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507 vs【サイレンス】サイサリス

「【選択権カリギュラ】拡大――異星界構築」


「、――これは」


 五大都市がひとつスフォニウス。音楽と闘技のメッカであるそこを目的地とした神具の一体は、リブレライトやエルトナーゼに向かった彼とは異なり誰に邪魔されることもなく都市の直上にまで辿り着いて、その途端に……奇妙な『異変』へと巻き込まれた。


 一見すると見える景色に変化はない。眼下には確かに彼の目的とした都市景観が広がっている――しかし審眼ジャッジとよく似た瞳を持つ神具からすればそんなものはただの欺瞞・・に過ぎないことが明らかであった。


 作り物である。


 今見えているのはスフォニウスの街そっくりに模倣されたただの偽物に過ぎない。


 瓜二つに配置された建物も、往来を行く人々も、所詮はそう見せかけているだけの模造品――そしてそれは一帯に広がる空間そのものについても言えた。


「これは領域か……いや、違うな。構成はよく似ているが術の効力としてはまったくの逆。支配圏を作り出すのではなく支配圏から弾いたのか。――そうなのだろう、そこの娘」


「…………」


 呼びかけに応じてふわりと街角の一角から神具と同じ高さまで浮かび上がってきたのは、前髪を不自然なまでに長く伸ばし両目を隠している、一人の線の細い少女だった。彼女をひと目見て神具は、僅かにだが目を剥いた。


「――驚いたな。こちらも模造かと思えば、よもや。貴様は星の力そのものではないか。そんなものを抽出する術を持つ者が、今の時代には存在しているということ。そして愚かしくも、それを恐れもなく実行してしまうということが何よりの驚きだが。――下手をすれば我が起動するよりも先に、貴様が事を為し、因果の収束の起因となっていたかもしれんな」


「…………」


「解っている、我と貴様とでは趣が違う。土地を守る力ではあるが守護と浄化では手段も結果も異なる。……まさか我を相手に貴様のほうが人間ヒトを守る立場につくとは、なんとも異なことだが。しかしどのみち、そうして形を持ったのならこれは避けられんことだ。この国には、我がいる。貴様のようなものはいらん」


「…………」


「我は神に造られし道具であり、人間アルフォディトに使われし道具。人間ヒトは我を神具と称し、我もそれを名乗っている。貴様に名があるなら、今のうちに聞いておこう」



「……サイレンス。あるいはサイサリス」



「ほお――どちらも、らしい・・・ものだな星輝の子よ」



 力が蠢く。外側に設置された支配圏を撓ませるように発動された神具の権能が二人の内在する空間を破壊せんと効力を発揮しようとするのを、支配者であるサイレンスが封じる。彼女の能力によって補強された空間に権能を阻まれた神具だったが、彼は顔色を変えずすぐに次の手を打った。


「――、」


 サイレンス自身へと手を伸ばす。空間への作用とともに彼女の持つ浄化から生じた別種の支配の力、それそのものを己が手で支配せんと目論む神具に――少女は。


「カ……リギュラ」

「!」


 文字通りにすり抜けて逃れる。


 彼女以外には他の誰にも叶わぬ方法で見えざる手より脱出してみせた――それを受けても神具はあくまで表情を動かすことはなかったが、ただ少しだけ興味深そうに。


「位相術とも違う。これが星の力なのか……面白い。貴様のような力の使い手とは初めて対峙する。要するにこれは力の鏡映し、支配の鬩ぎ合いというわけか」

「…………」

「無論、如何に星の意志と言えども。人間ヒトに造られた残滓程度、我にとってなんの脅威にもなりはしないが」

「――カリギュラ」


 空間に溶け込むようにふらりと姿を消すサイレンス。次の瞬間に彼女は、神具と重なり合っていた。そこにいるけどそこにいない。どこかにはいてどこにもいない――自身に影響するありとあらゆるものを取捨選択できるサイレンスは、その力でありとあらゆるものへ影響を与えることも可能とする人を遥かに超越した存在。

 ナインとの試合経験を経て【選択権カリギュラ】と名付けられた能力を更に進化させた今の彼女ならば、たとえ神具を相手としても、まさしく言葉通りの意味で懐へ潜り込むことも容易かった。


「く――貴様」


 神具という個の、内側から。


 そこに宿る七聖具の力を引き剥がすべくカリギュラを作動させたサイレンスへ、初めて神具の顔に苦悶の色が見えた。そこにはありありと不愉快の感情が表れている。


 まるで意趣返しのように力そのものへと手出しされた彼だが、しかし彼が宿る『聖典』は己と他の七聖具を強固に結びつける合一化の能力を持っているのだ。神具が神具足り得ていること自体がその力の本質でもあって、たとえ内部へ分離を図る、別の力による『手』が及ぼうとも……それに好きにされるほど彼は易い代物ではなかった。


