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525 話合三者・前

「よお……お前らはよぉ。『王』扱いなんてされて、なんかいいことでもあんのかよ?」


 呼び出された首都一等地の大図書館。


 未だプレハブ小屋も同然な仮使いの建物でしかない新生省の内情が影響し、元々省の直轄で運営されていたそこの個室が借りられ会議室として本日利用されていたのだが、話し合いが終わるやいなやスクラマ、クシャ、カマルの三人はさっさと図書館内から出てしまっていた。


 地方都市の一部住人からは憧れの観光名所のひとつとして名を挙げられたりもするほどの有名スポットだというのに、彼らにとって古今東西の蔵書の集合にはなんの魅力も感じられなかったらしい。何やら引き留められていたナインを置いて一足先に敷地を出て、図書館のすぐ前にある噴水の置かれた広場。そちらへ足を運び、三々五々に散ろう――というところでスクラマが唐突に口を開き、そんな質問をしたのだった。


「む? 今更どうした、スクラマ坊」

「そーだにゃそーだにゃ。やっぱり私たちに『王』になるのを辞めろって言うつもり?」


 不思議そうに首を傾げるクシャと、同じく疑問を見せつつも血気を旺盛にするカマル。先ほどはあわや直接対決となりかけた彼女とスクラマなので、その威嚇めいた態度も当然と言えば当然だが、しかしそれに対してスクラマはどうでもよさげに。


「そーいうこっちゃなくてな。確かにバックスもネームレスも、色々と好待遇をつけてきたぜ。強さを持ち上げてよぉ、特別なんだと宣ってよぉ、だから特別扱いをします、ってな。だけど有事には国のために西へ東へと働かされる。まとめるとそういう仕事・・なんだろ? 『王』ってのは」


「端的に言えばそうなろう。対等だなんだといくら口で言おうと、所詮は省から『与えられた立場』でしかない――そしてそれこそが最大の狙いだろう。『王』と認められる存在が国家戦力を欠いた渦中にて自然発生するよりも、省肝入りでそれに相応しい者を予め見出し、懐に囲い込む。戦力の補充と混乱の排除を一緒くたにしてしまおうというなかなか合理的な策だと思うが」


 にゃ、そーなのにゃ? 意味わかんないにゃ。結局王ってなんなのにゃ……? と頭に手をやりながら頻りに呟いている猫人少女を尻目に、スクラマは気だるげな所作で頷いた。


「俺様もそう思うぜ。連中は腹立つくらいに都合よく俺様たちを利用する気でいるわけだ。だがまあ、別にそれで困ることもねぇ。俺様は、な」



 ――スクラマ・トゥッティは国境近くの小都市を根城として自由気ままに生きるフリーターである。飛び抜けた強さとそれに比例した我の強さによって頻繁に大きなトラブルを起こしながらも社会的な生活を捨てきれず、窮屈で退屈な毎日を送っているのが今の彼だ。


 他人へ迷惑をかけている馬鹿をしばいたら殺しかけて「やりすぎだ」と非難され、偶然見かけた空き巣をぶっ飛ばしたらその家まで潰してしまい、日雇いの現場で雇用主の舐め腐った態度を全治半年という大怪我を負わせることで改めさせるのを我慢できなかった。


 特筆すべきはこれらのエピソードの全てにおいて彼が最大限の手加減をしていたことと、それでもあえなくそのたびに逮捕・勾留にまで至っていることだろう。



「俺様はよ……むしゃくしゃすっと、なるべくすぐ街を出るようにしてんだ。じゃねえと全部をぶっ壊しちまいそうだからよ。そうなるともう、逮捕どころじゃねえだろ? だからそういう時は人のいる場所を離れて、軽く運動でもするんだ。するとお決まりのコースってのもいくつかできるわな。その中のひとつの、ある人里離れた山に、ババアが住んでんだよ。掘っ立て小屋みたいなのにたった一人でな。まー内装は結構しっかりしてて上品なコテージって感じなんだが、傍から見るとそいつは世捨て人のババアでしかねーわけだ。最初はそんなつもりじゃなかったが、なんでか通りがかるたんびに茶ぁ飲む間柄になっちまってな。んでそのたびに、こんなところに籠ってねえで街中に住んだほうが便利だし不安もねえだろうって俺様は言うんだが、ババアはちっとも聞きやしねえ。『私はリタイアしたんだ。都市へはもう戻らない。ここぐらいが丁度いいのさ』、なんて生意気な口を返しやがってよ。仕方ねーから俺様は茶を飲み干して、また気が向いたら来てやるっつってジョギングに戻るわけだ。そして、街へ帰る」



