470 三人組と三人組
アリーカの住居から奈落へ向かう最中も、そして奈落へ侵入した後も、クータたちは常に警戒を絶やさなかった。またいつどこから敵に不意を打たれないとも限らない――というよりも確実に何かしらの仕掛けを打ってくるだろうというその読みはしかし、半分だけしか当たらなかった。
確かに敵は姿を見せた。
だが自分たちの常以上の警戒は無駄なものになった、と。
地下通路の先で先刻の再現のように立ち並ぶ三人の少女たちを見たことでジャラザはそれを悟った。
奇襲ではなく、真っ向から堂々と。
明らかに先よりも強い戦意を携えたその出で立ちを目にしながら、クータたちは何を言うでもなく通路を進み。
そして道の先が三又に別れた四つの通路の交点にて足を止め――三人と三人が睨み合う。
一触即発の緊張感を破ったのは、燃える頭髪を持つ少女であった。
「ひはは! よく来たな、アタシらの秘密基地へ! 歓迎するぜ――アタシの名はメロウだ!」
「ゼリでございます。よろしくでございますー」
「どーも、エルツですよ」
敵の名乗り。応じる義理もないが、ナインズもまたそれに応えて名乗りを上げた。
「クータだよ」
「ジャラザだ」
「クレイドールと申します」
「そうかそうか。クータにジャラザ、クレイドール……それがお前たちの名か。アタシらにぶっ殺される獲物の名か! ひははは、改めて歓迎するよ! よくもまあのこのことやって来たもんだとなぁ!」
「わざわざ死にに来たのでございます?」
「まさか、いくらなんでもそんなつもりはないでしょう。本当に仲間を助けられる気でいるんじゃないですか、たぶんですけど」
嘲りの言葉。挑発のつもりかそれとも純粋にクータたちを見下しているのか。彼女らの真意がどちらにあるにせよ、そんな下らないものに構っている暇はナインズにはなかった。
「無駄な問答を重ねるつもりはない。出てきた以上は、戦うのだろうが」
「同感ですね。あなた方との会話に意義を見つけられません。ですので――」
「さっさとやろうよ。お前たちを倒して、その次はヤハウェってやつだ!」
「ひっはははは!」
これは可笑しなことを聞いた、と大笑するメロウ。笑いの止まらない彼女は腹を抑えながら、
「さっきはなんの手応えもなくアタシらに完封されたくせに、本当によくもまあそんな口が利けたもんだな――ひはは! 逆に尊敬できるよ、弱っちいのにどうしてそうも大言が吐けるんだ?!」
「メロウ、なんだかご機嫌なのでございます?」
「ウザいですよね。でもまー、気持ちは分かりますけど。戦う役目が回ってくるのって久々ですし。普段はボスが出向けばそれで終了ですから、今回のように奪われた一人を取り返しに仲間がぞろぞろとやってくるなんてそうそうないことでしょう?」
「よく覚えてねーでございます」
「あ、そうですか。そうでしょうね。頭の中に水しか入ってないというのも困りものですね」
こそこそと背後で話す二人に意識を向けることもなく、メロウの闘気はヒートアップしていく。それに呼応するように、クータもまた戦意を燃え上がらせていた。
高笑いをやめないメロウへと一歩近づき、そしていつもの如くビシッと指を突き付けて。
「あれでクータたちを知った気になっているなら、こーかいするよ! 今度はお前たちが倒される番だ!」
「ひははっ、そうかいそうかい、リベンジマッチがお望みかい? ならいいぜ、人数も丁度同じなんだ。サシの勝負を三つ! それできっぱりと決着をつけようじゃあねえか」
ばっ、と背にある三又の通路を示しながらメロウは言葉を続ける。
「この先はアタシら各人の待機場――まあ、専用の部屋みたいなもんだ。それが用意されていてよぉ。暴れても平気なように造られてるから、戦闘の場としちゃ申し分ないぜ?」
「戦うペア同士の三組にここで別れ、それぞれ別の場所で戦闘を始めるということか」
「その通り! お前らだって通路が壊れちゃ先に進めなくなるんだ、利のある提案だろ?」
「「…………」」
そこでジャラザとクレイドールは無言で互いに視線をやった。二人の意思は言葉にするまでもなく一致していた――それ即ち『この提案は危険すぎる』だ。
(まともに情報もない敵地で戦力を分散させる行為は愚の骨頂だの。ましてや敵の挑発に乗ってするような判断ではなかろうよ)
(彼女らの案内する先が本当に戦闘のための場であるとも限りません。仮にその言葉自体に嘘がなかったとしても罠への誘導であることも考えられる)
(ならばやはりここは――)
(この場で三対三の集団戦へ持ち込むべき――)
「その勝負、乗った!」
「「クータ!?」」
