475 メロウvsクータ①
「ひーっはっはっは――あぁん?」
メロウは勝ち誇ったようなその高笑いを不意に中断する。彼女の視線の先では、ぐったりと倒れていたはずのクータが膝に手をつきながらもなんとか起き上がろうとしているところだった。
苦しげに……しかし爛々と闘志を輝かせながらこちらを見る、少女の目。
「……んだよ、まだ立つのか? そのまんま寝てりゃあ痛みもなく逝かせてやったっていうのに――ひはは! わざわざ苦しんで死にたがるなんて酔狂な奴だな」
「死ぬ気なんて、クータにはない」
「へえぇ、そうかよ。じゃあてめえはどういうつもりで立ち上がろうってんだ、ん?」
「もちろん……お前に勝つために、だよ!」
気迫と共に燃え盛る。一度は消えた炎を再点火し、全身にその気迫に相応しき業炎を纏うクータ。それを見てメロウはこう言った。
「だぁから酔狂だってんだよ。勝ち目がねえってことくらい、自分でもよーくわかってんだろうが!」
嘲りと共にメロウの肉体もまた幽鬼のように燃える。
陽炎とともに揺蕩い、ゆらゆらと揺らめき、幻想的ながらも圧倒的な熱量を誇る、純なる火の力を彼女は我が身のように自在に操れるのだ。
自分と同じ、しかして質の違う、火術。
既にその脅威を存分に味わっているクータではあるものの、戦意には一寸の陰りもなく。
「炎環――『纏火の舞・瞬巧』!」
「燃技一式――『大火災』!」
纏火の舞による速度向上。勢いを増した炎のジェット噴射で急接近してくるクータを、メロウは溢れんばかりの火を全身から広げて迎え撃った。
「ぐっ……! あぁあああああっ!!」
ジュワッ、とメロウの領域に踏み込んだクータの肉体が燃える。だが、耐える。この程度で足を止めている場合ではないのだ――だから前へ。ひたすらに前へ突進し、己の拳を敵へ届かせる。
「爆炎パンチ――!」
「へっ、んなもん当たりもしねえさ!」
「――連打ぁ!」
「うぉ!?」
突き出された拳へ反応し的確に半身を逸らしたメロウだったが、空振ったそれを見送る間もなく反対の腕が迫ってきていたものだから、慌てて再回避した。しかしそれだけでは終わらない。これまでは一発ずつしか打ってこなかった拳を、細かく肘から炎を噴射させながら連続で放ってくる。しかもその速度は一打ごとに増していくようで――。
「ぐぉ……!?」
素早い身のこなしで躱し続けるメロウをとうとうクータのパンチが捉えた。縁環の火力を費やしたかいがあったというものだろう。纏火の舞をそのまま使うより消費は格段に抑えられてはいるものの、ここまで連続使用すればいかに『瞬巧』であっても消耗は馬鹿にならない。
とはいえ爆発する拳を叩き込めたのだからその消費に見合った成果は得られた――と、言いたいところだったが。
「はあ、はあ……」
「――くっ、くくく……ひははははぁ!」
メロウはまったくの無事であった。多少なりとも殴打のダメージはあるようだとその頬の痕が知らせてはいるが、それ以外。熱や爆発による傷は一切負っていない――そちらこそがクータの『爆炎パンチ』の本命であるにも関わらず、だ。
その秘密は当然、彼女の正体……その出自にあった。
「何度も同じことを繰り返しがって――こっちだって何度も言ってやってんだろう!? アタシは火精霊を元にエンバー様によって生み出された生ける炎の権化だと! そうさ、炎熱への『完全耐性』がこの身に宿っているんだよ……てめえの操る火なんざ温い温い! どんだけの熱を、どんだけの檄を! 必死に吐き散らそうともてめえじゃアタシを倒せやしねえんだっての!」
「……っ!」
ぎり、と歯を噛み締めるクータ。意気込みは薄れずとも彼我の戦力差については彼女もちゃんと理解が及んでいた。
