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513 神具vsナイン②

「『無の一条』……我が神威である支配の力。それをたゆまぬ邪魔の排除のためだけに使う放射攻撃を、過去にそう名付けた。誰に呼ばせることもないが、一応な。由来は言うまでもなく、この攻撃を受けてそこに残るものが何ひとつないからだ。……だが、どうやら。我は今一度技の名を改める必要があるようだな」


 そう言って、空を見上げて。


 確かに権能の大光線を浴びていながらもダメージを感じさせない動きで飛び出した少女の影。


 が、空中で翻る。


 得意の重心移動によって落下攻撃を仕掛けてくるナインを真っ直ぐに見つめ神具は、僅かに口角を上げた。


「荒波の中を泳ぐように。我が神威の奔流を凌いだか――ならば」


 一歩分、少年が足を動かす。その直後に傍へ敵影が着弾。激しく地に衝突した足裏を引き抜いて、少女が勢いよく回る。それに合わせて神具も回った。


 回転蹴りと回転蹴りが逆の軌道でぶつかる。



「……!」


「ならばこの手で直接。貴様の命へ神威を降り注ぐまで」



 弾き合う。押されて互いの体勢が崩れる――ことはなく、同時に姿勢と蹴り足を入れ替えての上段蹴り。側頭を捉えたそれはしかし、二人が共に上半身を仰け反らせたことでまたしても足と足の鍔迫り合いとなった。


 びりり……!! と余波が重く振動となって広がって。


 だがナインも神具も動きを止めることはせずに。


 打ち込み、躱し、避けざまに振るい、空振り、また躱し、反撃し、防ぎ、受けながら蹴り、回り、振り下ろし、逸らし、叩き込んでは返しに叩き込まれて。


「がはっ……!」

「ぐぅ………っ、」


 衝撃に揺れ、一拍の間。好機と窮地。互角の攻防が故に生まれる空白を、先んじて詰めたのは神具であった。


 肉体のみを武器としているナインと違って神具は空間を操れる。


 本来ならその力によってナイン自体を支配して生かすも殺すも自在のはずが、しかし今の彼女を相手にはそれができない。


 けれども。


 少女本人を操れずとも元来の空間支配そのものが封じられているわけではない――だから神具は己が手を通して直にそれをナインへ味わわせている最中で、そのうえで。


 彼女に対してではなく、彼女周辺の空間へ力を及ぼすこともまた可能であるからして。



「――震撼せよ」



「!?」


 引き付ける。


 空間を無に。

 距離を零に。


 自分が動くのではなく自分以外の一切を動かしてナインを強制的に間合いへ引き摺りこむ。


 そして、権能の解放。



「――ガッはっぁ!」



 細胞レベルで生き物を粉々にする超振動撃。

 完全雷化の物理無効能力すらも通過した脅威の神力が、それを遥かに上回る威力でナインを叩いた。


 ――分子かららされるような微細ながらに極大の神威を受けて。


 穴という穴から、千切れた右腕の断面やぽっかり空いた腹の傷からも。


 少女の小さな体に収まっていたとはとても思えないほどの大量の血を噴出させながら――しかし。


「!」


「ガァあああぁっ!!」


 どん、と流れ出た血ごと地を踏みしめる。


 そんなことで彼女の肉体を襲う振動が止まるはずもないというのに、けれどぴたりと神具の神威は収まって。

 

 少女は真っ赤な拳を振るった。


「生身でこれを耐えるか。――つくづく面白いな、貴様は」


 首を動かす。横を通り抜けた拳から少女の血が飛び、頬にかかる。


 そこについた一滴をぺろりと舌先で味わいながら少年は。


「気が変わった。我に仇なす最大の『邪魔』であると言えども――ここで消して終わりとするには、やはり惜しい」


 続けざまに繰り出される拳撃と蹴撃を回避しながら。

 当初とは打って変わって流麗さを増し、一見緩やかでも一層の鋭さを帯びた少女の連撃を、こちらもまた緩やかな動作で避け続け、まるで協力して演舞を踊るかのように――愉快そうに神具は言った。


「王家の血はとうに絶えているが。されど我は神具、国を作り替えるはいいがそこに君臨したとて統治までは望めない。我が支配の力はそのために与えられたものではないからだ」


「――それがどうしたって?!」


 ミドルキックのフェイントを挟んでの上段内回し蹴り、を躱されて直後の迅速な掛け蹴り。


 刹那の変幻で攻めるも決めの踵が見事に空を切ったことでナインは一旦動きを止めて、神具へ問いかけた。あまりまともに取り合うつもりもなかったが、いったいどういう風に彼の気が変わったのかについては純粋に興味があった。


