幕間 デュノウ&バックス・the・ランチタイム
首都の一等地郊外にあるレストランでの男二人の会話――。
「と、いうわけで。妻が存命だった頃以来の、娘との食事などというものをしてな。掛け値なしにこんなことは一生ないと考えていただけに、少々妙な気分にさせられたよ。これは本当に現実なのかと疑ってしまうくらいにな。まあ、それはこちらだけでなく、娘のほうも同じだったようだが。互いに席の向かいに座る相手が、もしや白昼夢の見せる幻なのではないかと疑いながら料理にありつくというのも、なかなか得難い体験だ」
「そうか、それはよかったな。お前に子煩悩な一面があることを知れて私としても、これは変な言い方に聞こえるかもしれないが――心から安心したよ。お前も、そして噂に伝え聞くお前の娘も、どちらも方向性の異なる変人……それも度の超えた類いのソレだと思っていたものだから、お前たちが案外そこらにありふれているような、普通の親子のような悩みを抱えているらしいことに私は心底から安心した。この際だ、関係性修復の原因については置いておくとして、お前たち親子の前途を大いに祝したいところではある。やはり家族の仲が良いにこしたことはないのだから……だがな」
「だが、なんだ」
「知っての通り私は妻に逃げられて久しい。離婚こそしていないがここ数年は娘とも息子ともまともに顔を合わせていない。お前のように家に帰らないのではなく、帰っても誰もいないんだ。その私によく得意満面に今のような話ができたな」
「デリカシーに欠けると言いたいか。そんな気はしていたが」
「わかっていながら、お前」
「うむ。構うことはないだろうとな」
「いや、そこは構え。私はお前より歳を食っているがお前ほど面の皮が厚くもなければ心が凍り付いているわけでもない。自分で言うのもなんだが、私はとても繊細な人間だ。子供たちもとっくに成人を迎えているが会いたくて会いたくて仕方がないんだぞ」
「お前の繊細さについては、よく理解しているつもりだ。ある種鈍感でなければ務まらない省長とは違って、総轄官は何事に関しても繊細でなければとてもやってられないだろう。その分気苦労も多くあるのは、傍から見ているだけでも十分に伝わってきたとも。そして、そんなお前だからこそ、この話をした。これまでの詫びのようなものだ。苦労をかけ続けた側として、恥部にも等しい娘との、あまり健常とは言い難い関係を俺の口から打ち明けること。奥方に子供共々家を出ていかれたという境遇もこの決断の一助となった。お前ならきっと、わかってくれるだろうとな」
「なんと勝手な期待をしてくれたものか……しかしああ、わかるとも、とてもよくわかるとも。女やギャンブルに手を出さず、仕事に精を出し、家族一筋で、なのに家庭環境が壊滅的な破綻をきたしているのはお前と私ぐらいなものだろうからな。いや、お前はもうその範疇にいないのか……一人残されたかと思うとどうにも遣る瀬無いことだ。けれどもだ、ディマゲスティス・デュノウ」
「どうした、ラルゴラ・バックス」
「恥部を打ち明けたと言ったが、お前は決してそれによって私から理解や共感、ましてや同情などを引き出そうと欲したわけではないだろう。お前の狙いはその先にある打算的な思惑に含まれている。引き続き省長を務めるお前と、副省長となった私。より近しくなり、単純にこれまでとは業務形態もガラリと変わることとなった――となればこれまで通りの距離感で協力しても少しばかり遠く、足りない。その距離を縮めるために……と言うよりも穴埋めのためにか。こうしてわざわざ、場を設けた。まさかお前から食事に誘われたものだから、どうしたことかとついさっきまでは割と本気で心配していたぞ」
「心配とは」
「よもやこの時期に体調でも崩したんじゃあるまいかとな。お前に限って自己管理を怠るはずもないことは重々承知のうえだが、こうまで環境が変われば不測の事態というものもどこにだって起こり得る」
「体か、あるいは精神面をやられた俺が、職場から離れた場でギブアップの宣言をするとでも考えたわけか」
「万にひとつでもその可能性があるのなら不安にもなる。ああ、言っておくとお前を心配したのではない。お前が欠けた分のしわ寄せがやってくることを恐れたんだ」
「ふむ。そちらも大概、物言いに遠慮がなくなったな。バックス」
「お前に言われたくはないなディマゲスティス――まさか、つい二ヵ月前まではお前とこんな風に物を言い合うとは想像だにしなかったぞ」
「それはこちらもだ。打ち解けた、と評すにはまだ早いが。それでもここまで砕けた会話を職場の人間とするとは、今となっても信じ難い」
「職場の人間と限定せずともそんな相手はどこにもいないんじゃないのか。失礼を承知で言わせてもらえば、お前に友人と称せるような存在がいるとはとても思えん。実際、働いていて誰それがお前と懇意にしているといった、そんな話もまるで聞かなかったものだからな」
「友人と呼べるかと聞かれると怪しいが……実を言うと、あるバーの店主にだけは昔から色々と相談に乗ってもらっている」
「なん、だと……!? 異常なまでに用心深いお前が酒場で働く人間へそんなことを……?!」
「そこまで驚くことか」
「――当然、驚くに決まっている。お前の仕事の仕方を知っていれば誰でもな。言っておくがこれでも相当に控えめなリアクションをしたほうだ。今の話をお前の娘にも聞かせてみるといい。……おそらくは椅子から転げ落ちるだろう」
「ふむ……こうして話してみるとお前も、普段の印象からは到底結びつかないほどに愉快な男のようだな」
「いや、決して殊更に大仰な物言いをしているつもりはないんだが……む。もうこんな時間か。すまないがここらで切り上げさせてもらおう」
「いよいよ、例のアレが始まるのか」
「ああ。確かお前のほうでは武威官と執行官に、開発局の最終兵器を持ち逃げしたと見られる『アドヴァンス部隊』の捜索へ本格的に取り組ませるための会議を開くんだったな。……やはり立場としては私がそちらを担当するべきな気もするが」
「そうだろうな。面倒を押し付けて済まない」
「微塵も悪いなどとは感じていなさそうな顔をしておきながら、よくもまあそんな文言を……まあいい。お前では角が立つことなど分かり切っている。ならば私が代わりを務めるしかあるまい。念のためにも少し早めに向かいたい」
「ああ、構わない。是非行ってくれ。釈迦に説法だとは思うが、くれぐれも気をしっかりと保つことだ。これからお前が相手取る連中は例外なく、それこそ俺や俺の娘では比較の対象にもならないような度を越した変人たちなのだから」
「覚悟済みだ。とはいえ、お前の娘と不動姫が連れてきた、あの魔法使いもいる。私ばかりに負担がかかるわけでもないことには多少は気も安らぐと言ったところか」
「あれはあれで、こちらの理解の外にいる存在だと見受けられるが」
「……言うな。それでも間違いなく、今回ようやく招集に応じたあの五人に比べれば極々常識的な『味方』なんだからな」
「その言い方だと、まるで件の五名が潜在的な敵であるかのようだが」
「失言だった。流してくれ」
「勿論そうする。だが、連中を前には最大限、口に気を付けることだ」
「ああ。『一言一句言葉を間違えてはいけない』、『如何様な意味合いでも虚偽は厳禁』、『遜り過ぎては逆効果』……魔法使いからも数々忠告されていることだしな。――まったく、気の重いことだ」
――以上、省長と副省長のランチは恙なく終了。