一切悩まずにそれを決めたクータへ、ジャラザとクレイドールは(アイコンタクトでのやり取りから彼女を省いた負い目はありつつも)戸惑いと叱咤の混じった声を出した――が、意外と言っていいのかどうか、この時のクータは確かに悩むことはせずとも決して「考えなし」などではなかったようで。
「これはクータたちにもこーつごーだよ。だってこいつらは強い。強い奴が自分から一対一を申し込んできてるんだ――成長するには、打ってつけだと思わない?」
「! まさかクータ、お主……」
「修行のつもりなのですか? こんな状況で、あなたは自分の経験のために」
いくらか非難の色が浮かぶ仲間からの言葉に、しかしクータは敵だけを見据えて視線も意志も少しも揺らぐことなく。
「きっとヤハウェはこいつらより、もっともっと強いよ」
「「!」」
「こいつらぐらい、こいつらの有利な場所で倒せるようでなくっちゃ助けられないよ。ご主人様もフェゴールも……だから」
ゴッ、と手足から炎を噴き出させながらクータは、炎よりもなお熱き意気込みで啖呵を切る。
「だから受けて立つ! お前たちを倒して、もっと強くなってやる! ご主人様に相応しいペットとして成長してみせる!」
その気迫漲る気勢に対し――メロウは手を叩いて喜んだ。
「ひはは! んだよ、一番アホそうな奴が意外にも一番現実を見てやがったか――そうさそうなのさ、お前の言う通りアタシらを倒したって先にはお弟子様が待ってんだぜ。どのみちてめーらの末路は絶望的ってこったな。そりゃあ、アタシらくらいはあっさりぶっ倒せねえと悪魔のガキも白い小娘も到底救えはしねえだろうなぁ……ひは! つーことで! クータの相手は勿論アタシがやるが、そっちの二人はどうすんだ? 乗る気になったか否か! どうせなら来いよ、もう対戦者はとっくに決まってんだからよぉ!」
「ちっ……よかろう。確かに、そこな娘とは儂も決着をつけたいと思っておったところだ」
「? 決着ならもうついたはずでございます」
「クータの言にも、一理ありますしね。果たして一対一といえどもこれが厳正な戦いになるかはともかくとして……」
「私たちが策に嵌めるとでも疑ってます? まさかそんなはずはありません。だって策なんて用意しなくても勝ててしまえるんですから……あなたたち程度の相手であれば苦もなくね」
メロウの言葉通り、対戦カードは既に決定済み。全員の合意がなった今、後は戦場を移すのみであった――。
「よぉしついてきな! 案内してやるぜ――言うまでもなく、お前たちの墓場へとな!」
◇◇◇
移動した先は部屋とはいえ所詮は洞穴、剥き出しの土が目立った通路とは違ってちゃんとした建造物の体を為してはいたがそれでも非常に殺風景で、そこが地下蔵であるという印象は拭えなかった。けれどそこまで先導した部屋の主は内装の寒々しさをとんと気にしている風でもなく、敵と向き直っては淡々と言葉を紡いだ。
「改めましてエルツです。縁とは異なものですね、クレイドール。あなたと私、『よく似た同士』がこんな辺境の地で殺し合おうというのですから」
「ではやはり、あなたは」
「それを言うならあなたもでしょう? ええ、私は見ての通り『人形』ですとも。エンバー様が自身の配下として生み出した木製ゴーレムの最初の一機が、この私なんですよ」
「ですが聞くところによると、エンバーとは既に故人であるはず」
「エンバー様と呼ぶことですクレイドール。二度目はありませんよ。……ええ確かに、今こそ我が創造主はお隠れになられていますが――復活の時は近い。そのためにあなたのお仲間の命は使われるのですよ」
光栄なことでしょう? と問いかけられてクレイドールは。
「そんなことのためにマスターやフェゴールを犠牲にするわけにはいきませんね」
「そんなこと、ですって?」
「もう一度言って差し上げましょう――エンバーなどという者のために使われていい命は、この世にひとつ足りとてないのです。故に、仲間の救助の傍らでそちらについても阻止させてもらいましょう」
「……! またしても呼び捨てにしましたね。エンバー様は間違ってもお前如きがそんな口を利いていい相手ではない……それが分かっていないなら不敬が過ぎるというものです! 無知とは罪! ええ、重罪ですとも! ならばその罪への罰には極刑こそが相応しい。死刑執行の任を務めるは当然――」
「!」
「このエルツです!」
木の身体を持つ少女の肘から先がグンと膨らみ、そして思い切り振るわれる。
巨大になったその腕が猛然と迫ってくるのに合わせ、クレイドールは素早く地を蹴った。




