それはグッドマー氏へ、私のほうから話を通すためです」

「あれ? それはリュウシィがもうやってるんじゃ? 確かなんか、遠距離通信用の……」

「コールセクトですね。私も携帯用を一応所持していますよ」


 アウロネが懐から取り出したのは……カブト虫のような生き物。

 そう、「生き物」である。


 しかしその腹部には機械式のようなボタンがついており、操作感はほぼケータイそのままに意中の相手へと繋げることができるアイテム。脳波状況――電波ではない――にもよるが手軽で汎用性の高い、この世界における最も一般的な通信具である。


 ナインはリュウシィから据え置き型のコールセクトを見せられて頭を痛くしたのを思い出して微妙な顔になった。


「そう、そのコールセクトとやらで、もうグッドマーさんに話はいってるはずだろう?」


「通信傍受による盗聴の恐れがありますので、リュウシィ様は最低限度の事項しかお伝えになっていません。特にここエルトナーゼではそういった警戒が必要になりますから」


 ナインの諸事情は当然ながら対外秘の極めて重要な案件である。

 まさか電話越しに「知り合いが七聖具を食べちゃったから解決よろ」「了」などという会話をそのままできるはずもなく、その内容は時節柄の挨拶をしながらさりげなく知人の来訪を仄めかす程度の秘匿された会話になっていた。


 万一にも部外者へ漏れた際のリスクを最小限に抑える配慮だが、それだけでは先方への説明が余りにも足りていない。盗聴回避のために選ばれた手段はアナログこの上なく、直接会って伝える口頭伝達である。リュウシィの人選は当たり前のように自身の懐刀であるアウロネ。彼女は命じられてすぐ、具体的にはナインが出発する二時間ほど前にはリブレライトを発っていた。


 ということを聞かされ、ナインはなるほどと頷く。


 彼女の納得はリュウシィの念の入った警戒への感嘆だけでなく、エルトナーゼという街の特色をなんとなくだが把握できたことへの得心でもあった。


「言われてみるとよくわかる気もする……なんせ見るからにリブレライトとは違うからな、この都市は」


 高く堅牢な防壁にすっぽり覆われていたリブレライトと違って、エルトナーゼにそういったものは存在しない。都市の面積で言えばリブレライトの半分以下だというのに、警備体制は比較にもならないほどゆるっゆるなのだ。


 現にナインも検査のひとつも通らずに街に入ることができてしまっている。


「そこに関しちゃ俺も助かってるからなんとも言えんけど、そうか……だからこう、なんというか……見渡すと怪しい連中が多いわけだな。出入りが自由で、どこにも警戒心なんてものがないから」


 ナインがきょろりと首を回して周囲を見れば、どこを向いても不逞の輩としか言いようがない人物たちが目に映る。刺々しいパンクな恰好だったり妙に不気味なデザインの着ぐるみだったりはまだいいほうで、中には裸同然の露出度で街を練り歩く猛者まで見受けられる。


 無論、リブレライトではどこの区画であってもお目にかかれなかった光景だ。

 道行く人々の服装からでも、ふたつの都市の違いがよく分かるというもの。


「まあ、そうなりますか。しかし彼らの見てくれが如何にも怪し気に見えるのは、その素性が知れぬからだけでなく、芸人が多いからでもあります。彼らの多くはまず、人目を引く奇抜な出で立ちを演出することから始まるものです」


「芸人だって?」


「ええ。何せここはエルトナーゼ、娯楽と興行の街ですから。右を向いても左を向いても劇に一座に見世物、歩けば奇術師や大道芸人にぶつかる享楽都市。流れ着くままに居付く流浪の民が異様に多く『来るもの拒まず去る者追わず』を体現したような場所ですので、リブレライトのような警護体制ができるはずもなく……そもそもここは五大都市の中で唯一、治安維持局が置かれていませんしね」


 例えば飲酒や賭博。いずれも十五歳以上という法律があるが、エルトナーゼ内に限ってどちらも特に年齢制限はない。酒を飲みたがるようなら何歳でも飲めるし、賭けの概念さえ理解できているならたとえ五歳児でもギャンブルに興じることができる、とのこと。


