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481 窮地の詛術師は

 詛術とは他者の生命力へ直接干渉する、超常の術の中でも一際異様な完全無欠の殺人術である。


 支配こそを第一として第二以下の目的を持たない、まさに害意が法理として命を縛るに等しい恐ろしい術式は通常の魔術――現代で言うところの魔法を用いても防ぐことは叶わない。そういった妨害をすり抜け通り抜け命を抜き取ることこそが詛術の本懐であるからして、詛術師の脅威も人々の記憶から薄れた今となっては余計に抵抗が難しいものとなっており、そしてそれが故に――。


「なっ……これは!?」


 ヤハウェは本日最大の衝撃をその心中に受け、表情を歪めた。彼の目には信じられないものが映っていた。まだしも詛術を抵抗レジストし得る可能性を秘めた『月光剣』をナインが手放し、その硬直の一瞬の隙をついた完璧なる攻撃。


 防がれるはずもないそれが、何故か防がれてしまっていること。


 そのことに目を剥いたヤハウェはそこでギロリと。


 呪いの手から逃れたナイン本人ではなく――彼女をこの場におけるもう一人の人物。



 老婆アリーカを、強く睨みつけた。



「アリーカっ……今、何をやった!?」

「あの子を起こしたのはわたしじゃない、とは言ったけれど……だからといってあんたへ対抗するすべを考えてこなかったとは誰も言っていないよ。長い時をかけて研鑽を積んだのは、こちらだって同じなのさヤハウェ……!」

「くっ……!」


 対抗詛術・・・・


 今よりもまだ詛術の扱いが拙かったヤハウェによって自らの身にかけられた詛術を、闇の力を見極めることに長け、また己にもその力を宿らせる『黒空眼』によって観察し、解析し、解除こそ叶わずともそれと似たような術を編み――そして彼女はそれを詛術本来の使い方ではなく、詛術へ対処するための術として昇華させたのだ。


 疑似的な詛術による、詛術潰し。

 目には目をの精神で開発されたアリーカの術式は確かにこの時、ヤハウェからナインを守ったのだ。


「あんたの庭に囚われたこの二百年近くも決して無駄な時間ではなかったね……犠牲も出し過ぎたし、待たせすぎたが――見たかいヤハウェ! わたしにだってこれくらいのことはできるんだよ!」


「アリーカぁ……! 俺の背中に隠れていなければろくに人とも話せなかったお前が、その居丈高な態度はどうした?!」


 憤怒と表現するに相応しい激情の浮かぶ目付きでヤハウェに見据えられるも、アリーカはなんてことはないとばかりに鼻を鳴らした。


「まったく情けないことだね。いつまでも昔の話ばかりする男はモテないよ。さあナイン! 悪いがわたしは詛術を封じ込めるので精一杯だ、これ以上は力を貸せそうにもない――その代わり何があろうともあんたに呪いなんてかけさせないと約束しよう、だから!」


 アリーカはあえて明かさなかったが、ヤハウェの詛術によって魔力操作を封じられている彼女がその呪いを克服するために作成した丸薬こそが詛術封じの要である。


 抑えつけられた魔力の流れを半分暴走させることで強引に取り戻すその代物は内臓への激しい負担として現れる副作用と効果作用時間がごく限られるという、どうしようもないデメリットを抱えていた。

 限られた素材と器具で作られたにしてはそれでも一級品の効力を見せたが――しかしだからと言って忍ばせている二粒目・・・が果たして一粒目同様正常に作用してくれるかはまったくの未知数。


 ――そのため老婆はさっそく暴れ始めた腹の内の獣を気力で以って無視し、ナインへ血を吐くような声で訴えた。


「ヤハウェを止めるのを、あんたに託してもいいかい!?」


「――心得たぜアリーカさん。こいつをぶっ飛ばすっていう役目はながたは俺が貰おう」


「馬鹿めが。少しばかり力があろうと、たとえ詛術をやり込めようと! だからとてこの俺に敵うものか!」


 アリーカの術は長くは保たない。根拠はないが向けられた視線からそれを察したナインは――跳んだ・・・


 それはただの脚力による跳躍ではなく、転移の術たる『瞬間跳躍ナインジャンプ』。そして転移先に選ばれたのは祭壇だ。


 如何にもヤハウェへ向かうような口振りは少女なりのフェイクであり、アリーカへ多分に気を取られている今なら転移にも対応できないのではないかと企んだナインはまずヤハウェにとって最も重要であろう『儀恤』とやらを行なうために欠かせない儀式の場そのものを壊すことを狙った、のだが。


「っ、マジかよ!」


 移ったその途端に群がってくる黒い塊――ヤハウェの操る漆黒の木々たち。

 読まれていた。

 だけでなく、入れ食い・・・・もさながらに術で迎え撃たれまで……。


「ぐう……くそ!」

「ふん! 貴様が開けた穴のせいで転移封じの機能にも穴が開いてしまったようだが……それが逆に首を絞めたなナイン。迂闊な転移は自殺に同じ。長距離転移ならばともかくこの儀式の間の空間程度、何をしていようと常時把握しているに決まっているだろう!」


 油断――ではなく慢心か。自分を相手に軽々しく転移などという手段に出た愚かしき少女を咎めるべく黒樹の群れがその全身をすっぽりと飲み込み、そして締め付ける。もはや生かして捕えるための手加減などそこにはなく、ヤハウェは殺意すら込めてナインを圧迫した。それでも死にはしないと先の――今でも何かの冗談としか思えない――独楽戦法を目にしたことで確信している。ただし手足ぐらいは折れるどころか引き千切れるぐらいの損耗は与えておこうと目論んでいたのだが。



 バガンッッッ!!



