483 黒樹の巨人vsクータ&ジャラザ&クレイドール
「おぉおっ!」
「はぁあ!」
ナインが敵の陣地へと飛び込む。一直線にヤハウェへと振るった拳は、彼の膨張した肉体に受け止められた。ヤハウェは衝撃に歯を剥いたが決してナインの一撃に押されることなくその場に留まる――これだけでも『儀恤』が授けたという彼の強化幅は途轍もないものだとわかる。
その光景を見てやはりあちらの勝負に邪魔はあってはならぬ、とジャラザは水縛陣を発動。ナインを後ろから討とうとしている黒き巨木人の残った腕へそれを絡めつかせた。狙いは無論、巨体の動きを封じることにある。しかし網をかけること自体はできても獲物の体躯からするとあまりに小さく、そして猟師たるジャラザの膂力が足りていない。ぐ、と僅かに引っかかったような動作を見せたものの黒樹の化け物はその体格任せに邪魔な網を強引に引き千切ろうとして。
「他火力技――『炎突』!」
そこを、背中から翼を生やし飛来したクータが繰り出す炎の槍に襲われた。腕の失われた左肩に伸びた炎槍が、極端に右側へ重心の偏った巨木人のバランスを崩す。「――オ」と傾ぐ巨体を見て戦闘においてのみ抜群のキレの勝負勘を発揮させる鳥少女は確かな手応えを感じていた。
クータは――メロウの技を受け継いでいた。『無雫』という彼女の奥の手による大出力を真っ向から浴びて、しかしそれを新たに手にした劫炎という強力な火を更に炎環によって最大限強化するという文字通りに全力を込めた一撃で突破し、見事に撃破。そのうえ悪態をつきながらも笑いながらその身を千々の炎へと変えて消えていくメロウを、クータは取り込んだのだ。ガス欠だったところに燃料を補給すると同時にメロウの持つ『火の記憶』も(勝手に)継承したクータは『無雫』を始めとした火を操る以外の技量も多分に要求されるような技は別として、それ以外のものなら彼女の真似ができるようになっていた。
「よくやったクータ! ――ぬぅん!」
そこでジャラザは二重水縛陣を発動。水の網がぐっと太さを増して先以上に木の巨腕に纏わりつく。倒れかけながらも腕を引こうとする巨木人――だが、
「させるものか……!」
ジャラザは――本来ならナインズのメンバーでも一等非力であるはずの彼女だが、巨木人に力で抗う今の様を見てそう思う者は誰もいないだろう。水中での同能力対決を毒蛇龍によって制したジャラザは、毒に侵され小さな白いクラゲのような姿になったゼリを自らもまた本来の蛇の姿に戻って丸飲みにした。スタミナに関しても欠点がある彼女はこの時点で殆ど体力を使い果たしていたが、それ故に同系統の力を持つゼリを吸収することで奥にいる頭目との戦闘に備えようと考えたのだ。ここで彼女にとって予想外が起きだ――水棲魔物を元にしたという人造生命体のゼリを取り込むことは、ただ体力を回復させるだけでなくなんとジャラザの体を遥かに強くもしたようだった。
「相性の良し悪しもあるのだろうが、儂にはそういった吸収があると知れた……まさに重畳。一瞬でもこうやって力勝負ができるだけありがたい進化だ――そして儂には、仲間もいる!」
「『アドヴァンスナックル』」
ジャラザの言葉に呼応するように、驚異的な脚力で跳躍したクレイドールが巨木人の頭部へ黒手袋に覆われた拳を打ち付けた。強化外骨格で固められた彼女の鉄拳は体格が違いすぎる敵を相手にも十分な威力を見せたが、このとき彼女が仕掛けたのはそれだけではなかった。
「オォ――、」
巨木人の身体が漏らした唸りにはどことなく困惑の色が含まれているようにも感じられた。
――それもそうだろう、いつの間にか自身の両脚を結ぶように枝が結び合い足の踏ん張りが利かなくなっていたのであれば、いくら物言わぬ戦闘用ゴーレムといえども戸惑うのも無理はない。
