455 クトコステンとの別れ
二人はしばらくどちらも無言でただ往来を眺めていたが、やがてナインのほうから口を開き、横にいる猫人少女へぽつりと言った。
「応援してるよ。お前がタワーズで何をしたいと思っているのか、何をしていきたいと思っているのか、なんとなくだけど俺にもわかるからさ」
「…………」
「どうせなら隊長になっちまえよ。やるならとことんだ。まあ、これからはちゃんと休むってのがまず前提だけどな。今までお前さんがどんな無茶をしてきたか、ジーナさんから色々と聞いたぜ?」
「――にゃはは、ありがとうナイン。忠告はきちんと受け入れるよ……。でも私は正直、少し申し訳ない気持ちでいるんだにゃ」
「申し訳ない気持ち? ってまさかお前、ジエロに勝っちゃうのが『申し訳ねーわー』的なことが言いたいのか?」
「そんな嫌味なことは言わないにゃ!?」
両方との戦闘経験があるナインだからこそ思い至った可能性を頭をぶんぶん振って否定したカマルは、「そうじゃなくって」と話を続けた。
「私がタワーズに入ってもいいものかと、悩んだんだにゃ」
「……!」
「だって私は自分のためだけに人助けをしてきたんだよ。ただ純粋に街を想って結成されて、そして多くの獣人が集まって出来たのがタワーズにゃ? 皆と私は、スタートの仕方が全然違う。自分の動機がちょっとよこしま過ぎて、メンバーに入れてもらうのが申し訳なくなったにゃ。ましてや【雷撃】だからって【氷姫】の対抗馬みたいに持ち上げられて、勝てば隊長、敗けても二番隊隊長になることが決まってるなんて……ね。街が大変な中で勝手に暴れていた私なんかが、本当にそんな立場になっていいのかにゃあ、と」
「お前、それは――」
「ってジーナに相談したら、おもっきしゲンコツ食らったにゃ!」
咄嗟にカマルへ励ましの言葉を送ろうとしたナインが、それを聞いてずっこける。
「どしたにゃナイン」
「い、いやなんでもねえ……ジーナさんに叱られたか、そうか。ってことはお前さん、もう一人で抱え込むことはやめたんだな」
「うん! ナインに言われたこと、ジーナに言われたこと、私なりにもう一度ちゃんと考えてみたにゃ。これまでの自分が間違ってたことを認めるには……やっぱり、ナインみたいに仲間に助けてもらわないと難しそうだって思ったから。だから、これからは自分だけで溜め込んだりしないで、悩みでもなんでも思ったことはジーナに打ち明けることにしたにゃ!」
にっ! といい笑顔を向けてくるカマルに、ナインもふわりと微笑みを返す。
「そりゃいいや。じゃあタワーズ入りのこともとっくに悩んじゃいないってことか?」
「まだやっぱり後ろめたさみたいなものは、この胸に残ってるにゃ。でもジーナが『遠慮するくらいなら人の輪に入って市民と、ついでに私のことを助けろ』だなんて言うから……にゃはは、悩んでる暇もないにゃ」
「ははっ! まーそうだな。こっからのクトコステンは大わらわになるだろうし、そんな状態でお前を持て余しとく理由なんてないわな。局員のジーナさんからすれば特にだ」
「にゃふふん、つまりジーナは私に泣きついてきているも同然にゃ? ――しょーがないから、不甲斐ない姉に代わってしばらくは私たちが街の治安維持を引き受けるにゃん」
「おいおい。あんまし調子乗ってっとまたゲンコツされるぞ」
というナインの言葉にイヤな予感でも覚えたのか緊張を感じさせる面持ちで辺りをきょろきょろと見渡すカマル。「ふう……」どうやら周囲にジーナはいないと確認できたようで、彼女は見るからにホッとした顔付きになって胸を撫で下ろした。
「もう、あんまし脅かさないでほしいにゃ」
「別にそんなつもりはなかったんだけどな」
「つもりがあろうとなかろうと、今のジーナは殊更姉ぶってくるんだからとっても危険にゃ。それをわかってほしいにゃ」
「いや分かるかいそんなの。つーかだいたい、その原因はお前さんがなぁ……」
「それを言うならナインだって――」
そうやって軽い調子の掛け合いがしばし交わされる。不思議と旧知の仲のように違和感なく話せる二人だったが、ふと会話の中で意図しない間が生まれた。そこでカマルは少し、その声音を静かなものに変えてこう言った。
「――もう、行くのにゃ?」
「……ああ。もうちょいクトコステンの行く末を見たかったところではあるが、首都のほうに少し用事があってな。余裕を持ってそろそろ街を出ようと思ってるところだ」
できればお前とジエロの決闘も見物したいではあったな、と笑うナインにカマルは、
「やっぱりそうだった。『ナインズ』の子たちが旅立ちの準備をしてるって、一部の間で話題になってたにゃ」
「え、そうなのか?」
「うん。だから私も、昨日ジーナからナインと会うって話を聞いてここで待ってたんだにゃ。最後に、ちゃんとお礼が言いたくって」
「礼ってお前……俺は単にぶん殴られて、ぶん殴っただけで、他には何もしちゃいないぞ」
「だからぶん殴ってくれたことへのお礼参りだにゃ」
