表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怪物少女、邁進す 〜魔法のある世界で腕力最強無双〜  作者: 平塚うり坊
2章・エルトナーゼの曇りの日編
54/553

50 新しい同行者

あっという間に50話目……エルトナーゼ編となります。

ブクマや評価、感想を心よりお待ちしてmass!

「あっれえ?」

「ご主人様……」


 素っ頓狂な声を上げながら自身の体中をまさぐっているナインを、クータがなんとも言えない表情で眺めている。ペットから見つめられてますます焦ったナインは全身を撫で回すようにくまなく探したが、どうしても見つからない――地図がない!


 うぅあ、と戦闘中にも漏らしたことのないような苦しげな呻き声を出して、ナインはようやく己が失態を認めた。


「すまん、クータ……どうやら俺は、地図を落っことしちまったらしい」


 リュウシィから渡された地図と、それとまとめてあったマルサから貰った地図も。


 フールトを発見した直前までは確かに所持していたことを覚えているのだ。

 タイミングとしてはやはり、百頭ヒュドラを倒すべくしていた最中に懐から落としてしまったと見るのが自然か。やったことはそう多くないが走ったり跳ねたりと動き回ったのだから、失せ物のひとつくらいは出たっておかしくない――それがよりにもよって地図でなければ、そう自らを納得させられたかもしれない。


「むう、近い場所に入れてた財布が無事だったのを喜ぶべきなのか? ……いや、俺の間抜け具合を呪うべきだなこれは」


 クータに荷物を預けるのは一抹の不安がある、ということで貴重品の類いはすべて自分が持ち歩くことを決めていたナイン。それがこの結果となれば彼女が落ち込むのも当然というもので、恥ずかしいやら情けないやらで頬が赤くなった。


「…………」


 わびしく項垂れるナインを、クータは無言で見つめる。

 ナインはそれを呆れているのだと判断したが、決してそうではない。

 クータはただ、どう声をかけたらいいのか分からないのだ。


 主人は確かにミスをしたかもしれない、が、まさかそれを責めようなどとは欠片も思わない。彼女としては言葉を尽くして慰めたいところなのだが、しかし物を失くすという小さいが明確すぎる失敗故に二の句が継げずにいる。結果として伸ばしかけた手を引っ込めてはおろおろと戸惑い、何もできないままの状態が続いているのだ。


「……じゃーら」


 恥じ入るナインと思い悩むクータ。二者の様子を見るともなく見ていた青蛇が、どことなく呆れの感情が含まれたような鳴き声を出す。耳ざとくそれを聞きつけたクータは主人の失態をあげつらうつもりかとキッと睨みつけるが、青蛇はそれに動じた様子もなくぷいと顔を背けた。


「むっ」


 反抗的な態度にクータは顔つきを険しくさせる。青蛇は敵だった存在から生まれた謎の同行者であり、クータにとっては警戒対象だ。


 旅の仲間という認識はなく、主人が望むから傍に置いて監視をする、という程度のもの。

 つまり見張られる側と見張る側という関係性だ。

 だというのに、この非服従を強く訴えるような――クータの目にはそう映った――強気の態度には我慢がならなかった。


「こら、へび! クータを見ろ!」

「? 急にどうしたクータ」

「ご主人様はシャラップ!」

「シャラップておま……」

「いいからここはクータにお任せ! ほら、へびってば!」


「……じゃら」


 煩わしそうにクータへ顔を向ける青蛇。うるさいので仕方なく従いました、と面倒くささをありありと示しているその反応に、クータは一層眉を吊り上げた。威嚇の意味を込めて手に炎を出した途端「やめとけ、クータ」と幾分低くなった主人からの言葉。


「脅すようなやり方は最後の最後、どうしようもなく必要にかられたときだけにしとくべきだ。少なくとも、一緒に行動するうちはな」


「……りょうかい」


 怒り、というほどではないがはっきりと不快を表す口調は、燃え上がりかけていたクータの心を鎮火させるに十分だった。冷や水を浴びせられることで冷静さを取り戻しながら、主人からの苦言通りに「やり方を選ぶ」程度の配慮は行うことを決めた。


 手の炎を消す。そしてクータはしゃがみ込んで、青蛇を見下ろさずに真っ直ぐ視線を合わせた。


「へび!」

「じゃ?」

「クータはへびの、先輩! ご主人様はご主人様だから、一番えらい! へびは三番目! クータは二番目だから、クータの言うこときく、わかった?」


 序列勧告。このチームではナイン、クータ、青蛇の順で立場の序列が定まっている――なので下っ端たる青蛇はナインだけでなくクータの言葉にも従う必要があるし、ひいてはナインに対してもっと敬意を示すべきである、と彼女は述べているのだ。


 少しばかり火傷をさせながら「火葬が嫌なら恭順せよ」と告げるつもりだった当初の予定と比べれば、クータなりに優しく丁寧に、できる限りの礼を尽くしたつもりだ。

 そんな彼女の努力は賢い青蛇にも伝わっていたようで……。


「……じゃら」

 返事には確かに承諾の意が込められていた。


 それを見たナインは密かに感心する。

(へえ……、これは思ったよりも、苦労は少なくて済むかもしれないな?)


