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526 話合三者・後

 ――王となることを引き受けたのはクトコステンのため。


 カマルの告げたその言葉に、如何にもな訳知り顔でクシャは頷いてみせた。


「ほうほう、それはまた立派なことだな。極端に人の出入りに厳しくしていたかの亜人都市クトコステン……が近頃、何やらの事件を機に開放的な街に生まれ変わったらしいじゃないか? 手前の志はそれと大いに関係があると見たぞ」


「なんだよお前、詳しいんだな」


おれも一応は獣人だからな」


 感心しているスクラマへ嘯くようにそう言ったクシャだったが、その推量は正しかったようで。


 その通りにゃ! と勢いよくカマルは首を縦に振って答えた。



「あの事件……『交流儀テロ』についての詳しいことは、ちょっと教えられないんだけど。言っちゃダメって幼馴染が言ってたから。でもとにかく、あれをきっかけに私は変わることにしたんだにゃ。街を守る……ううん、。前はどこまでも自分本位な理由でしかやってこなかったそれを、今度は皆と一緒に、協力しながらやる」



 そこでカマルはにゃは、と少しだけ後悔の色を滲ませながら笑った。


「一時は、もうヒーロー活動なんてやらないほうがいいんじゃないかって考えたんだけどにゃ。でもやっぱり私には、何かを見過ごすなんて生き方はできそうにもないから。……それにあの街には。私にとっての色んな、本当に色んな感情が詰まってるにゃ。あそこをまた悲劇の場所にしたくない――そう思うなら私の手で守るのが筋ってもんだにゃ!」


「つーことは、なんだ。てめえが『王』になるのもそれが目的かよ? クトコステンを『王』直下の庇護地にして立場の向上でも狙ってんのか」


「そうならないかにゃー。とは期待してるよ」


「……まあ、なるんじゃねえの。国の内外問わずに俺様たちのことは大々的に発表されんだからよ。そん中の一人が居座って直々に守ってる都市ともなりゃ、そりゃあ注目はされるぜ」


「そうだな。最近はどの大都市もドタバタしているせいか、クトコステンの門戸開放も起きた事件の規模の割にはあまり浸透していないようだ。王座の拝命者が猫人から出るというのは、おれという猿人の存在と合わせて今一度『亜人都市』の存在感を際立たせることに繋がるのは確実だろう」


「にゃは、本当?」


 そこまで明確に考えていたわけではないのだろうが、自身の思惑が上手くハマりそうだという二人からのお墨付きを貰ってカマルは嬉しそうに、そしてどこか得意気にも見える笑みを浮かべた。――しかし、


「あんま浮かれてんなよ。有名になるのがいいことばかりだなんて思ってんじゃねえぞ。つか、注目されるってのは基本面倒だからな。そいつはつまり、情報を飯のタネにしてる奴らに目を付けられるってことだ。俺様の名が悪名になっちまったのも腐れマスコミのせいみてーなもんだしよぉ」


「もっともな言い分だ。我らはいずれもが強者、名の売れることに否やはなかろうが。だが特定の地に座す守護者にとって名ばかりが広まる事態はあまり歓迎できるものではない……本来ならば、な」


「にゃう、……そ、そーなのにゃ?」


 獣人種の、そして彼らにとって特別な二つ名持ちとして。


 クシャの言う通り自分の名が広く知られることに忌避感などなく、むしろ誇らしさしか感じないカマルは『王』仲間からの思いがけぬ忠告に笑顔が一転、不安そうな顔付きになった。


 友人のナインと、そして獣人種どうぞくであるクシャ。彼女らに釣られるように会合の後半ではもう話を引き受けることにまったく疑問も異論も抱かなかった彼女は今更になって焦りを覚えたようだった。



「はっ、だがそれがどうしたというんだ。今から怯えたところでどうしようもないだろう? 現状のクトコステンを踏まえるに手前の君臨・・という要素が良き方向へと働くことは間違いない――つまりは時代がどう転ぶか。これに関しては、根無し草であるおれもまたそうだが。大戦時代を戦果で飾ったという『王』の名を引き継ぐことがどういう結果を生むか、そこにどんな意義が生じるか……それらは全て『今日』ではなく、『明日』が決めるものだ」



「「…………」」


 本人も正確な年齢はわかっていないが、三者の中でぶっちぎりの年長者であるクシャの言葉に聞き入るスクラマとカマル。互いにまだ成人したてと未成年である若き男女はクシャの放つ、単純な強さとは別の迫力に感心するような面持ちでいた。


