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怪物少女、邁進す 〜魔法のある世界で腕力最強無双〜  作者: 平塚うり坊
2章・エルトナーゼの曇りの日編
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51 妹の吸血鬼

 ナインが見据える遥か先に、一人目的地を目指すユーディア・トマルリリーの姿があった。ナインの洞察に間違いはなく、彼女は現在大いに焦燥に駆られているところだ。


 自身を偽ることをせず、誰が相手だろうと自信満々の態度で接する彼女の明朗な性格は長短どちらも併せ持っているものだ。常の様子であればナインたちへもっと面倒なウザ絡みをしてもおかしくなかったはず。そんな彼女が別れ際の会話もそこそこにあっさりと一行から離脱したのには、それなりの理由があった。


 百頭ヒュドラとの戦闘中に浴びせられたナインの暴威、その余波。

 それもまた理由の一環ではあったがそちらはユーディアの精神に僅かなささくれとなって主張する程度のもので、今の彼女の心を揺らす主な原因はそれじゃない。


 姉だ。


 ユーディアが唯一、心の底から尊敬してやまない姉貴分の存在が、こんなにも彼女を焦らせている。


「どうなっているのよ、姉様……。貴女に何があったの?」


 ユーディアは背中から蝙蝠のそれに酷似した翼を生やし、苦手な飛翔術を使用してまで目的地への到着を急いでいる。


 そもそも彼女がエルトナーゼを目指していたのも、姉に会うためであった。彼女たちの間には精神的なパスがあり、互いに朧気ながら相手がどこにいるのかを常に感じ取ることができる。このおかげで会おうと思えばいつでもすぐに実現できるのだが、数日ほど前からそのパスにノイズが混じるようになった。


 いや、ノイズというより――フィルターか。


 靄がかかったように相手の現在地や心身状態を知らせる繋がりがひどく不明瞭かつ不安定なものと化したのだ。当然、これまでにこんなことは一度たりともなかった。今回が初めてで、だからこそユーディアは望楼から見る深い霧のような不安に立ち塞がれ、自身の視界が狭まるのを感じていた。


 今にも断ち切れてしまいそうなほど拙いパスラインは姉の大まかな位置しか教えてくれない。

 おそらくはエルトナーゼに腰を据えている、ということくらいは推測できるがそれ以上のことは何も伝わってこないのだ。


 集中すれば相手が喜んでいるか悲しんでいるかさえも読み取れるはずの義姉妹の盟約――真祖同士の血盟が、姉のことを何も教えてくれない。


 永遠を誓い合ったはずの「人でなしの絆」……それはアンデッドたる二人にとって言葉通りの永久を約束するものであったはず。しかしそれがもはや形骸となって朽ちていくような、これまでに感じたこともないほどの怖気となってユーディアの背筋を這い上がってくる。


 何が起きているのか? 自分に覚えがないのだから原因は姉のほうにあるはず。それでも最初はそこまで危機感は抱いていなかった――それは二人の絆を信じる故のものか、それとも姉の実力に対する信頼か……あるいはその両方だったのかもしれない。


 きっと重大なことではないのだ、少しばかり厄介事ではあるのかもしれないが、どうせすぐに解決するのだろう。

 なんなら私が姉様を助けてあげてもいいわ……なんて。


 そんなまるで悲劇を知らない幼子のような、ただの幸せな人間のような思考しかしていなかったユーディアの空漠たる恐れが決定的なものへと変わったのは、百頭ヒュドラとの戦いが起因であった。


 ひとつは神殺しの劇毒。もうひとつはナインという怪物。


 前者には命の危機と言えるまでに追い詰められ苦しめられた。後者には魂の危機と言えるまでに見せつけられ悔しがらされた。このふたつは自分でもそうと認められるほど、ユーディア・トマルリリーという存在を揺るがしてくれたものだ。毒に喘ぎ、ナインに悶え、感情の波は振り切れて――その変調は必ずや姉にも伝わっているはず。


 なのに、向こうからのレスポンスが一切ない。命の危機にも魂の危機にも、あの愛する姉は、あの優しき姉は、なんの反応も示してはくれなかった。


 こちらを探そうとすらもしてくれなかった。


 姉のもとへ足を運びながらも善意の人助けを申し出る程度の余裕を持ち合わせていたユーディアが、いよいよ深刻な危機感を募らせたのはこれのせいだ。「姉が自分を見捨てた」というどうしようもない事実が決定打となって彼女の精神を派手に揺さぶり、焦らせた。



「何かの間違いでしょう、こんなこと……ねえ、姉様。そう言ってよ。何も心配はないって答えてよ――どうして私を無視するのよっ、ヴェリ姉様!!」



 必死にパスを繋いで返事を催促するユーディアを嘲笑うように、返ってくるものは静けさだけ。否、それが伝えるのは姉からの「無関心」だ。確かにパスにはフィルターのようなものがかかっているが、それだけではこうも不通になどなりはしない。


 ならばなぜ返事が来ないのかと言えば、それは相手方の事情によるものだ。即ち妹からの通信をまったく気にも留めない姉の非情かつ冷徹な対応がそうさせるのだ。


 自身のピンチに駆けつけようとしてくれなかった姉――無論、ユーディアの記憶通りの彼女であればそんなことはしない。

 自分が姉の窮地に文字通り飛んでいくように、姉もまたそうしてくれるはずなのだ。

 実際に過去、まだユーディアが今ほど吸血鬼としての力を使いこなせていなかった遠い時代にそういったことも何度かあったのだ。その時の恩もあってユーディアは姉によく懐いているし、心から好いている――そしてそのことを姉も憎からず思ってくれている、はずだった。


 なのに。

 なのに――


「いえ、認めるのよ私。目を背けては駄目、冷静に現実を見なければいけないわ。そうでなければ姉様の力になんてなれないでしょう、しっかりするのよユーディア・トマルリリー! 姉様に何かが起こったのは――何かが起きているというのは確実だわ。これまでにないような異常なことが姉様の身に降りかかっているのだと、まずはそれを認めるのよ! 現実を受け入れて、そこから考えるの。それじゃあ私にできることはなにかって……ううん、これは考えるまでもないわ。私はいつだって味方よ、妹はいつだって姉様の味方なのよ。姉様が私の味方だったように私だってそうするのよ。そう、そうでしょう、私が助けるのよ! ヴェリ姉様を助けられるのはこの私だけなんだから!」


 世界でたった一人の姉を、世界でたった一人の妹が助ける。

 そこに理由なんていらないはずだ。

 迷ったり悩んだりする必要もない。

 だからユーディアは不安を振り切るようにして覚悟を決めた。


「たとえ何が起きていようと、姉様は姉様で、私は私。私たちは姉妹。この世でただひとつの絆に結ばれた永遠の姉妹。待っていてヴェリ姉様、今すぐ貴女の妹が、ユーディアが貴女のもとへ向かうから――!」


 翼を広げ、彼女は飛ぶ。前へ前へと体を進めながら、姉への想いを胸に飛ぶ。


 強い意思を感じさせるその瞳はしかし、どこか涙にくれているようでもあった。


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