 どこで学んだか知らないが――青蛇の出自を目の当たりにしたナインからすれば、学べる機会などあるはずもないことだけはわかるのだが――礼には礼を返すくらいの素養を持つのであれば、これからのことも考えやすい。


 生存本能に長けるだけのただの野生動物ではないようなので、こちらが礼を失する愚さえ犯さなければ関係がこじれることもないだろうと予想がつく。


 無論、青蛇が成長し成熟したあかつきにはどうなってしまうか、まだ現時点ではいかなる予断も許さないことに変わりはないけれど、とりあえず「その時」が来るまでは平穏無事な随行者として身をやつしてくれそうだ――それこそ。


 よほどのトラブルでも起こらない限りは、青蛇も大人しくしてくれるはず。


「と、いうか……そういう意味じゃ他でもない俺が余計なトラブルを起こしちまってるんだよなあ……ハア。地図を読み違えたり失くしたりと、俺ってもしかしなくても方向音痴なのか?」


 実際に彼女は自覚なしの迷子上手ではあるのだが、この場合敢えて言うなら「女難」ならぬ「地図難」と称すべきなのだろう……そんなワードが存在するかどうかはともかく。


 順調な旅路に毎度のごとく、まるでそれが使命かのように影を落とす己のうっかりを嘆きぼそぼそと独り言ちる主人を不憫に思ったクータは、その瞬間に万雷の衝撃にも似た圧倒的閃きを授かった。これぞまさに尊きご主人愛のなせる御業であったろう。


「ご主人様!」

「なんだクータ?」

「あの吸血鬼が言ってたよ、エルトナーゼが行き先だって!」

「なんだって! そりゃ本当かい!」

「ほんとほんと!」


 百頭ヒュドラのもとへ向かう道中、ナインは言い合いを始めたクータとユーディアの声量に堪りかねて途中から耳を塞いでいた。なのでその最中にユーディアがふと漏らした「エルトナーゼの道すがらの人助けよ、私がいかに美徳の功に優れた佳人か理解できるでしょう」という異常なまでに自尊に満ち溢れたセリフを聞き逃していたのだ。


 面と向かって言われたはずのクータに至ってはセリフの後半を意図的にシャットダウンして聞き流していたのだが、前半部分――エルトナーゼへ行く、という部分だけはしっかりと頭に入れていた。その都市名に聞き覚えがあったからだ。正直その時は別に大したことだとも思っていなかったし――主人と行き先が同じだということだけに注目してはいた――戦闘を挟んだことですっかり忘れていたのだが、今になってその記憶が鮮明に蘇ったのだ。


「吸血鬼がそこに行ったのなら――」

「ユーディアが去っていった方角に、エルトナーゼがあるってことだな!」

「うん!」

「でかしたクータ! よく聞いてた、そしてよく思い出してくれた!」

「くふぅ~」


 わしゃわしゃと頭髪を撫でられ恍惚の表情とともに気の抜けた声を出すクータ。


 よかった、あのアホの話を聞いてて本当に良かった……なんなら主人の懐から逃げた地図にも感謝を言いたいくらいだ。その後で主人を落ち込ませた罰に燃やすけど。クータはそんな風に思った。


「ユーディアが向かったのはあっちで、俺たちの位置は確か――」


 気持ちよさに浸るクータをひと先ず置いておいて、記憶していた地図の情報を思い起こすナイン。距離が正確なら、すでにエルトナーゼまで道程の半分以上は過ぎているはず。方向だけを頼りに進むのもアリだな、と彼女は判断する。


「うん、目指してみようか……つーかどっちにしろ進むしかないんだからな。カラサリーさんのためにもおめおめフールトに舞い戻るわけにもいかんし」


 都市長(代理)とナイン一行は無関係、という体を取るためにあらかじめ決めていたことだ。

 さっさと倒してさっさと去る。

 一般人を装ってフールトへ一旦戻ることも少しだけ候補に入れたが、それをするには自分たちは目立ちすぎるとすぐに却下した。


 子供だけの旅というだけでも人目を引くのだ。クータの燃えるような赤髪とナインの雪のように白い肌は多少容姿を隠したところで誤魔化せるものではない。しかもそこに珍しい鱗の色をした蛇までつれているとなれば尚更だ。