 そこでふと、クシャはカマルにこんなことを言った。


「しかし、珍しいな。複数の獣人種が寄り合うこともそうだが、手前ほどの飛び抜けた逸材が一箇所に固執するとは尚のこと。随分と思い入れがあると見える。手前にとってクトコステンは余程価値あるものなのだろうな」


「価値……」


 少し、間を置いて。

 それからカマルはきっぱりと首を横に振った。


「私はあの街が価値あるものだとは思ってないにゃ」

「む?」

「あ?」


 予想に反するその言い草に、問いかけたクシャだけでなくスクラマも眉尻を上げて怪訝な表情を見せる。

 だが、カマルの主張の肝心な部分はここからだった。



「私の生まれ故郷で、育った場所で、仲間たちもたくさんいて。そういう意味じゃ確かに、私にとって大切な街にゃ。でもだからってそれが価値を証明するものだとは思ってないにゃ――そもそも私は。価値・・なんてものがないと守っちゃいけないっていうのが、おかしなことだと思うにゃ」



「ほう……」

「……、」


「なんの価値もなくたって、いいじゃないか。当たり前に生きる日々を、ただそれだけを大切に思ったっていいじゃないか。憎むべきはそういう時間を奪っていく不幸だにゃ。あって当然の幸せなら、守られて当然だ。そして私は……それに相応しいだけの力を持てた。だったら。その役目に就くのは私でないといけないにゃ」



 以前までは、盲目的な使命感だった。


 衝動に身を任せて悪を狩っていた――自らを追い立てるようにして十三年近くを過ごしてきた。

 信条はその頃から決して変わっていない彼女だが、しかして心情のほうはだいぶ様変わりをして。


 閉じていた瞳を開いて、違うものが見えるようになった。

 閉じていた拳を開いて、人の手が取れるようになった。

 閉じていた悲しみを紐解いて、泣けるようになった。

 閉じていた己を、ようやく解き放つことができた。


 もう彼女は使命感だけ・・で動いてはいない。

 自分の想いの根源がどこにあるのか、どこに向かっているのか。そしてそのために何をすべきなのかを、正しく理解できているからだ。



「だから、『王』になった。【雷撃】に正しさを取り戻させてくれたのは、私以外の人たちだにゃ。その人たちに恩を返すために。そして二度と正しさを見失わないために――『神逸六境』を超えた強者として、より多くを守る」


 ……にゃん、と締めくくった猫人少女。照れ隠しなのか悪戯っぽく笑った彼女だったが、その姿を笑う者はいなかった。


「天晴れ。若いのになかなかどうして、手前も気持ちのいい奴だな。どうだ、今からおれとひとつ手合わせでもしないか」

「だから私はなるべく早く帰りたいんだってさっきから言ってるにゃん」


「んだよ、ノリわりーな。俺様のときはそうじゃなかったろ」

「それはお前のほうが喧嘩を売ってきたから! もうっ、そろそろ私は行くにゃ」

「うーむ、残念だがそこまで言うなら仕方ない。ここらで解散とするか」


「ちっ、つまんねぇ。……ナインがいりゃあ俺様も早速ヤったんだがな」

「にゃ……そういえばナインはどうして一人だけ呼び止められたのかにゃ?」


 普段の様子のままであどけなく首を傾げたカマルは二人も同じようなリアクションを取るだろうと思いながらそんなことを言ったのだが、彼女からすると意外なことにクシャもスクラマもその点についてはまったく謎とは思っていないようで、実にあっけらかんと。


「そりゃあ、あれだろ」

「にゃ?」

「うむ、あれだな」

「にゃにゃっ? あ、あれってどれだにゃ!?」


 またしても自分だけがわかっていないようだと察して慌てる彼女に「なんてことはない」とクシャはつまらなそうな口調で応じる。



「数合わせかとスクラマは勘繰っていたがな。それを言うなら全員・・がそうなのだ」



「ぜ、全員……?」


「応とも。ナイン以外は・・・・・・、な。実質『王』の本命と言うべきはあいつただ一人で、おれらはどこまでいっても数合わせ……否、都合合わせでしかないのだろうよ」


「けっ。事の発端がどこにあるのか。ネームレスが最初に誰に目を付けてたのか。そういうのを聞かされりゃあ、嫌でも想像はつくってもんだ。今頃ナインが連中と何を話してんのかも大まかにはな」


「にゃあ……、」


 二人とも、凄い。

 そう感服すると同時に、カマルは居残り組であるナインのことが少しだけ心配になった――。


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