 もしもこの勝負を、彼が戦闘を介さずとも終わらせるつもりになったのなら。



 それはきっとあり得ないことだと心のどこかで理解しつつも、どうしても期待せずにはいられない――「これ以上の破壊も暴挙も控えよう」と、彼が口に出してくれることを願わずにはいられないナイン。



 だがしかし、現実とはやはりどこまでも非情なもので。


「為政者が要る。新たに王位につくが要るのだ」


「つまり……人間種の王様か」


「非だ。種族に拘るつもりはない――人らしくあればそれでいい。なおかつ我を正しく使える者でなくてはならない。だが我が所持者亡き今の世に、そんな者はどこにもいない」


「じゃあどうする」


「作るしかあるまい。新たなる王を、我が」


「――おい、まさかお前」



「そうだ。惜しむらくも、だからこそ我が手で消すつもりでいたが、その気がなくなった。。おそらくはそれが最善。神具でもない、人に化けた怪物でもない。言うなれば特異点という事象そのものが名を持ち、命を有す。――次世代の国の王となるにこれ以上相応しい存在など他にはいまい」



「………………」


 その時、少女が浮かべた表情がどういったものであるかについてはなんとも筆舌に尽くしがたい。少女自身、少年に対して何を思ったものかわからないままにその顔を向けていただろう。一言でナインの感情を表すことは到底できないが、しかし最も先行したそれに最も近い言葉を当てはめるなら。


 うんざり、が正しい。


「――てめえとセックスするつもりはねえよ」

「あの時代。王の所有と知りながらも我が手を握らんとする者は男女問わず多かった。当然だ、あれかしとならずも神具とは神によって、人間ヒトを魅了するように造られているのだからな。だが貴様は、同衾を拒否すると。――うむ、流石は我に並ぶ特異点と言ったところか」

「そういうこっちゃねえんだが」

「ふむ……? ならばもしや、母となることに不安でもあるのか。存外に人間ヒトらしい感性だな。だがそうだとしても、案ずることはない。貴様は産むだけで構わない。子の育成に関しては我が引き受ける所存だ」

「……まず産む気がねえっつってんだ」

「なるほど。なら役割を変えるか。貴様が注ぎ、我が産む。それでもいいだろう。雌雄の作りの差程度、操作は容易い――我らであれば些かの問題もあるまい」

「あー、……もういい。そういうのは全部、後にしようや」


 ぐい、と。

 顔の血を左手で拭いながら少女は話を打ち切る。



「俺を消すにしろ、手籠めにするにしろ、その逆にしろ。てめえの願望をぐだぐだ言うのは、勝ってからにしやがりな。そうすりゃ全部好きにできるんだから」


「道理だな。では、貴様に勝つとしよう。……こんな言葉を吐くのは初めてのことだぞ」



 空間を詰める・・・・・・


 神具の力の発動、と合わせてナインは縦回転。既にそこにいる神具が伸ばしてきた腕をやり過ごしながら胴回し回転蹴りを叩き込む。が、逸らされる。苦もなく進路を変えられたナインの蹴撃が神具の横に落下。しかしナインは沈んだ身を起こさずに低い体勢のまま払い蹴りを仕掛ける。それを嫌って間合いの外へ神具が出る、そこを狙ってナインの飛び蹴りならぬ飛び殴りが炸裂。腕力というよりも脚力で打ち出した拳がしかと神具へヒットする。


 が。


「――ガァッッ?!」


 少女の拳に命中した感触が伝わると同時、神具の手のほうもまたナインの腹の穴に差し込まれていた。傷口の中へ少年の嫋やかな指先が当てられ――そして超振動。


 少しでも痛みを強く与えんと選択された攻撃法は確かに少女へと耐え難き激痛を加えて。


「貴様の強さ。その成長を我は認めよう。貴様は貴様なりに学んでいるのだと、先の言葉を訂正し、なんなら謝罪してもいい。――だがいずれ示される勝敗。その結末に際して、依然として支障などない」


 どぱっ! とナインの口内から溢れ出る血。間近から吐き出される赤い体液を顔に浴びながらも神具は瞳を閉じることをせず、手を緩めることもしない。


「先に負った傷の分だけ。貴様が敗北に近い――否。勝利に遠いのだ」

「ぐ、……」


 言葉を返す余裕もなくナインが震える手で神具の腕を掴み、それを腹から抜く。振動が、収まる。しかしよたりとその足元は見るからにふらついており。


「貴様の闘争も、これにて終いだ」


 無防備なそこへ神力の込められた手が伸ばされ――。


「っ!?」


「――、」


 確実に当たる、というその瞬間に。


 ひどくよろめきながら、まるであるはずもない助けを期待して上げられたかのような少女の頼りない腕が……なのに正確に少年の腕をいなして・・・・


「な――ぐふっ!!」


 その挙動に連動するように跳ね上がった彼女の足が思い切り、神具の顎をぶち抜いた。


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