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461 弱点

会議云々は1度忘れてナインたちです

 クトコステンから出発したナイン一行は真っ直ぐに首都アルフォディトを目指していた……という表現は少女らの心情としてはこの上なく正しくても、地理的には大間違いだった。


 五大都市と首都は街道で通じており、間に小都市をいくつか挟むことで他都市間より比較的移動が楽になるように整備されているのだが、クトコステンはその立地故に大都市唯一の例外として首都の方角へ伸びる道が存在していなかった。何せ狭間にあるのが自然の脅威が剥き出しとなった未開拓エリアなのだ。大渓谷や険しい山々に阻まれているせいで陸路でのルートが敷かれておらず、故に直通の道程というものがない。徒歩に拘るナインはちょっとした山林程度なら散歩感覚で踏破可能であり、これまでの都市巡りでは実際そうやって街道に頼り切らない道筋を辿ってきてもいたのだが、流石にそもそも歩ける道がないのでは移動のしようがなかった。


 なのでナイン一行は一旦首都を望める方向の反対からクトコステンを出て、ぐるりと迂回路を取ることにしたのだ。都市の北から回り込むように南西を下り、然るべき小都市へ着いたらそこから東に舵を切ってアルフォディトを目指す――というプラン(ジャラザとクレイドールの決定)のもとに移動を開始したナインズ。


 そう進路を決めて都市を出た翌日、道中でお喋りに花を咲かす彼女たち。その内のひとつの話題は、未だに体調が万全ではないというナインの一言から始まった。


「うーむ。無尽蔵とも思える体力を持つ主様が不調のままというのは、些か信じ難いものがあるの」

「言っとくがマジだぜ? なんだろうなぁ、例えるなら二日酔いって感じなのか。その余韻がまだしぶとく残ってる、みたいな。ハッキリとどこが悪いってんじゃあないけど、なんとなく胸やら頭やらが重たいんだよ」


「それってやっぱり、げっこーけんのせい?」

「そう考えるのが自然かと。魔剣で都市全体を斬るという行為はそれだけマスターを消耗させたということでしょう」

「やっぱアレが相当無茶だったか。まず俺に魔剣なんてもんをうまく扱えるとも思えねーしなぁ」


 自分の足元を見るナイン。おそらくは影の中にある月光剣のことを思いながらそう言った彼女に、ジャラザが「うむ」と同意する。


「そもそも主様が気を失うこと自体が異例だからの。これはやはり、自前の魔力を持たない弊害のようなものかもしれん」

「ご主人様が魔力を持っていないことが、何かかんけーあるの?」


「……魔武具には大まかに、それに備わる魔力だけで機能する物と、所持者の魔力を糧とする物のふたつのタイプがあります。月光剣の場合は後者ですね。では、マスターは魔力を有していないにも関わらず、いかにして月光剣を使ったのか」


「そう、ただぶんぶんと単なる武器代わりに振るうだけならばまだしも、空を覆うほどに巨大化した月光剣。あのような使い方をしては並の戦士だと即時に干乾びて死ぬぞ。ちょっとやそっとの保有量では魔力がまるで足りずに命を落とす――だというのに、欠片さえも魔力を持っていない主様が気絶と僅かな不調で済んでいるその理由は、それこそ『主様だから』としか言いようがなかろうな」


「そうなんだー」

 ほへー、と話を理解しているのかいないのか、クータが口を開けたままでジャラザに相槌を打つ。そこに待ったをかけたのは話題の中心であるナインだ。


「おいおい、お前ら忘れちまってるのか? 確かに俺自身に魔力なんてもんはないが、この腹の中には『聖冠』が眠ってるんだぜ? こいつには元々『無限の魔力』っていうすげー力が宿っているんだ。俺が空を飛べたり障壁モドキを使えたりするのも、全部こいつの魔力のおかげだ」


 つまりナインが言いたいことは、月光剣を使用するための魔力消費もまた聖冠が肩代わりしてくれたのだという主張だろう。一聞正しくも聞こえるナインの言葉に、しかしジャラザは懐疑的だった。


「忘れる訳がなかろう。ただ聞くが主様よ」

「なんだ?」

「お主、聖冠を使いこなせている自覚はあるか?」

「……いや。前も言ったが、俺が使っているっていうよりは向こうが勝手にサポートしてくれてるって感じだけど」


 正直に答えた主人にジャラザはさもありなんという顔で頷いた。


「七聖具は使用者が誰であろうと一定の恩恵をもたらす便利な魔道具だ。ただし真に使いこなそうとすれば確かな力量が要る……このことはもはや語るまでもあるまいな?」

「肯定を。皆それは理解できていますから」

「も、もちろんだよ!」

「あれ、クータお前……」


「まあ、とにかく続けさせてもらうが。儂からすれば主様は聖冠の助けを受けてはいても使いこなしているとはとても言えん。それは主様自身の認識とも一致しているのだから間違いないなかろうな。聞けば、使用者への恩恵の一環として魔力の貸し出しや術の補助が行われるというのはリブレライトにおいて証明済みでもあるのだろう?」


