表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
507/553

486 『儀恤』と『黒樹』

 原初の神である属性神たちは太古の昔、力を合わせて起源を別とする他の神々と闘争の歴史を紡いだとされている。


 ――しかし、だからと言って彼らが一様に強い結びつきを持っていたかというと、それは間違いだ。


 例えば最も偉大な神とまで称される火神イグニは長男ながらに他の兄弟たちとは一歩引いた存在であったことが神話の端々から窺えること。例えば双子の姉妹だという闘神たる雷神と風神はこの二柱のみで語られるエピソードばかりに終始すること。極めつけは兄弟ながらに『数えられぬ神』として序列から外された闇神と光神――その存在こそが神々の陣営も決して一枚岩ではなかったことの最たる証拠になろう。


 木静神アゥフニエヌについてもまた例外ではなく、彼が神間闘争時を除き直接的な関係を持つのはそれぞれ姉と兄にあたる水星神ディエプと土清神クドタスのみだったという。特に双子の兄であるクドタスとは密接な間柄にあり、アゥフニエヌという存在は兄との関りだけで殆ど完結していると言っても過言ではなかった。大地に支えられながらも大地の上に立つ樹木の在り様を顕すように、属性神ながらに後世で人間ヒトが伝承する属性の基礎に含まれない彼は、兄弟の中でも一際特殊な立ち位置だったと言えるだろう――そのせいなのか、木属性への適性を持ち合わせそしてそれを十全に操れる者は数少なかった。


 ……そんな長い歴史で見ても少数の才人の中にエンバーが含まれたという事実は、成長とともに肥大化する彼女の自尊心を更に増長させた一因となったことに疑いはない。


 ごく少ないアゥフニエヌの戦いを詳細に記した歴史書の中でも特に貴重な一冊、『遠来の小人』著の名もなき書物において見られる「純黒の大樹」という描写。それが何かの比喩や神の隔絶した木術を詩的に表現したものではなく、小人が目撃したそのまま・・・・を描いたに過ぎないと初めて発覚したのが、エンバーが『黒樹』を発現させたときのこと。当時まだ十歳で、魔術師ギルドへの所属に際し問題を起こしたことでつるし上げの標的にされていた幼き彼女が、周囲を力で以って黙らせるために披露したのが公の場で「それ」が確認された初めての事例だった。


 神話に眠る力を現出させ自由に操る少女。その光景を目にしたギルド職員たちの驚愕と感嘆はどれほどのものだっただろうか? しかして実はその時、ギルド支部を私物化していた厭われ者の俗物を制裁してみせたはいいものの、エンバーは黒樹をまだきちんと操りきれてはいなかった。暴走したのが運よく自分を追い出そうとしていた敵へ命中したに過ぎず、このことが発覚すれば鳴り物入りのギルドへの加入決定も白紙に戻されかねない……などと自信家の彼女がそんなことを不安がるはずもなく。根拠はないが、自分ならすぐにも黒樹を意のままに操れるだろうという確信をもってさも既にそれを成し遂げているかのように振る舞い、ちゃっかりとギルド入りを果たしたのだった。


 絶大な自信が運を引き寄せたのか、あるいは運命こそが彼女に自信を抱かせるのか。

 どちらが先なのか定かではないがとにかく彼女は目論んだ通り、時期を置かず黒樹の完全制御に成功した。



 それが成し遂げられた最大の要因とはエンバーの才能も勿論のこと、もうひとつ。彼女と同時期にこちらも同じくひと悶着の果てにギルド入りした「もう一人の天才」――アルルカにあった。



 初めて出会う自分と同年代にして同等の才能を持つ少女。己を置いて他に最高の術師など存在しないと確固たる自負心を抱いていたエンバーが彼女の魔術を初めて目の当たりにした際に受けた衝撃は、神話の黒樹を目にした職員たちの衝撃を遥かに上回った。それはアルルカ側も同じだっただろう。弟と二人三脚で大戦時代の始まりをストリートチルドレンとして過ごしつつまったくの自己流で魔術を身に着け、そんな境遇でありながら立ち塞がる者を一度の苦戦もなく伏してきたアルルカは、子供ではあってもその確かな戦闘経験から自身が飛び抜けた強者であることを過不足なく認識しており……まさか己と互角に戦える同い年の少女がこの世にいるなどとは夢にも思っていなかったのだから。


 互いの存在は両者にとってよい刺激となった。対等な存在へのライバル心とそれを超える友情。天才たちは相手に負けぬようにと並の努力家などでは及ばないような研究と修練を重ね、めきめきと実力を伸ばしていった。他者が一段ずつ上っている階段を十段飛ばしで駆けあがる少女たちは出会いから三年後にはもはや歴史に名を残す偉人として周囲に認識されていた。


