523 『王』の五人③
「はく奪だぁ……? おいコラ、そりゃどういうこった。そんな簡単に奪えるもんなのかよ王位ってのはよぉ」
「そこが肝でもある。そうはならない、と確信してはいるが。しかし万にひとつの可能性にも手を打っておかねば安心できないのが人というもので、組織というものだ。由々しくも君たちの中に王位をかさに重大犯罪を繰り返すような者が出た場合……勧告が一度だ。そして二度目は、ない。勧告以降にも同様のことをするようならその時点で通告なしで王座から除外する。王位なくして超法規的措置は適用されない――つまりそうなった場合、『王』は転じて討伐対象となる」
「そして。討伐する側として、別の『王』がその任に就くのか」
クシャからの問いに、ラルゴラは口を真一文字にして頷く。彼の出で立ちにはまさしく、法の審判を行なう者にも似た厳然たる雰囲気が漂っていた。検分するような視線で今一度王の候補たちを順に眺めた彼は、言葉を続けた。
「噛み砕いて言おう。多少のことなら見逃す。多少でなくとも一度なら見逃す。そういった破格の特権を与える代わりに、大いなる脅威への対応に協力してもらう。これが王位の全てだ」
そこで一同は納得の色を見せた。省の提案と、王というワードの意味がこれでようやく理解することができたからだ。
ただし理解が即ち受諾へ通じるものかと言えば、必ずしもそうではないことをこの時点のラルゴラは、そしてネームレスもまた、よく存じているだろう。彼らは慎重に王候補たちの反応を待った。
最初に感想を漏らしたのはクシャであった。
「縛らずに縛る、か。特権という自由を餌にアルフォディトの戦力になれとは、どうにもえらく欲を張った物言いに聞こえるが」
「にゃっ、どういうことにゃ? 省の所属になるわけじゃないって言ってたのに?」
「省の下ではなくとも、国の内となる。『國常連』に国家戦力相当の個人として明記されてしまえば必然そういうことになるとも。他所の国から見れば己らは他国の軍事兵器も同然。それも特記対象となれば第一種や広域殲滅魔法以上の危険物扱いだろうな」
「結局は、だ! 妙なのが攻めてこようもんなら大手を振ってぶっ殺しに行って! 戦争でも起きれば他所の連中を気の済むまで大勢ぶっ殺せるってこったろ――へっ、俺様はそれでぜんぜん構わねーぜ! なんせこの世は窮屈過ぎる! せまっ苦しく凡人に混ざるか、それがイヤなら世捨て人にでもなって社会を捨てるか……そんなのどっちもご免だっつーの。『王』になればよぉ! 思うがままに生きてたって誰にも文句はつけられねえ! それでいて暴れる機会も向こうから巡ってくるとくらぁ、受ける以外の選択はねえな!」
椅子から立ち上がったかたと思えば、片足を上げて机を踏みしめながらスクラマはそう熱弁する。霊獣という呼び名とは裏腹に純粋な人間種である彼はしかし、一般的に言えば只人より粗野に育ちやすいはずのこの場にいる二人の獣人よりも余程に、行儀というものが悪かった。歌謡ショーのスターが着るような派手なスーツと刺々しい形のサングラスというその恰好も如何にもチンピラ臭い。
だが外見も言動もどう見ても小物のようでありながら、彼の持つ実力だけは本物で。
会合の開始時より垂れ流していた闘気を更に激しく噴出させたスクラマの威圧感はまさに、他の四名にも劣らないだけの凄まじい迫力があった。
「なあ! てめえらもそうだろう!? 強いってのは、天に『選ばれた』ってことだ! だったらそれに相応しい特別な立場に就くのが当然ってなもんだ!」
自身と同じく王の候補として認められた少女らへ、スクラマが声も高らかに問う。その言葉を受けてなんとなく顔を見合わせた猿人と猫人よりも先に返事をしたのは、ナイン同様ここまでずっと黙っていたサイレンスだった。
「――受ける。それが、私の役目だから」
彼女の視線は(長すぎる前髪のせいで判然とはしないが)スクラマでもラルゴラでもなく、ネームレスへと向けられているようだった。両者が師弟関係にあることは既に明かされており周知の事実となっている。故に、五名の内で唯一サイレンスだけはどちらかと言えば初めから協力することが当たり前の、新生省の身内にも等しいものとして見られていた。
知っていた、と言わんばかりにスクラマが大きく頷く傍らで、カマルはきょろきょろと自分以外の一同を見回しながら頭を描いていた。
「うにゃーん……私、何も決めずに来ちゃったからよくわかんないにゃあ」
「てめえ、まだ寝ぼけたことを言いやがって――」