「それじゃやり返そうとしてるってことじゃねえか」
「にゃは、勿論そんな訳はないにゃ。私は正真正銘、心からの感謝の気持ちを伝えにきたんだよ」
ととっ、とナインの正面へ軽やかに移動したカマルが、ぺこりと勢いよく頭を下げる。相手よりも低い位置に頭部を置くその行為の意味合いは、只人だろうと獣人種だろうと価値観に大した違いなどなく。
「私のことを止めてくれて――間違いに気付かせてくれて、ありがとうにゃ。あのナインの厳しさと、優しさがなかったら、今頃私は第一種の危険生物にでも指定されて討伐対象になってたにゃ」
「やけに具体的な想定だな……」
「だってきっとそうだにゃ。国が差し向ける討伐隊と殺し合いをしてたはず……死ぬまでずっとにゃ。そうならなかったのはナインがこの街にいて、そして私を止めるために戦ってくれたからにゃ。本当に、ありがとうございました。たくさん傷付けてしまって……ごめんなさい!」
「……ん」
あまりにも真っ直ぐな感謝と謝罪を前に、なんだかナインのほうが照れ臭くなってしまい、それを隠すように頬を掻きながら鷹揚に頷く。
「わかった、その気持ちは受け取っとくよ。感謝も謝罪もたしかに貰い受けた」
「にゃは、それはよかったにゃ――それから。私のほうこそナインを応援してるにゃ」
「お前が俺を?」
「そうだにゃ。ナインがこの先、ナインの目指す強さを手に入れられるように――その先にあるものが、ちゃんと見つかるようにって。私、応援するにゃ!」
「――へへ、そいつぁありがたいね。んじゃあ、それに応えられるように頑張るからさ。お前も頑張ってくれよな、カマル」
「もっちろんだにゃ!」
そこで少女らはどちらからともなく手を上げて、ハイタッチをした。ジーナの握手とは違ってなんだか変に気安い感じだが、カマルとはこのほうがしっくりくるナインだった。
そして一方はホテル『ファンファン』へ、もう一方は『タワーズ』の本拠地へと戻る――各々の行くべき道へ進もうという、その別れ際で。
「そういえばカマル、なんか口調が変わってんな。戦ってる間はそんなに『にゃ』を言ってなかっただろ?」
「……そこはできればスルーしてほしかったにゃ。これでも前より抑え目なんだから」
「抑え目ってなんだよ……?」
「これを機にもうやめようと思ったけど、キャラ作りのつもりがなんだか本当に癖になっちゃったみたいで……にゃん♪」
「にゃんじゃないが」
◇◇◇
「そら、もう出発時刻だぞ皆の衆。これ以上遅れると明日までの宿泊代まで支払わねばならなくなる」
「そうは言ってもなあジャラザ。実質十日宿泊のところを二日分の代金だけで済ませてるんだから、もう一泊の代くらいなら余分に払ってもいい……つーか払わないとバチが当たりそうな気までするんだが」
「そんな心付けを捻出できるだけの余裕がマスターの懐におありですか?」
「う、いつでもチクッと刺してくれるなクレイドールは……やっぱ早く出るべきだな。どうだクータ、もう荷物は纏まったか?」
「ちょっと待ってねご主人様、これで最後の一押しだから……」
「痛い痛い痛い! ちょ、ボク挟まってるから! なんでボクが影に入るタイミングで荷物まで押し込んでくるかな!?」
「しゃーねぇ、俺も手伝うから一緒に押そうぜ」
「死ぬわ! ナインがやったらマジで死ぬ! 押そうぜが『襲うぜ』に聞こえたよボク! というかこんだけ騒いでるのに一旦荷物を引っ込めないのホントなんなの? 君たち鬼畜なの?!」
「ふむ……これはもうしばしかかりそうだの」
「先に受付へ向かい、会計だけでも今のうちに済ませておくことを推奨いたします」
「うむ、そうするか。では儂らは下へ降りておるぞ主様よ」
「おう、頼んだわ」
「いや助けろー!? しれっと出ていこうとしないでよ! ――わかった謝る、君たちの私物をこっそりくすねてたのは謝りますから! だからどうかこの哀れな悪魔めを助けてくださいお願いします!」
「……ま、反省してるみたいだしこれくらいで勘弁してやるかね。おいクータ、もういいぞ」
「ぎゅーっ! ぎゅーっ!」
「あ、聞こえてねーやこれ」
「くっ、苦しっ、これマジで死――あふん」
「やっべえストップストップ! フェゴールが本気で落ちちまった! ちょいクータ、ヤバいって! ストーップ!」
……そんな騒がしい朝がクトコステン滞在最後の日となった『ナインズ』であった。
というわけで5章終了です。ハイ、長すぎましたね。後半になるにつれカットも増やして巻いた部分も多いんですがそれでもヤベー長さになってしまった……読みにくくってどうもすいやせん。
その反省ということではないんですが第一部(?)の最終章的な位置付けの6章は過去最短クラスのお話になる予定です、どうぞおつきあいのほどをよろしくおなしゃす。
まずは前段階の間章を次話から始めますので、続きが気になったならばブックマークなどしてくれたら嬉しいです。よろりんご。




