476 メロウvsクータ②
「バ、――カなっ!? いったい何をしやがったんだよ、てめえは!?」
技の名は『大火災』。自分ごと周囲一帯の何もかもを燃やし尽くすまさに劫火を手繰る術――その超火力を確かに敵へぶつけたはずのメロウだったが、しかし。
「アタシの火を……どこへやりやがった!?」
敵は燃えていない。どころか、場のどこにも漏れ火ひとつ見当たらない。
練り上げた火がどこへともなく、完全に消え失せた。
そうとしか言いようのない状況だった。
故に困惑するしかないメロウ……だがしかし、彼女はわかっている。こんな不可解な現場なのだから、その元凶とは即ち今し方この攻撃によって命を落とすはずだった敵の――クータ。赤い髪と細い体躯が特徴的な少女であるとしか考えられないと。
その証拠に。
「――ぷはぁ」
戸惑いを見せるメロウとは対照的に、彼女の表情はとても満足気なものであり。
どことなく好物をたらふく食べ終えたあとのような、『お腹いっぱい』とでも言わんばかりの至福の笑みを浮かべているではないか。
「おいっ! その耳は飾りかてめえ、何をしやがったって聞いてんだよ! さっさと答えろ!」
「? さっきちゃんと言ったよ。お前の炎を、ちょうだいって」
「ちょうだい、だと……? 何を言ってやがる、てめえ! まさかアタシの火をそっくりそのまま横取りしたとでも――」
「うん! 全力で戦わなくちゃ勝てない。けど、全力を出すとすぐにへばっちゃう。だから火力を『借りた』の。メロウの火を利用すれば、クータはもっと長い時間を戦えるでしょ?」
「……! まさかだろ、てめえが言ってんのは――アタシの技を、『大火災』を! 言葉通りに食らうことで自分の物にしやがったってことなのか!?」
「だからそう言ってるじゃん! 炎環の回転で、そっちの火を巻き取ったんだよ。タイミングを合わせるのがすごく難しかったけどね」
「っ、ふざけやがって。巻き取っただぁ? んなメチャクチャがあっていいものかよ……! 返しやがれ、アタシの火を!」
「そうはいかないよーだ!」
激情とともに迫るメロウをクータは跳び上がって躱す。そして空中で炎を噴射し、飛び越しざまの頭上から踵落としを仕掛ける。それに対してメロウが迎撃の姿勢を取った瞬間。
「他火力炎環――『炎武』!」
「!?」
超加速。炎の噴射を調整して踵落としの方向とは逆回転でメロウの眼前にまで落ちてきたクータは、そのまま足刀蹴りを少女の腹部へ突き刺した。「ぐぶっ……!」とこれまでにないほど苦痛に満ちた声を漏らしてメロウが大きく傾ぐ。そこへ、地に降り立ったクータの第二撃。
「がはぁっ!」
アッパーで顎をぶち抜かれてメロウは宙を舞う――が、すぐに体勢を立て直した。痛むは痛む、口から血も零している、けれどもまだ倒れるほどの傷ではないはずだ……まだ?
「こ、このくそったれのガキめ……エンバー様の道具たるアタシを相手に!」
目を瞑っていたって勝てるような実力差があるはずの敵から、浅からぬ傷を受けてしまった。こんなことは到底彼女のプライドが許しはしない――何よりも許せないのは。
「明らかに! 動きがよくなった、モーションも速くなった! ちゃちだった火の勢いまで別人のように増している――それが全部! アタシから奪った火力によるものだってのか!」
「そうだよ!」
「堂々と肯定すんな! てめえ、恥ってもんはねえのか!? 敵の火使いから火を借りて戦うなんざあり得ねえだろうが! 今いったいどういう気分なんだてめえは!」
「ちょー気持ちいいよ? メロウの炎さいこー」
「言い切りやがったこいつ! なんつー厚顔さだよ……!」
メラリ、とメロウの肉体から陽炎が立ち昇る。
それは彼女が熱く熱く、腹の底から沸騰している証拠だ。
「!」
「てめえのようなまともな誇りも持たねえ火使いは! 火炎の化身たるアタシが塵にして成敗してやるよ――燃技二式!」
「他火力炎環――」
「――『熱堕花』ァ!」
「――『爆炎パンチ』!」
片や一輪の花の如くに炎を広げ、片や流星のように噴射の軌跡を描いて。
どちらも猛烈な速度で直進し、燃える拳と拳を打ち付け合った。
ドオウッ! と激突した拳同士の狭間から業火が飛び散る。両者は一歩も引くことなく全霊をその一打に継ぎ込み――。
「ぐぁっ……!」
(なんだと――互角だとっ!? アタシとあんな奴の術が互角だって……!?)