「なんたる不躾な……それに触れていいのは、貴様ではない」

「っ、」


 体内に潜り込んだサイレンスを、見えざる手で引きずり出す。

 そしてそこに神力を込める。

 彼が何をするつもりか、似たような力を持つだけにすぐに察せたサイレンスが自身の能力で再び逃れようとするが――。



「その程度で、防げるなどと、夢にも思うな」



「っ――!?」


 堕とされる・・・・・。強大過ぎる力が一点に注がれ、偽物のスフォニウスへとサイレンスは激しく落下させられてしまう。衝撃が広がり、作り物の住民も景観も、まるで砂の城が崩れるように塵と化していく。そんな中を砂塵を振り払いながら起き上がったサイレンスへ目掛けて、横合いから神具が空間を無として接近した。


「消え去れ。不出来な星の子よ」


「あ――、」


 異能による防御も間に合わず、吹き飛ばされる。そうやって小さな異星界の端まで到達した少女の矮躯は、支配圏の壁にぶつかることでどうにか止まった。「かはっ……」と血の流れていないはずの体で、しかし血を吐くように苦しげな声を漏らした少女の傍らには、既に神具の姿があった。


「貴様の構築……殻とでも言うべきか。我が眼に映るよりも存外に、頑丈ではないか。貴様も、この空間も。だが今度こそ壊そう――この空間ごと、貴様自体もな」


 少女の顔面を掴み、壁に押し付ける。そこに神力を集約させる。


「圧縮と、伸長。どちらも極度にかつ同時に及ぼせば、壊れぬものなど存在しない。それは貴様の用意した異界と言えども、例外ではないのだ」

「――カリ、ギュラ」

「無駄なことを。何をしたところでもう逃がしはしない――」


 と、神具はそこでサイレンスから目を離した。

 彼が今見ているものは、支配圏。


 その大いなる変動だった。


「まさか……我よりも先に、貴様自らがこの空間を圧縮させる、だと?」


「逃がさない、は」


「!」


「私の、台詞」



 圧縮――否、凝縮。


 自身を中心に空間中を覆っていた支配圏を縮小させて、へと変えた。己が能力で作り出した異空間であるためにサイレンスは無事だが、しかし異なる力を媒介としている神具はその肉体ガワに確かな質量が存在している。それが収まらないだけの矮小空間へ無理矢理に閉じ込められれば膨大な力を持つが故に軋み・・は相応に大きくなり。



「よもや。これで上手く策を練ったつもりか――サイレンス。貴様の力の使い方は、我にとっても慣れ親しんだものでしかないぞ」


 潰されたかに見えた神具は、放棄される空間の支配権を奪うという方法でそれを解決した。空間圧縮による物体の破壊は彼が常套手段として用いるものでもある。故に他者からそれをやり返されることは初めての経験であっても、どう対処すべきかはよくよく存じ上げていた。


「一日の……否、千日の長がある。空間支配で貴様が我の上をいくことなどあり得ない。結果として。事前に仕込み作り上げた大層な支配圏を、むざむざとその手で我へ差し出したにも等しい――、……なんだと?」


 今度こそ支配下におくことができた、サイレンスの異星界。そのはずがしかし、妙な感覚を覚えて僅かに眉を顰めた神具は、すぐにもその原因に思い至った。


 支配圏の、外側に。



 もうひとつ別の空間・・・・が広がっている――。



「多重空間構築か……! しかもひとつだけではないな。これは、いったい幾つ奥があるのか――答えろサイレンス」

「知りたければ、その眼で確かめたらいい。……できないの?」

「貴様――」

「言ったはず。『逃がさない』、と」

「……、」


「幾らでも繰り返す。千日の長があなたにあるのなら……千日手に嵌めてでも、その優位を無くさせる」


「馬鹿げたことをする。それでも星の意志なのか」


「そう、私は。星の意志より産まれた一人の人間。あなたの言う通り、神具あなたとは違う。――私は都市と、人を守る」


「……そうか。然もあらん、貴様もまたそう・・というだけのこと」


 息を吐き出すように神具がそう呟いた途端、彼が強奪した支配圏がサイレンスの力によって外側から強引に圧し込まれて――。



「それでも我は、我たらん。この力に、無二の矜持と誓約を抱くゆえ」



 神具もまたそれに応じて、空間支配の力をフルに発動させた。


ここのバトルわけわかめ

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