 鉄の壁を鉄の拳が殴り飛ばしたような激烈な衝撃音を立てて、ナインが黒樹の檻より生還を果たした。当然の如くその肉体には一切の傷などなく、むしろ全身に纏う白光のオーラはより煌々と輝きを強めてすらいるようだった。


「冗談ではないぞ怪物めが……!」

「てめえが売った喧嘩だろうよ!」


 ヤハウェへ向かって真っ直ぐ飛ぶナイン。その横手から列車を思わせる勢いで黒樹が突っ込み、少女を撥ね飛ばした。かち上げられ宙を舞った少女はそこへ追撃として伸びてくる二本の木に思い切り挟まれ――両の拳で双方を打ち砕く。そして縦回転。優美な動きで空中に孤を描いたナインは、そこから急加速する。ヤハウェの前方へとわざと激しく着地し、局所的な地震を引き起こした。


「「……!」」


 震度では表せない、例えるなら撓ませた下敷きを弾いて上下させるような恐るべき大震動が儀式の間を襲う。

 アリーカは少しも踏ん張れずに倒れ、ヤハウェのほうも倒れこそしなかったもののあまりの揺れにごく一瞬だけ意識が戦闘から、即ち敵から外れた。



 ――その一瞬でナインには十分だった。



「しま――っぐおぉ!!?」


 馬鹿げているとしか思えない素早さで接近してきていたナインが繰り出す右打突。なんてことはない殴打にして必殺の力が込められたそれの回避が間に合わないことを悟ったヤハウェは、けれど驚異的な反応速度を魔力操作で辛うじて腕を受け止められる程度の黒樹の盾を作り出すことに成功し――その盾ごと打ち抜かれて呆気なく吹き飛ばされた。


「がぁっ……?!」


 壁面に叩きつけられる。意識が揺らぐ。詛術の女王を復活させるために集めたエネルギー、そのお零れに預かり常人を遥かに超越した肉体を持つヤハウェであっても耐えかねるほどの力。


 それも魔術どころか他の如何なる術とも違う、ただの圧倒的な腕力によってこの有り様だ。


「ふざけるな……っ」


 痛みにかかずらっている暇などない。内から湧く怒りを原動力として壁面より自分を守るべく黒樹の多層壁を展開する。それと同時に眼前に迫る、小さな影。


「おらぁ!」


 拳が振るわれる。それだけでその軌道上にあった堅牢無比であるはずの防壁は幼い子供が作った不出来なクッキーよりも脆く割れ散った。


 思い返すまでもなく、明らかに先よりもナインのパワーが上がっている。フェゴールを相手に制限された魔力で、それも引き気味に時間を稼ぐように戦っていたのとは違って今のヤハウェは正真正銘の全力で木術を使用している。それも奥義である黒樹まで用いているというのに、それが少女の細腕ひとつでまとめて薙ぎ払われる。



「――だから馬鹿めと言ったのだ……!」



「!?」


 多層壁をなんなく突破したナインは――自身がヤハウェにばかり意識を傾け過ぎていたことに気付く。否、彼女が逸ったのではなく巧妙にそう誘われたのだ。その始末として。


「ぎ、あ……!」

「アリーカさん! ……てめえ、きたねぇ真似をしやがって!」


 全力で己が身を守りながら、しかして如才なく余力を残していたヤハウェは博打に勝った。ナインが防壁を突破し拳を届かせてくるよりも刹那だけ先に、アリーカの足元から生やした黒樹によってその身を捕縛することに成功したのだ。


「ふ、ははは……! 勝負に汚いも糞もあるものか小娘よ! さてどうする? お前は耐えられてもあいつはそうはいかんぞ。黒樹とは質実の伴う強固にして柔軟なる楔だ! 弱ったアリーカなど一溜まりもない、たとえばこうして少し力を加えてやるだけで……」


「あぁっ……!」


 めきり、と体を絞めつけられて肺から息を漏らすアリーカ。その苦しみの声を聞かされてナインは叫ぶ。


「やめねぇか、この陰湿野郎が!」

「やめてほしいか。ならば抵抗するな――大人しく俺の手に捕まれ。無論その前に、貴様が気変わりを起こそうと暴れられんよう十分に痛めつけさせてもらうがな……」

「ち……!」


 明らかに不意打ちを警戒しているヤハウェだ。今仕掛けてもひょっとすれば彼に更なるダメージを与えられる可能性はあるかもしれない――だがそうすればほぼ確実にアリーカは殺されるだろう。



「……、」

 それがわかったナインは、構えを解いた。

 両腕をだらりと垂らし、棒立ちの状態を敵に晒す。



 くく、とヤハウェがそれを見て酷薄に笑った。


「思った通りに、素直でいい子だ。――これで存分に大術式を組めるというもの」


 ぞぞぞぞぞっ! とまるで蠢く蟲の大群を思わせるヤハウェの膨大なる魔力が、儀式の間を満たすように膨れ上がった。



「今こそ! ここに起動せよ、我が力の深奥にして最たる威容――『黒い森ブラックウの巨木人ッドタイタン』」




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