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527 居残り面談

「繰り返しになるが、ナインくん」


「はい」


「君こそが要であるという自覚をどうか強く持ってほしい。アルフォディトの新たな国家戦力としての『王』――その中心に据えられるのが、他ならぬ君なのだから」


「取りまとめろ、ということですね」


「平たく言えば、それを期待している。要するに『王』の代表か。そういった立場が務まるのは君だけだろうと私たちは見ている」


「まあ……そうなのかもしれませんね」


 他の面々の顔を思い浮かべながら、ナインはラルゴラの言葉に頷いた。確かに、新生省が何を求めているのか。それを事前に織り込み済みで此度の会合に参加し、また神具暴走の被害を食い止めた立役者としても認識されているナインだ。戦力の中心に置かれるのは当然と言ってもいいだろう。


 つまりは新戦力のリーダー的ポジション。


 そういう言い方をすると、年季で言えばクシャ。また新生省との繋がりの太さではサイレンス。この二名のほうがナイン以上に集団の代表としては相応しいようにも聞こえるだろうが、残念ながら彼女らはどちらもリーダーというタイプではない。人をまとめる、というガラじゃないのだ。


(ぶっちゃけ俺も全然そんなタイプじゃないんだけどな……)


 というナインの内心が顔に出ていたか、あるいは言葉尻の歯切れの悪さで察せられたのか。ラルゴラは「申し訳なく思う」と言った。


「事件の解決を君任せにしたうえ重役に就けようとしていること。一人の少女になんという頼りぶりかと我ながら情けなく思う……が。これ以外に省に残された手段はないのだと理解してくれ。神具の本体を力で捻じ伏せ、この国を託された君こそがまさに『王』だ」


 残る四人とナインとでは、事情が異なる。そもそも『王』擁立の是非を結論付けた要因というのがナインなのだ。ネームレスや不動姫に見出され、グッドマーやイクア、クシャというそれぞれ強さの質が違う強者たちに見初められ――そして神具に認められた。彼の前に立つことを、いつの間にか決定づけられていた。


 天に『選ばれた』と言うのなら。


 それはまさしく、ナインのことを指すのだろう。


「いったいどこの段階からこういう流れになったのか自分でもさっぱりですけどね。でも、やるべきことはわかっているつもりです。俺がやらなくちゃいけない。……まあ。一応はこれでも、チームのリーダー張ってますし。仰る通りに、『王』の代表として。アルフォディトの生きた国家戦力として恥じないようにしたいと考えています」


 と言っても、と付け加えるようにナインは。


「俺個人が気を張って、気を付けるだけでいいならともかく……それであいつらを制御しきれるかっていうと果てしなく微妙ですね。どうしたって『ナインズ』の場合とは訳が違ってくるでしょう。うちのチームと同じように扱えるのは、辛うじてカマルくらいなものですよ」


 クシャとは間違いなく友人と呼べる関係性にあるが、それ故に上から頭を押さえつけるような真似はできず、やれても指示ではなくお願いの範囲が限界で。


 スクラマはもはや言うまでもなく。何か個人的な事情でもあるのか強情なまでに己の強さをアピールする彼は、おそらく自身でも制御や融通の効かない場面というのが多々あるだろうと予想される。もしも彼の独断専行を止める必要が出てきた場合、ナインは力尽くでそれをしなければならないはずだ。


「ついでにそこのサイレンス」

「……、」

「お前だって、俺の言うことを聞く気なんかさらさらないだろ?」

「――ネームレスが命じれば。私への指揮権はあなたに移る」

「つまりそれまでは命令すんなってこったな」

「そう」


 サイレンスの端的な返答を受けて、ナインは「ふう」と息を吐きながら居住まいをより楽な姿勢へと変えた。


「会合への参加を断ったっていう二人もそうですよ。あいつらだって大した頑固者ですからね。俺の頼みを無下にはしないはずですが、そればっかりで縛れるような奴らじゃあない」