「やっぱこのまま強行軍で行くとしよう。……こんなことならユーディアと一緒に行くべきだったな」

「でもあいつ、急いで行っちゃったよ?」

「そーなんだよな。なんかやたらとツンケンしてたし、頼んでもどのみち断られてたかもしれんな」


 ユーディアは別れ際に「あまり調子に乗らないことね」的な発言をし、ナインへ強い視線を寄越していた。機嫌を悪くさせるようなことをしてしまっただろうかと悩んだナインだったが、一連の出来事を振り返ってもとんと心当たりが見つからない。そもそも青蛇を同行させることを決めた直後に彼女は去ってしまったのだ、怒らせるポイントなんてなかったはず。


「あの吸血鬼、ヒュドラを倒したあとからちょっとふんいきが違った」

「え、そうだったか? 何も変わってなかった気がするけど……」

「ううん。なんだかちょっと静かで、でも――燃えてた」


「……燃えてた?」

「うん!」


 ナインにはなんのことやらさっぱりわからなかったが、感覚的なことに関しては主人以上の鋭さを発揮するクータには、ユーディアの心情の変化が如実に感じ取れていた。


 ナインの見てくれはともかく、その他に関しては取るに足らぬ、とまでは言わずとも自分には遠く及ばない――そう思い込んでいた彼女に叩きつけられた衝撃がいかほどのものだったか、受け取り方こそ大きく違えども同じ衝撃を食らったクータには、まるでそれが我がことのように見通すことができたのだった。


「あいつ、ご主人様にライバル意識を燃やしてるんだよ! なまいき!」


「えー……ライバル意識って」


 そんなことを言われても困る。というか、燃やされても困る。


 ナインにとってユーディアとは、道すがら出会っただけの他人である。一期一会とは言うけれど、文字通りたった一回顔を合わせた――と言うには少々特殊なイベントを共に体験したが――だけでライバル認定されてはたまったものではない。


 彼女はいったい何を以ってそんな風に思ったのか……? まあ、意識しないところで相手を傷つけていた訳じゃないと知れただけでも良しとしようか、とナインは自分を納得させる。

 一方的に憎まれるのに比べれば、対抗意識を持たれるほうがいくらか気が楽というものだ。


「もしエルトナーゼでも会ったら、ヤなちょっかいかけてくるかも」

「まさかー。なんだかんだ言っても協調性はあったし、変につっかかってくることもないだろうさ。対抗意識って言ってもアレだろ、美人度対決で負けたくないとかそういう感じだろ」


 だからないない、とクータの懸念を鼻で笑い飛ばすナイン。クータは主人が言うならそうなのだろうと頷き、しかし「もしそうなったらね」と朗らかながらぞっとするほど冷淡な笑顔を作った。


「あいつはちゃんとクータが燃やすからね、ご主人様!」

「う、うん……もしもの時は頼もうかな、はは……」


 なんだかペットのことが、とにかくなんでもいいから燃やしたいだけの放火魔のように思えてきたナイン。彼女は乾いた声で笑いつつ、クータから視線を逸らすように青蛇を呼び寄せてローブにしまった。首元に巻く形で収まる青蛇はまるで生きたマフラーのようだ。


 見た目で言えば顔を隠せるナインより衆目を集めやすい青蛇の姿を隠す意味も込めて、移動はこうやって行うことにしたのだ。


「よし、いい感じだな。これなら邪魔にならないし、うっかり落とすこともないだろう。にしても冷やっこいな、お前さんは」

「じゃら?」

「寒くはないぜ。気持ちいいくらいだよ」


「ご主人様、へびの言ってることわかるの?」

「いんや、ただの勘。会話が成立してるかは微妙なとこだ」

「じゃら……」

「お、今のは呆れたっぽいかな」

「それはクータにもなんとなくわかったよ」


 青蛇がローブ内へ完全に引っ込んでしまったので、ナインとクータは笑みを見せあって旅路へつく。


「また空輸を頼む、クータ」

「まっかせて! 方向はこっちだね」

「ああ、合ってる合ってる」


 ユーディアが先行した方角を確かめるクータに、ナインは間違いないと同意する。先を見れば今にもユーディアの背中が見えてくるかのようだった。


 先を急ぐ吸血鬼の顔を思い浮かべながら、それにしてもとナインは疑問に思う。


「あれは急いでいるっていうよりも、焦ってるって感じだったよな……。ユーディアのやつ、エルトナーゼに何かあるのか?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