 エンバーは黒樹のみで他のあらゆる属性術を圧倒するような技量と、そして詛術という魔力を使いながらも魔術では防げない世界初の術式を完成させ。


 アルルカは空間系・時間系という使用者の限られる術を双方高度なレベルで修め、それも含めて一部の基礎的な術式でしか叶わなかった魔術の完全なる理論化を実現させた。


 まったく新しいものをゼロから生み出すことにエンバーは長け、既存のものをより良くする、組み合わせてこれまでになかった用途を見つけることにアルルカは長けていた。方向は違えどどちらもが互いに劣らぬ卓越した才覚と技量を持っていることは語るに及ばないだろう――ギルド職員を始め多くの術師たちがこれからの魔術界を長きにわたり先導するであろう二人の若き天才の躍進を心から祝ったものだった。


 ……この時はまだしも表面的には平和だった魔術界が血に染まるのに、さして時間はかからなかった。



◇◇◇



「なにっ……?」

「あれ? やっつけたの?」

「ノン、否定を。私たちが倒したというよりこれは――」


 最初は連携の妙で『黒き森の巨人』を手玉に取っていたナインズだったが、ヤハウェが右腕を黒樹で補ったのとタイミングを同じくして欠損した左腕を復元させた巨木人の巨体からすると異様にまで思える打突のラッシュに苦戦させられていたところだった。


 何せ体躯が違いすぎるのだ。一撃を躱すにも途轍もない運動量が要求されるうえに攻撃こそが最大の防御とはよく言ったもので、反撃する隙もなかなか見つけられない状態だった。それでも時には三方向から攻め、時には一塊となって術を重ね合わせることで息切れというものを知らない巨大な敵の猛攻を凌ぎつつどうにかダメージを蓄積させていって――という最中に、唐突に黒樹の巨人が地を揺らしながら膝をついたかたと思えば、その黒い木の身体をボロボロと崩れさせた。


 与えた傷がついに巨木人の許容を超えたのか……と一瞬は思いかけた少女たちだったが、そうではないとすぐに悟る。

 倒したという手応えや実感のなさもそうだが、それ以上にそれを知らせるのが――黒樹の巨人が力を失ったと同時に増大した別の力の存在。


「どうやらマスターとヤハウェの戦闘が佳境に入ったようです」

「そっか! 余裕がなくなって、木のノッポを維持できなくなったんだね」

「他の術へ割くだけの力すら惜しんで本気で主様を打ち倒す所存か。それだけヤハウェが追い詰められているということでもあるが……しかしこの力は」


 離れていても間近に感じられるほどの濃密な力。

 今なら獲物として誘われたわけではない彼女たちにも、遠い場所からもナインが呼び寄せられたという例の気配というものがハッキリと読み取れた。


 巨木人の巨体が今や完全に崩れ去ったというのに、未だに地鳴りが続いているのは……決して勘違いなどではなく確実に、みるみるとヤハウェに集う膨大なる量の『生命力』こそがその理由であろう。


「――私たちは下がったほうがよさそうですね」

「うむ。主様は一騎打ちをお望みのようだからの」

「ノッポはいなくなったし、あとはアリーカを守るだけでいいんだよね?」


 まだ先ほど黒樹に縛られた苦しみが残っているのか、壁へもたれかかるようにして控えているアリーカの下へ移動しながら――そこで三名は、けたたましい破壊音を耳にした。



◇◇◇



「際限がねえな……!?」


 こちらへ振り向くこともなく突然笑い声を発したかと思えば……ぶわっと祭壇から溢れ出す『儀恤』によって集められた多量の生命力――奪い取られた命の輝き。それが背を向けたままのヤハウェへ降り注ぐように集まっていくのを確かめたナインは、このまま見ていてはいけないとすぐに攻撃を行うことを決断した。


 背後を取られたまま動かない無防備なヤハウェに……ではなく、儀式場の中心である『祭壇』のほうへだ。


(こいつさえぶっ壊せば――それでヤハウェの企みは水の泡だろ!)


 一足飛びで祭壇へ飛び乗ったナインは、すかさず拳を打ち下ろす。当然ヤハウェは破壊を防ぐためになんらかのアクションを見せるだろうと予測したうえでの行動だが――しかし少女の予想は裏切られる。


「……!」


 なんとヤハウェはそれでも動きを見せず、拳は苦もなく祭壇へ届いてしまった。怪物少女の腕力をもろに浴びた石造りの『儀恤』装置は文字通りに粉々に打ち砕かれた。破壊音とともに飛び散る破片。それを成した本人こそが最も驚いた顔をする中――ヤハウェはその間も生命力を収集することにのみ専念しているようだった。


 壊れた祭壇からはもはやヤハウェの制御下を離れた生命力が魂のように天井に開いた穴から遥かなる天空へと昇っていったが……その直前までに引き出した決して少なからぬ『命の輝きエネルギー』たちは余すことなくヤハウェただ一人の身へと注がれ、そして。



「クォ――――――――ッッ!!!」



「な……!」


 もはや人のそれとは思えぬような雄叫びを上げて、尚も後ろ姿ばかりを望ませるヤハウェの肉体が――またしても大いなる変貌を遂げた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