「ああ。俺の前の持ち主はそのおかげで魔法使いとして並以上の腕前を手に入れていたし、人間とは思えないようなやべー再生力まで持っていたぜ」


「おおそうだ、他に治癒能力もあったな。要するにそれらの能力が与えられているということは、現在の聖冠の所持者が主様であることを証明しておる。だが裏を返せば、だ。こういった誰にでももたらされる恩恵のみ・・しか主様は使えておらんのだ」


「……!」


 ここまで聞いてナインはようやくジャラザが何を言いたいのかを悟った。一見すると魔力が必要な行為の全ての代替係として甲斐甲斐しく世話を焼いているような印象を受ける聖冠であるが、実際のところその機能も万全に働いているとはまったくもって言い難く――。



「月光剣を使うにあたって、聖冠は力を発揮してはくれない……? それが俺の倒れちまった原因だっていうのか?」

「確かに理論上は無限に魔力を放出する聖冠ですので、仮に月光剣の消費魔力が個人の総量を容易く上回るほどであったとしても聖冠の所持者であればノーリスクで使用できるはず……」

「えっと……?」



 三者三様のリアクションを見せる仲間たちに、ジャラザは「あくまで憶測ではあるが」と前置きしたうえで持論を語った。


「マジックアイテムの力で別のマジックアイテムを起動させる、というのはかなり高等なテクニックだ。低ランクの品であればともかく主様が持つはどちらも高ランクの稀少品。腹からの魔力で服にかけられた自動修繕の魔法を発動させる程度ならなんの問題もなかろうが、今の主様では聖冠の力で月光剣を振るうには魔法的技量がまるで足りていない、ということではなかろうかの」


 なるほど、とそれを聞いてナインは顎に手を当てる。


「つまりは完全に俺の技量不足ってか……まあ、辻褄は合うな。服はカマルとの戦闘中、特に支障なく常に修繕が働いていた。なのに月光剣のフルパワーでぶっ倒れたわけだしな」


「一度に消費される魔力量の多寡による差とも考えられはしますが」

「その場合も結局は一緒じゃないか? どっちにしろ俺が聖冠も月光剣も使いこなせちゃいないってことだ」

「この仮定が正しいとすれば、使える魔力もなしに月光剣をああいう風に運用できたことは常識外れにも程があるが……まあこれは今更かの」


「???」


 約一名、何が問題なのかよくわかっていないメンバーがいるがジャラザはそれに構わず続ける。


「纏めよう。ここから得られる結論は三つ。『聖冠の恩恵は万能ではない』。『月光剣の扱いには注意が必要』。『浮き彫りとなった主様の弱点』……何か質問はあるか?」


「ひとつめとふたつめはまあいいとして……」

「マスターの弱点、というのは何を指しているのでしょうか」

「そうだよ、ご主人様に弱点なんてないよ。強点しかないよ」

「強点ってなんだ」



「ごほん! えー、主様の弱点。お主らもクータ以外は勘付いておろうが、主様は決して無敵ではないということよ。その飛び抜けた肉体の頑丈さにうっかりすると失念してしまいそうになるが、主様とて傷付かないわけではなく。更に言えば物理的、魔法的な『破壊力』には強くともそれ以外には比較的――あくまで主様の耐性の中での相対評価だが――脆くもある。儂程度の操る毒が効いたこと。自らの魔武具によって限界を迎えたこと。湖や遺跡に閉じ込められたこともあったな。要約すれば主様は真っ向勝負に滅法強く、しかしそうでない場合には意外なほどの弱さを見せもする」



「「…………」」

「むー……、」

 

 ナインとクレイドールが押し黙って考え込む。ジャラザの「結論」に反論したがっている様子なのはクータだけだが、彼女も本当は分かっているのだ。


 ジャラザの言うことは、きっと正しいと。


 ぽん、とふくれっ面をしているクータの頭の上に手を置きながらナインが口を開く。


「まったくその通りだな。まともに敵とぶつかり合えねえ事態に俺ができることは殆どない。イクアの奴と相対しながら実質何もできなかったのがその何よりの証拠だ。……クトコステンでのことはいい教訓になったぜ。いや、前々から知ってはいたがより実感として学べたってところか。腕っぷしだけが強いからって、なんでもできるわけじゃねえってことをさ」


「ふむ、そうだの。だからこそ主様は腕力以外の強さも追いかけているのだからな」

「ははっ、よく理解してくれてんのな」


 と、議論も一応の幕を下ろしたところで。



「――うん?」



 人の足でも移動できる範囲で北へ歩を進め、あらかじめ決めていたポイントから南西に下り始めてしばらく。そこでふとナインは何かに気付いた様子で足を止め、進行方向右手をじっと食い入るように見つめだした。


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