「待ってくれスクラマくん、私が話す。……何がわからないんだ、カマルくん? 彼からの提案を聞き、君も少なからず魅力を感じたか、そうでなくとも興味は持ったはずだ。でなければここには来ないだろうからな。そして話すべきことはもう話した――君が疑問を覚えているのはいったいどの部分だろうか」
「疑問は、しいて言うなら『ファランクス』のことかにゃ」
「……ああ、君の勤めているところか。確かクトコステン治安維持局と協力関係にある自治組織、だったか」
「そうだにゃ! そんな私が『王』になったらややこしいことにならない? それにファランクスのお仕事中に省から要請が来ても、困っちゃうよ。こう見えても私は隊長職だから責任重大なんだ。休む時にはちゃんと有給休暇の申請を出すようにってナトナティにしょっちゅう怒られてるし……。何を隠そう今朝も叱られたにゃ!」
「取ればいいではないか、有給休暇を……」
「それを忘れないんだったら苦労しないよ」
やれやれ、という感じで肩を竦めるカマルへ生温い視線が集中する。
その妙な空気を変えるようにラルゴラは、
「その点は、憂慮に値しない。一口に王位と言っても全員へ一律の措置を取ることはない。当然、それぞれの生活様式に配慮したものとする。局と繋がりがあるならファランクスとの連携も容易いだろう。君への要請は極力仕事の邪魔にならないよう気を付けるとも。では、それを踏まえて他に疑問は?」
「えーっと……やっぱり、国家戦力になったからどうなるっていうのが、私の頭じゃいまいち理解できないにゃ。そもそも私は、ナインも来るっていうから来たようなものだからね。あんまり意味はわからんないけど、ナインが受けるなら私も受けようかなーって」
「なるほど、だったら――」
「おい待てや!」
今度はラルゴラの台詞を遮って、依然として机に片足を乗せたままでいるスクラマが吠えた。
「おいおいおいおい、俺様にも根本的な疑問ってのが湧いてきたぜ! そもそもと言うなら! こいつらが本当に『王』に相応しいのかっていうそもそも過ぎる疑問がなぁ! 友達が受けるなら私も受けよー、ってか。記念受験じゃねえんだぞコラ! そんな下らねえ理由で俺様と対等の地位に並ぼうなんざ抜かすんじゃねえ!」
「かかっ! いいではないか、どういう動機だろうとも。かくいう己も右に倣えで良い気がしてきたところだ。カマルやナインが頷くのなら己も同じように、『王』になってやってもいいやもしらんなぁ」
「ふっざけんじゃねえ! おいおっさん、見たか聞いたかこいつらの腑抜けた抜かし様を! 考えてみりゃあ最初っから疑わしかったんだ、てめーらからは覇気ってもんが感じられねえ! 揃いも揃ってとても戦う者には見えやしない間の抜けた面を晒してやがるしよぉ!」
「むっ! それはどういう意味だにゃ!?」
「言葉どぉりの意味に決まってんだろうがマジの間抜けェ!」
ギン、と互いに目を剥いて睨み合う。
サングラスの奥の瞳と、猫科らしい縦長の瞳孔が一触即発に火花を散らす。
その狭間で、あくまでクシャは愉快そうにからからと笑っていた。
「何を言うかと思えば、これはとんだ粗忽者。己らの域にいて常から戦意を漏らすほうが珍しかろうて。威嚇も過ぎれば弱さの裏返しになるぞ?」
「へっ! 『能ある鷹は爪を隠す』ってかぁ? ――それがいっちゃん下らねえ。隠せるような爪だってんなら! んなもん元からなんの自慢にもなりゃしねえんだよ! 俺様の爪は隠しようがねえほどデカく鋭いのさ!」
「私、お前にもっとぴったりのことわざを知ってるにゃ。『弱い犬ほどよく吠える』っていう、犬人が言われたくない言葉ナンバー2のアレにゃ!」
「――メス猫が。いい度胸じゃねえか」
ビリ、と場の空気が先ほどとは違う意味で変わった。少女を見下ろすスクラマと、男を見上げるカマル。片方は足を上げて、もう片方は座ったままで。一見するとどちらも即座の戦闘行為に移れるような姿勢ではないが――しかしここに呼ばれているという時点でそんな常識的な判断が適用される者など、この場には誰一人とていない。
ふと、緊張の中を。
クシャがまるで場を開けるように背もたれへと身を預けた。
――それを機としてスクラマが机を踏み抜き、同時にカマルも椅子を蹴飛ばして応じて。
「がっ……!?」
「にゃうっ、?」
そして気付けば。
二人は激突しようという直前に、そこへ割り込んできたナインからの容赦ないビンタを受けたことで、戦闘行為に入るのを強制的に止められてしまっていた。




