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497 異邦人

この章が終わったら一区切りということでちょっと充電期間をいただこうと思います

ずっと同じ作品だけ書いてるとどうしても別の作品も書きたくなるもので……こっちがお休みの間も気軽に書けて気軽に読めるようなのを投稿するつもりですので、良かったらそちらも読んでもらえたら嬉しいっす


※あくまで予定は未定

「何をしやがった……!? 神具!」

「騒ぐな。外に出しただけだ。……首も戻してやった」


 突如として姿の消えたディトネイアの行方を案じるナインに、神具は腰かけていた瓦礫から立ち上がりつつ、つまらなそうにそう言った。


「外ってのは……」

ここ・・の外。かつてアルフォディトが城を建てたこの場所こそが国の中心だ。しかしなんとも――」


 ぐるりと辺りを見回す神具。万理平定省跡地はとても広大で、建物全てが崩れ真っ平な地平となっても瓦礫の先は見果てぬはずであるが、彼はそれよりも更に向こう側にある風景を望んでいるような目をしていた。


「様変わりしたものだ。変わり果てたと言うべきか。より広く、より増えた。いや……広げ過ぎて、増え過ぎたのだな。王城の上に建てた不細工な建物がその証明。ひとまず我にとっての邪魔は消したが、まだ作業は終わっていない」

「……わかんねーよ」


 ナインには神具が何を言っているのかさっぱりだ。けれど何か、語られる言葉に無視できないだけの不吉なものが混じっていることは伝わってくる。思い付きのように、なんてことはないようにこんな惨状を作り出すのが彼という存在だが――その事実がなくともきっと、ナインは神具の危険性をすぐに理解できていたことだろう。


 力の出どころが、読めなかった。


 ディトネイアがどうやって――神具の言が本当ならば省の敷地から――追い出されたのかについてまったく判断がつかない。


 何をされたかわからない、という事態はこれまでにも多々あったが。

 しかしそれらの過去を思い起こしても、こうも間近にいて、こうも身構えていて、それでも事が起きる瞬間に至っても自分がなんの反応もできなかったというのは――ヤバい・・・


 こいつはヤバすぎる相手だと、我知らずナインはごくりと喉を鳴らした。


「わからないことは、ないだろう? 我は約束を破るようなことをしない。たとえあのようなはしため・・・・との約束であっても」

「そうかい……そういう常識を持っててくれるのは嬉しい限りだね」

「いや、嘘だ。破るも守るも我の自由。首を返してやったのもただの気まぐれだ――当然だろう、我は神具ぞ?」


 あっけらかんと。


 人形のような端整な顔に一切の表情を浮かべることなく神具はわそんなことを言った。対するナインは引き気味に表情を歪める。


「……何を言ってんだよてめーは」

「信じるかと思って、試しに言ってみた。言われた通りに信じるのだな、貴様は」

「こんなどうでもいい嘘をつくなんて普通は思わんだろうが」

「どうでもいい? 否、それは間違いだ。我にとって唯一、人と結びそして破らぬと誓った『約束』はアルフォディトの願った『国の守護』の盟約それのみ。それ以外のことには等しく価値がないのだから」

「……、矛盾してやがんな」


 吐き捨てるようなナインのその言葉に、神具はことりと首を傾げた。


「思い当たらんな。なんのことを言っている」


「まず第一に確かめときたいが――お前は『七聖具』で間違いないのか?」


「是だ」


「七つの聖具が集まって真の力を解放したのが、今のお前だってのは?」


「それも是だ」


「神具の役目は『アルフォディト』を守ることにある、ってのも?」


「勿論それも是だ――どこに疑問の余地がある?」


「疑問だらけだっての。国の守護が目的だと言いながらお前は、要である万理平定省を更地にしちまってるじゃねえか。この国を動かしているのは紛れもなく省だぜ。死人が大勢出ちまってるだろうこともそうだが、お前がやったことの影響ってのは数字以上に、もっとデカい。国家にとっての最重要機関をこんな形で失って……これからアルフォディトがどうなっちまうか考えたりしないのか?」


「……ひょっとしてそれは、説教のつもりなのか。この我に?」


「いいから答えろよ。どういうつもりでこれをやったのか」


 びきりと。

 額に青筋を浮かべるナインだが、それでもまずは対話を試みるために苛立ちを懸命に静めているところなのだ――と神具が解したかどうかはともかく、彼はうーむとあどけないただの少年のような仕草で悩む様を見せて。