クレイドールは――クータやジャラザのように、自身の能力に由来した劇的なパワーアップを遂げているわけではなかった。リアクターエネルギーを全て格闘転換させたフルスペックを活かし増殖したエルツをまとめて破壊、その速度が敵の再生速度を遥かに上回ったことで先の戦闘は終了したのだ。一見するとナインが好みそうなただのゴリ押し戦法に思えるが、どんな技でもどんな現象でもひとたび目にすれば学習できる彼女の高度な演算機能がなければ、際限なく復活するエルツに勝つことはできなかっただろう。戦い方はシンプルに、しかして極限まで無駄というものをこそぎ落とした肉弾戦で無敵にも思える無限生成能力を打ち破った――そしてその際、エルツが己を砕かれながらも密かにクレイドールの体内に侵入させ内部からの浸食を狙っていた彼女の肉体ならぬ木体の欠片を、得意の分析と解析を通してクータやジャラザ同様に取り込むことで逆に手中へ納めることに成功していた。
不可解に黒樹の巨人の脚から生えた種類の異なる枝の正体がこれだ。流石にエルツほど自在かつ多量に発生させることはできそうにもないが、この術の真価は強化外骨格との併用が可能であるという点にあった。
通常ならその仕様により他武装との両立を叶わなくさせる特殊戦闘コード『Re:Master』なのだが、エルツより頂戴した木術は彼女が持つ機能とは別のもの。この事実は殴るか蹴るかという一辺倒の戦いしかできなくなる格闘転換の明確な弱点が少なからず補われたことを意味している。
「さすが、パーフェクトだクレイドール――ふんっ!」
クータの炎槍、クレイドールの木術と鉄拳。仲間たちの協力によって大きくグラついた巨木人の腕をジャラザは全精力をかけて引いた。如何にヤハウェ謹製の黒樹の巨人といえどもこうも抜群のコンビネーションを前にはこれ以上の抵抗もできず――ついに撃音を生じさせながら地に倒れた。
「――ォオ!」
だが巨木人に『痛み』を感じる機能などない。捥げた左腕にも苦しむ様子はちらりとも見せなかったのだからこかされた程度ではいかに巨体であろうとそれ以上に頑強でもあるため大して響くはずもなく。
両脚を縛る枝を難なく引き剥がし、腕のひと払いで網を綺麗に取っ払った巨木人は片腕だけでも意外な器用さで素早く立ち上がってみせた。
「むぅ……思い切り倒れさせてやったというのにまるで堪えてはおらんか。主様は簡単に腕を破壊したが儂らで同じことをやろうとしても相当に苦労しそうだの……しかし」
呟くジャラザの声はごく小さなもの。離れた位置に立つクレイドールにも巨木人の目線の高さで飛ぶクータにも聞こえてはいない――が、この時の少女たちは言葉を交わすまでもなくその心情を重ねていた。
――やれる。三人一緒なら十分に勝機がある。
互いの成長を感じ取っているナインズには勝利がそう遠くにはないように思えていた。より正しく言うなら、「負ける気がしなかった」。
敵は強大なれど、今の自分たちであれば。
ナインがヤハウェを倒すまでの間、邪魔をさせないどころか――主人よりも先に敵を倒してしまえるかもしれない。
「ふ。たまには儂らが先を越すのも悪くはなかろう。のう、先輩に後輩よ」
聞こえていなくとも、届いてはいる。
確かな実感とともに吐かれたそのセリフを契機に従者三人はまったく同じタイミングで敵へ向かっていった。
……その様を壁際まで退きつつ眺めながら、別の戦況も見据えているのが老婆アリーカだ。
想像以上の力量を持つ少女たちの圧巻の戦いぶりに安堵を抱きながら、もう一方で繰り広げられるナインとヤハウェの獣の食らい合いのような激しい闘争をじっと見つめた彼女は――。
「……腹をくくるしかないね。子供らだけに命を懸けさせるなんざ、死んだってご免だ」
未だ決着は遠かろうという結論の元。間違ってもヤハウェに詛術の再使用だけはさせてならじという強き決意をもって、アリーカは禁断であるはずの『二粒目の丸薬』を口にしたのだった。