纏火の舞を全開にすれば速度では勝れる。しかし素の身体能力――というより、体の使い方はメロウのほうが上だ。つまり惜しみなく火力を注がないことには格闘戦においても一方を取られてしまいかねない懸念があり、その上でたとえそうしたところでクータの火は僅かにすらもダメージの要因とはなり得ないのが現実。
総評としては――勝機なし。
メロウの言い分こそが正しいときっと誰もが認めるであろうこの状況で……それでもクータはぐっと拳を握った。
「……諦めたり、するもんか」
「あぁ?」
「諦めるわけがない……そんなことしたら、ご主人様もフェゴールも救えなくなるんだ」
「救えなくなる、じゃねえんだよ。救えやしないんだよ最初っからよぉ! あの悪魔もてめえの主人とやらもどうせ助かりっこねえんだ。無事なやつらだけでも大人しく逃げてりゃよかったのにノコノコと戻ってきたもんだから残念、死亡確定だ……わかってんのかおい。てめえのほうこそが誰より救いを求めるべき立場なんだぜ、クータぁ!」
「違う! 今はクータたちが頑張って頑張って、どうやってでも助けるときなんだ! ご主人様も、フェゴールも……お前たちなんかには渡さない! そして! クータたちだって――誰一人だって、こんなところで死んでなんかやるもんかぁ!」
振り撒かれる火の粉。無秩序にバラまかれたように見えてその軌道は収束し敵へと目掛けて飛んでいく――それを鬱陶しげに素手で払ったメロウは、あくまで抗うことを止めるつもりのないクータを目を細めながら眺めて……そしてニヤリと口の端を吊り上げた。
「ひは――だったらいいぜ、最期まで醜く暴れてみせろよ。どんな形の焼死体が出来上がるか楽しみだなぁおい!」
「死ぬのは、お前だ! 熱線!」
「燃技四式――『炎突』!」
クータの口から奔る光線と、メロウの拳から猛射される炎の槍が激突し――微かな一瞬の拮抗の後、槍が光線を打ち破った。
「?! ヅあッ……!」
急いで身を翻したクータだったが肩口に槍が掠る。肉が抉られ、そして焦げ付く。出血が収まるのは幸いだが痛みはただの裂創などとは比べ物にならないほどの激しさであり、そして骨にまで染み込む熱の辛さはもはや筆舌に尽くしがたいものがあった。
「どーだよ、アタシの炎は熱く輝かしいだろう! 完全耐性がなくても力量の差は歴然! そりゃそうだ。一芸程度のてめえの火遊びとは違ってアタシはそのものズバリ、火炎の化身なんだからなぁ。殴り合いならまだそっちにも分はあるかもだぜ? ――だがそれにしたってアタシとてめえじゃ、与えられる傷の深さが段違いだがね!」
「ぐう……っ、」
「ひははははは! ぐうの音も出ねえだろう!」
肩を手で押さえながら唇を噛むクータに、炎髪をかきあげながらメロウは笑って――練り上げる。
「もうどうしようもねえってんなら! 精々往生しとけや雑魚野郎が――燃技一式!」
「……!」
ここだ。
ここしかない。
既に見たその技。全身に猛炎を溢れさせる攻防一体のメロウの術――その過剰なまでの火力は言うまでもなく恐ろしく、されどクータが欲してやまないものでもあった。
同じ火使いながらに敵のほうが何もかも上――そういったシチュエーションはしかし、前にもあったのだ。そしてその時クータはいったいどうやって己が窮地を脱したのであったか。
それはそう、とあることを思い付いたから。
火力が足りない、のならば。
敵の火力を頂戴してしまえばいいのだと。
「――『大火災』!!」
「――他火力炎環」
絶大な自信を体現する無造作な一歩で距離を詰めて術を放つメロウ。それをクータは、両腕を広げて受け入れようとする。少女の顔には今から攻撃を食らうのだとはとても思えぬような、慈愛の女神が如き穏やかな表情があった。
「!? てめえ、いったい――?」
「えへ。クータにちょうだい、お前の炎を……!」
二人の少女を包む業炎が、なお高らかに唸りを上げて燃え盛り――。




