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521 『王』の五人

「――本来の予定なら七名がその席に座るはずだったが。空いている両端の二席は即ち招集に応じなかった人数を示している。とはいえ、欠員となった両名からは拒否の返答こそ寄越されたものの、それと同時にどちらも協力的な姿勢を示してくれた。それぞれ思うところがあって此度の提案に頷くことをしなかったのだろうが、にも関わらず省あるいは公序良俗に准じた見識によって慮るだけの――」



「よぉ、下らねえことくっちゃべってねえでさっさと本題に入ったらどうなんだ、えぇ? こっちも暇じゃあねーんだぜ。へっ……要はおっさんよぉ、その協力的だがここには顔を出さねえ腑抜け・・・二人を見習って、とっとと省様の要求を飲みやがれと言いてーんだろうがよ?」



「…………」


 発足したばかりの万理平定省改め新理再生省、略称『新生省』の副省長に就任したラルゴラ・バックスは己の左側から投げかけられた言葉に一度黙り、発現主であるスクラマと、半円状の机に沿って彼と横並びに座っている残りの四名を順に見渡していった。


「――【霊獣】スクラマ・トゥッティくん。この場にいないのをいいことに私が、欠席者を利用して君たちの受諾を得ようとしていると見られているとすればそれは、甚だ遺憾なことだ。念のための確認だが……彼と同じ見解の者は他にもいるのだろうか」



「まさか、そんなことは露も思わんよ。おれらのような人種が右に倣えでは碌に動かないことくらいはそちらもよく解っているだろうしな。……ただし、ここに来なかった者の事情などどうでもいいというのには、心底同意できる。隣の坊主ほどせっかちではないが、おれも然程気の長いほうではないんでな」



「私も! じっとしているのは性に合わないし、仕事のこともあるから早いところクトコステンに戻りたいんだけど……にゃん」



「――そうか、よくわかった。それでは早速本題に入ろう。だが予め言っておくと、これからすることはただの再説明になる。何故なら君たちへ招集をかける際、既にこちらの提案がどういったものであるかについては説明を終えているのだからな。概要のみとはいえ、私たちが何を求めているのか各々よく理解してくれていることだろう」


「その通り。つまりは頷くかどうか。我が弟子サイレンスは当然として、後は各員の判断次第だ――次代の『王』と成るか否か。今ここで、その選択をするのだ」


 そうやってラルゴラの台詞を引き継いだのは、黒衣の魔法使いネームレスだった。


 彼は霊獣と呼ばれた少年とは反対側、ラルゴラから見て右側の席に座るやたらと前髪の長い少女に寄り添うようにして立っている。何を隠そう、『王』の有資格者として見込みありと判断を下したのも、そして一同を集めるために直接の呼びかけを行なったのも他ならぬ彼である。


 ディトネイアと不動姫からの推薦によって鳴り物入りで新生省のアドバイザーに収まった、この顔の見えない魔法使い。付き合いの短さもあってラルゴラはいまいち彼の人となりや能力というものを信用しきれていなかったが、しかし明かされた出自やその行動理由と心境を聞かされたことで、デュノウ然り、彼が今後の省にとってなくてはならない存在であることを確信している。


 ネームレスは場の視線を一身に集めながら滔々と述べた。



「首都を襲った超常災害の経過については、君たちもよく知っての通りだ。国政の麻痺は実質数日間という災害規模からすれば奇跡のような短時間のみに収まったがそれでも深刻な問題がいくつも起こった――そして、言うまでもなく影響はそれだけに留まらない。新生省として対応に当たればまだしも解決の余地がある通り一遍の課題とは比較にならないほど重大なのが、『国防結界の著しい弱体化』だ。大規模法術によって発現された国土防衛陣は、五大都市と首都を結界の要として地脈を繋ぎ増幅させる仕組みだった。だがその中心の中心たる万理平定省が陥落したことで結界に不治の綻びが生じてしまった。無効化にまでは至っていないが本来の性能からすると目を覆いたくなるほどの脆弱さとなり……数値に表すとすれば強度は八割減といったところか。それでも通常の障壁等の魔法よりも遥かに強力ではあるが、とてもじゃあないが国防を担えるレベルには達していない。今この国は、まったくの無防備の状態にあると言ってもいい」



「んで、なんだよ。俺様に人柱よろしく結界なんぞの代わりをやれとでも?」


 噛み付くようなスクラマの発言に、ラルゴラよりも先にネームレスが「平たく言えばそうだ」と答える。するとスクラマは大袈裟に仰け反って、


「おいおい! だったらシンプルに『ふざけんな』がこっちの回答だぜ――舐めてんじゃねえよ、コラ。王なんつう安直なワードで持ち上げといてその実、てめえらの都合よく働かそうなんざ大概にしときやがれってなもんだ」