「うぐ……っ!」
(押し勝てない……! あいつの火に、クータの火も合わせているのに?!)
同時に弾かれる。地を擦るように持ち堪え、息を荒げながらも二人は鏡合わせのような姿勢で炎を練り上げた。
「他火力炎環――『熱線』!」
「熱技六式――『溶火解』!」
炎熱の光線と、土から出てきた巨大な溶岩蜥蜴が真っ向から衝突。先ほどより突破力を高めるべく全力を注いだ熱線だったが、メロウの蜥蜴はそれを身に浴びても防ぎ切った。ただし熱線の破壊力によって蜥蜴の侵攻も押しとどめられ、またしても術は互角の威力で相殺されることになる。
「こ、こんなことが……、っ! いい気になるなよ、クータァ!」
「はぁっ、はぁっ……?」
「人様の力で火術を並ばせたところで! アタシには火への完全耐性があるってことを忘れんな! いくらふんだんに強化ができたところで、どのみちてめえがアタシに敵う道理なんてねえのさ!」
「――知ってるよ、そんなこと」
「あぁ!?」
「勝機は、薄い。でもゼロじゃなくなった」
「……!!」
どこまでも堂々と。
どれだけ敵が強かろうと、踊る火の粉とは裏腹にその立ち姿は少しの揺らぎもなく。
クータは真っ直ぐに――己が勝利だけを目指している。
「お前が火そのもので、火の力だけじゃ倒せないなら……この拳と足で、殴り倒す! 元々そのために借りた炎で、思い付いた他火力炎環で、編み出した『炎武』なんだから!」
「……っ、そうかよ。どうあってもアタシに勝つつもりでいるってわけだ。――やってみろよ。どれだけ不利だろうと諦めねえってんなら……殴る蹴るだけがまとまな攻撃手段でアタシに勝てるなんざ、愉快な夢を本気に見ているなら! その愚かな夢想ごと消し炭にしてやろうじゃねえか!」
「それよりも先に、クータがお前を燃やし尽くす!」
「上等だコラ――燃技七式・『焼薙刃』!!」
巨大な炎刀。絶え間なく爆ぜる火がギザ刃のように刃先を瞬かせるそれを、メロウが思い切り振るった。ジュゴゥッ! と断裂と焦熱が同時に引き起こされ振り抜いた線上の地面と壁が深く罅割れる。炎熱への耐性を有すクータなので、普段であればこういった火で象られた武器には滅法強いはずなのだが、先ほど炎槍によって受けた負傷を思えばこの太刀筋を受けるわけにはいかなかった。なのでいち早く飛び退いて回避してみせたクータだったのだが――。
「爆ぜろっ!」
「?!」
まるで花火かのように炎刀が爆発し、猛火を炸裂させた。躱した直後に予想だにしない方法で攻撃を受けたクータは火に押されて体勢を崩して――その隙にメロウは万全必殺の準備を進めているところだった。
「燃技八式――大焦熱!」
八式はメロウ独自の術である燃技の中でも切り札と言えるとっておきの代物だ。
確実に敵を仕留める時にのみ披露される、相手からすれば絶死絶命の奥義。
それこそが。
「――『無雫』」
煌々と空間を照らし尽くす炎。部屋全体がメロウの支配する焦熱地獄と化したその時、クータは轟々と渦巻く熱にその身を焼かれながら――ただ静かに、それを作り上げた。
己の全てを一発の拳に込めるための、推進剤。
ただの噴射では足りない、まったくもって足りていない――故にここで、新しい『扉』を開く決意をする。
敵の持つ自分とは大きく性質の違う、恩讐を解す生き物が如き執念の炎を。
借りて真似てアレンジして、やがて真に自分の物として。
「……できた」
地の底でどこまでも激しく太陽のような熱量を振りまくメロウに対し、クータはそっと構えを取って。
「炎環――『劫炎パンチ』……!」
全てが輝く白々しい空間において、少女はその影ごと消えた。