 アウロネはそれとなくカジノへは興味本位でも近づかないように、と注意をした。ナインはそれに合意しつつ舌を巻く。


「いやあ、聞くほどにすごい街だな……治外法権じゃないか」

「まさに。なるようになればいい、という共通のスタンスとでも言いましょうか。そういった人たちの集う場所です」


 ちらりと視線を動かしたアウロネ。

 その先には噴水の傍で軽妙なステップを踏みながら口から火を吹くクータの姿があった。


 あちこちで体を張ったパフォーマンスが行われているものだから彼女も触発されたらしく、人だかりに囲まれながら機嫌よく上空へ火の玉を飛び出させている。歓声が起こる。


「クータさんはこの街によく馴染んでいるようですね」

「そういうアウロネさんにとって、エルトナーゼはあまり好かないのかな」

「何故そう思われるのですか」

「そりゃだって……」


 リュウシィは都市の守護に力を注いでいる、どころではなく身命を賭している。それぐらいの意気込みを感じた。そして彼女の数少ない直属の部下であるアウロネもまた、言わずもがな任務に心身を捧げており、その覚悟は並大抵のものではないはず。


 そんな彼女たちからすればろくに防衛機構の働かないエルトナーゼという都市は許しがたきものに思えるのではないか。


 そう考えたナインを、アウロネは意外なほど衒いもなく「いいえ」と否定する。


「確かに犯罪の温床地としてエルトナーゼを蛇蝎の如く嫌う人もいます。特に潔癖の毛が強い宗教都市アムアシナムの住民などからはひどい侮蔑を受けているようですが……逆に好意的な意見も頻繁に耳にします。音楽の都、あるいは闘技都市として名高いスフォニウスとは相性の良さもあって文化的な交流が盛んに行われてもいますし、決して悪い側面ばかりの都市ではない」


「じゃあアウロネさんも好意的な側なんだ」


「ええ、どちらかと言えばそうなります。今となっては住むことなどとても考えられませんが、こういう街として滞在を楽しむ分に忌避感はありません。まあ、良くも悪くも娯楽の街ですから。先に挙げたアムアシナムなんて表立って悪し様に言われることこそ少ないですが、その選民思想故に潜在的な嫌われ方ではエルトナーゼとそう変わりません。反対にここは賛否が明確に分かれるので、好きも嫌いもはっきりと出ますね。そういう部分は私好みと言えます」


 好みと口にしながらも口調は実に淡々としたものだ。しかしそれが逆に彼女がなんの含みもない事実を述べているのだという実感をナインに抱かせた。


 好きか嫌いかで言えば、彼女はエルトナーゼを好いている。

 そしてアムアシナムを嫌っている。

 そういう風に受け取れた。


「宗教都市ねえ。確かに、額面だけでも近づきたくはないもんな」

「ナイン様が地理に疎いというのはリュウシィ様より聞き及んでいますが、五大都市のことであってもまったくお知りでない?」

「うん、知識ゼロだね」

「これは失礼を」

「いや、謝ることじゃないさ。他の街のことを知れるのは悪いことじゃあないしな。……しかし、アウロネさんの言う限りじゃここを住処に選ぶのは相当な変人に思えるけど。これから会うピカレ・グッドマーって人はいったいどんな人物なんだ?」


「変人ですね」


 にべもなく言ってのけたアウロネに、ナインは苦笑いを浮かべた。


 もう少し手心を加えた評価が欲しかったところだが、嘘をつかれても仕方がないので受け入れるしかない。これから自分はアウロネにも――つまりナインから見てちょっと変わっている人から見ても――そうと迷いなく認められるような極度の変人に相談をしなければならないのだと。


「私が話を通したのでナイン様からの説明は不要、と伝えるために残っていたのもひとつですが、それ以上に――心の準備を促そうとお待ちしていたのです」


 アウロネのメガネがきらりと光った、気がした。


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