「……アルフォディトの国防結界、それと七聖具が集うことで覚醒する神具。これらは国家戦力・・・・として数えられる国際社会における強力な武器だ」


「あぁ?」


 急にこいつは何を言い出すのか、という態度で眉根を寄せたスクラマに構わずネームレスは言葉を続ける――他の四名とラルゴラは黙ってそれに耳を傾けていた。


「現在この国は、結界も神具も失っている。国家戦力に相当する武器をひとつも持たずに空手を晒す、という言葉にもならぬ無防備具合。それはいっそ無謀とすら言ってもいい。現状が如何に危険であるかは、近隣諸国のスタンス・・・・についての知識があればすぐにも理解が及ぶだろうが……念のために言っておこう。どんなに小さな国だろうと、国として存続している以上、特に『國常連』に加盟しているような国であれば尚のこと――国家戦力のひとつやふたつを有しているのは常識だ。それを踏まえて、仮に今すぐ大戦時代の再現が起こったとするならば。……たちまちこの国は滅ぶことになる」



「「「「「…………」」」」」



 王候補として席に着く五名は一様に無言だった――しかし、本当の意味でネームレスの語りに傾聴しているのはすぐ傍にいるサイレンスくらいのもので。


 彼女の横にいる猫人はぴんと来ていない様子で首を傾げているし、そこからひとつ飛ばした席の猿人はにやにやとして明らかに事を深刻に受け止めておらず、その隣で五名の内唯一の男性であるスクラマに至っては姿勢がいいとは言えない座り方でふんと盛大に鼻を鳴らしまでしていた。


 豪胆と言っていいものかどうか、いずれにせよ自らが住まう国の重大な危機を知らされているというのに、彼ら彼女らは誰一人とて慌てる素振りすらも見せずにいる。


 だがその態度に頭痛を覚えるラルゴラとは反対に、ネームレスはいたく満足げであった。



 ――王ならばこうでなくては、と。



「……流石の調査力と評価すべきなのだろうな。既に、『國常連』の手によって此度この国を襲ったかの超常災害については国外にまで知れ渡っている。省長殿と元国交局の役人が支援金を通常より多額に引き出すことに成功したことを職員たちは素直に喜んでいたが……それよりも加盟国の殆どがアルフォディトの窮状を察していることを憂うべきだな。――否、より正確には。国家戦力に相当する強者の存在が詳らかとなってしまっていることを、と言うべきか」


 そこでネームレスは。


 最初のラルゴラからの挨拶に返答したきり、むっつりと何かを考え込みながら黙ったままでいる――空席含め均等間隔で並んだ七席のちょうど中央に腰かける、とある少女へと視線を向けた。



「それは言うまでもなく、君のことだが」


「……、」



 見目麗しく煌びやかな外見で、しかしてそれに似つかわしくない地味な色合いと形をしたローブを着ている白髪の少女――ナイン。彼女は伏せていた目線を挙げると、宝石を思わせる薄紅色の瞳を黒衣の魔法使いへと向けた。


 彼女が何かを言おうとして――それを遮るようにまたしてもスクラマの声が場に響いた。


「なんだぁ? だったらそのガキだけをここに呼べばよかったじゃねえか。神具の暴走っつー事故を食い止めたそいつが、責任持って新しい国家戦力になればそれで済む話だろ? 神具と立場を入れ替えりゃいい! それでなんも解決だろうが――まったく無駄な時間を使わせやがって!」


「いや、そうもいかない」と今度はラルゴラがそれに答えた。「ナインくんを除いても、少なくとも他に五人。覚醒した神具と同等の力量を持つ者がいることを『國常連』に観測されてしまっている。戦力の未開示と見做されては加盟国として非常に危うい立場にさせられる。王座にこそ就かずとも、この場にいない二名の内一名は国家戦力に数えられることを了承してくれた。君たち全員からの同意が貰えればそれでひとまずは数も合う……」


「けっ! じゃあその戦いに参加してねー俺様は単なる数合わせの穴埋め要員だってのか?」


「無論、ただの人数合わせで選んだわけではない――改めて述べるが、君たちはいずれもが押しも押されもしない有資格者。【霊獣】、【星輝】、【雷撃】、【拳聖】、【怪物】……近年になって超越者として広く二つ名の知れた戦士たち。もっとも、後者二人はそれぞれ九代目と十代目の『武闘王』と呼んだほうが通りはいいのだろうが」



「――はっはっは!」



 元『森羅拳聖』にして九代目武闘王、猿人にして稀代の武人クシャ・コウカがラルゴラの言葉に大口を開けて、実に愉快そうに笑った。


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