 リブレライト治安維持局局長、リュウシィ・ヴォルストガレフ。

 巨神の末裔にして覚醒者、シリカ・アトリエス・エヴァンシス。


 対神具分体の防衛戦に参加したメンバーの中でそもそも勧誘時点できっぱりと『王』の一員になることを拒否したのがこの二名だ。


 一方はあくまでも守るべきテリトリーを都市よりも外に広げないため。

 一方は罪の償いの旅も終わらぬ内からナインと同じ立場になってはいけないという自戒の念から。


 それぞれの矜持に従った結果の固辞ではあるが、国が危機に陥れば必然リブレライトも危うくなることを理解しているリュウシィも、『王』に相応しくないと思いながらも求められるのならば力を貸すことは吝かではないシリカも、法よりも上に君臨することには首を横に振りつつもいざとなれば協力を惜しまないと新生省へ約束している。


 国家戦力として名を挙げられることこそないが、どちらも半ば『王』の構成員にも等しい――という扱いを省側もするつもりでいる。当然、要請を通して作戦行動に入る際、『王』が複数介する場に彼女たちが参加しているケースも考えられ、そういった場合にナインはより強くリーダーシップを発揮しなくてはならない。


 加えて言えば。



「省は俺たち以外にも、まだ『王』を増やすつもりでいるんでしょう?」


「国内で有資格者の存在が明らかとなった場合、随時勧誘を行うつもりだ」



 戦力はあるだけあったほうがいい、という見解から。

 ただし、これはクシャが評したように省が欲を張った結果というよりもより正しく称すなら――「焦り」なのだろう。


 国家戦力とは「国を守ることを目的として運用される強大な兵器ないしは戦闘者」であると一口に言っても、その運用法は微細ながら個別に異なっている。


 アルフォディトを例に言うとすれば――



 国土全体の地脈を利用して法術で張った大結界『国防結界』が、危機から国を守るための盾だとすれば。


 七聖具を一箇所に集めて起動させることで目覚める『神具』は、国にとっての危機を直接排除する矛の役割を担っていた。



 つまりは堅牢なる盾と絶対なる矛。スパルタ兵を思わせるようなこの重装な装備こそがアルフォディトの国家戦力であり、普段は国防結界の守護に一身の安全を捧げつつも、有事となれば神具を目覚めさせるという最終手段きりふだを持ち得ていたが故に今日までの安寧が成り立っていたのだ――。


 平和しか知らぬ年老いた者たちが、その上にあぐらをかいて座れる程度には。


「私たちは失敗した。まさか絶対の矛が言葉通りに自らを守るための盾すらも壊してしまうとは……そして国という所有者までも傷付ける代物だとは、『上座』のお歴々も想像だにしていなかったらしい。かく言う私も嫌な予感を覚えつつも確信にまでは至らなかった。至っていたところで、あの結末を回避することは不可能だっただろうがな。盾を失い、矛を失い。これを空手と表現したネームレス殿の言は頗る正しい――空っぽだ。我が国の両手には、今や何も残されていない」


「だから、なるべく戦力を多く抱えたい」


 ナインの言葉に「その通り」とラルゴラは頷いた。


 機械的に働く結界や道具と違って、此度それらの代替として国家戦力に認定されるのは個人を束ねた集団だ。『武威官』のように省内から発足された武闘者のチームであるというのならばともかく、『王』の本質とは限りなく個人主義ワンマン暴君あばれんぼうである。


 神具と渡り合える実力者が五名もいる、というその事実だけを切り取るならばなんとも頼もしい限りではあるが、では五名が揃って有事の際に国防結界や神具の如くに活躍してくれるかというと、そんな保証はどこにもない。まだしも要請通りに働いてくれるだろうと信が持てるのは省からすればそれこそ、ナインとサイレンスのたった二人だけなのだから。


 五名では足りない。


 実質『王』も同然の残りの二名を付け加えたとしても、まだ不安は大きい。


 だからこそ今後も候補者探しをやめるつもりはないと、ラルゴラは言うのだ。


「理想としてはやはり、絶大な力を持つことは前提だが。できることならそこにナインくん同様、自分の身だけでなく国や国民までも憂うような広い度量を有している者であればありがたいことだが……」


 ちらり、と横手にいるネームレスを見てラルゴラはそんなことを言った。


 それを受けて候補者探しを以前から独自で行っている、言うなればその道のプロでもある黒衣の魔法使いは「うむ」と一際に力強く頷いて。



「無理だな」



 そう答えた。


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