「――ああ、なるほど。そういうことか」



 と、不意に納得したような声を出した。


「……なんだ、一人で。俺にもわかるようにしろよ」


「いやなに、貴様の着眼点が我こそどうにも理解できなくてな。だがそうか、貴様はどこまでも人の視点から物を見ているらしい。ならば通じるはずもない。いいか来訪者――余所者・・・よ。我は『国を守る』と言った。『人を守る』とは、一言も言っていない。これで理解できるか?」


「……!」


 愕然とするナインに、一歩だけ。

 美しき少年は近づいて、ごく近い距離から互いの視線を合わせて。



「何を『国』と定義するかは意見が別れよう。時代時代で言葉の意味が移ろうこともあろう。ただしどれだけの時が経とうとも我の定義・・・・は常に確立されている。盟約の時より常に変わらず、この土地こそが我にとっての『国』だ。国を興した初代女王と同じ名が付けられたこの都市こそが、『アルフォディト国』である」



「じゃあ、何か……てめーは首都以外はどうでもいいと――そこに住む人々すらも守る対象には含まれないと、そう言いたいのか?」


「非だ。空の土地を守ることは盟約に反する。やはり人は必要だ――しかし最低限でいい。言ったろう、この国は広げ過ぎたし増やし過ぎた。欲にかまけた繁栄。それを祝福してやってもいいが、我が庇護下へ持ち込ませるつもりはない」


「……何をしようってんだ?」


「分かりやすく言えば、口減らしか。邪魔を消す作業とも言ったはず。後世の者が張ったらしい地脈を用いた結界術……人にしては良い働きぶりだが、我にとってはそれもまた邪魔でしかない。起点となる五大都市も同様に」


 一旦全てを消そう、と。


 気に入らない絵を破り捨て、次のページに新しい絵を描き直そうとするかのような気楽な調子で少年は言った。


「なんて馬鹿なことを……! てめーみたいなもんを起動させるために、省は必死こいてたって言うのかよ……!?」


「その点に関しては正しいことだ。真理がこうも不安定なのだから、奴らが我を頼ると決めたのは英断だろう。こともあろうに国よりもまず自らの保護を求めてきたのには呆れたが――うむ。我は寛容なり。願われた通りに、もう二度と危機など感じないようにしてやったとも」


「てめえ……! いや、待て。真理が不安定ってのはどういう意味だ。お前にも何かが視えているのか……?」


「それは貴様のほうにこそ心当たりがあるのではないか、来訪者」


 じっと視線を逸らさず、凪いだ水面のように穏やかで、それでいて射貫くような鋭さで神具はナインを見る。


 思わず、一歩分。神具が詰めた距離の分だけ後退しかけたナインだが、ぐっとそれを堪えて。


「……ああ、あるぜ。人からの受け売りで知っただけだがな。だが省だって同じように――たぶんは予知っていう手段を使って、それを知ってたんだ。これから起こる世界の危機、『揺り戻し』ってやつに備えて七聖具を蒐集していた。……結果はこの通りだが。こんなんじゃもはや皮肉とも言えないな――もしかするとだ。お前のやったこと自体が『揺り戻し』の一部なんじゃねえのか?」


「是と言っておこう。都合よく因果を操ろうとした末路としてはありふれた類いのものだ。数百年という単位で先送りにしていたことの付けとも言えるが。我こそがを揺るがす因果の収束の始まり……というよりその先触れとなってしまったことは否定しない――しかし我の言う心当たりとはそういう意味じゃあない」


「なんだって……? それじゃあ」


「視えているのか、と問うたな。それも是だ。勿論視えているとも――数多の因果の集合である真理が、我にもな。元は古き小人・・所縁の『系譜眼』と『宿縛眼』。審眼ジャッジ、そして魔眼ゲイズと呼ばれるそれらが初まりである『読み解くための瞳』――世界の意図を理解するために仕組まれたその機能を、神が真似た・・・・・出来損ないがこの眼には備わっている」


「世界の――意図?」



「来訪者、と呼んだのは。貴様が真にこの世界にとっての異邦人であるからだ。……なあ、『ナイン』」



「――、」


 思いがけぬ神具からの言葉に、今度こそナインは二の句が継げなくなった。


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