「…………」

「…………」


 黙って話を聞く獣人少女たち。その落ち着いた視線になんとなく気恥ずかしさを覚えたのか、それを誤魔化すようにスクラマは頭をがりがりと掻きむしった。


「つまり何が言いてーかっていうとだ。俺様は、幾つになろうがリタイアなんぞしたかねえってことだ。ババアは何かしら普通の奴にはねー力を持ってやがんだ。それについて直接話を聞いたわけじゃねーが、俺様くらいにもなりゃあそんなことはお見通しだ。たぶん向こうも、俺様がどんだけ強いかってことはわかってんだよな。だからあのババアは俺様みてーなもんなんだ。あれは未来の俺様だ。人の中で生きることに疲れて諦めちまった、そんで誰もいない場所へ逃げた――そういう選択をした自分なんだ」


「なるほ、どそうか。あれほど牙を剥き出しにしていた手前がコロッと靡いたのにも、納得がいく。超越者が人の世に紛れるのは如何とも難儀なことだ。が、それを放棄してもまた狭苦しい。特に、『王』候補に選ばれた中で手前だけが純粋な人間種であることだしな」


「まぁな。……あ? サイレンスってのからはまるで生気を感じなかったが、ナインはどうなんだ。ガキながらに確かに人間離れした……なんだ、可愛さっつーか、めちゃ美人だったがよ。雰囲気的には妙な気配なんてなかったぜ?」


「否、残念ながら手前の望むような存在ではないとも。おそらくは今日の会合に不参加であった残る二名も同様だろうな」


「けっ。じゃーマジで俺様だけかよ、人間は」


只人・・にゃ」

「あぁ?」

「だから、人間じゃなくて只人だにゃ」

「だからそれがどういう意味なんだって聞いてんだよ」


 急に聞きなれない言葉を連呼してくるカマルへスクラマは片眉を上げた。それににやりと笑ってクシャは。


「手前らが言うところの、我ら『亜人種』。我ら亜人種が言うところの手前らを、『只人』と呼称するのだ」

「……そういうことか。初めて知ったぜ」

「覚えとくといいにゃ! クトコステンじゃ常識だからね」

「行く予定ねーよ、んな遠いところ」


 呆れたように返すスクラマへ「いいところなのにな」と拗ねた声でぶつくさと零すカマル。そんな猫人らしい突拍子のなさと愛嬌を感じさせる彼女をしげしげと眺めたクシャは、とあることを問いかけた。


おれは根無し草。特定の居住地を持つこともなければ責任ある立場に就くこともない放浪者でしかない……そういう意味ではおれもまたスクラマと同様の恩恵が、今回の話にはある。とまれそれを期待したのではなく先も言った通り、既知の仲であるナインがやるならやってみるかという遊び半分で引き受けたに過ぎんがな。――そこで気になるのが、カマル。手前よな」


「にゃ? 私がどうかした?」


「職なし仲間なし後ろ盾なしのおれらとは違って、手前には既に立派な立場というものがある。きちんとした居場所もな。呼ばれた五名の内で『王』となる意義が最も薄いのがカマル・アルであることに誰も異論の余地はなかろうよ」


「そうだぜ、俺様もそこがどうにも謎だったんだ。おっさんたちが言うには、てめーはとっくのとうに街に受け入れられているんだろ? 【雷撃】といやぁ知らない奴なんていねえ街のヒーロー様だっていうじゃねえか。ホントご立派だぜ。戦いぶりが獣みてーだからって二つ名に【霊獣】なんて付けられた俺様とは違ってよぉ」


 どこか自虐めいたスクラマの言葉に若干戸惑いながらも、カマルは「えっとね」と自分なりに思考を纏めて返事をした。


「私も、クシャと一緒でナインがやるならやろっかなーって思ったのが一番なんだけど。それ以外にも理由としては……やっぱり『クトコステンのため』っていうのがあるかな」


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