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454 変わる人たちと

 結局のところ、ナインの予想に反してジーナは恨み節のひとつも漏らすことはなかった。治安維持局からすればこちらの頭を踏みつけた上で省が一から十まで物事を押し進めているも同然で、しかもジーナは一局員としてだけでなく、彼女にとっての親友である猫人カマルが危うくイクア・マイネスの手で人とは呼べない何かにさせられてしまうところでもあったのだ。その事実自体は知りながらもしかし、何かができるわけではない――させてもらえない。真相の隠蔽が決定された以上、イクアという邪悪の存在を公表して住民たちへ注意を促すことさえも、彼女たちには許されていない。


 都市運営の方針に大幅な変更が加えられたことと合わせてジーナは「辟易している」と口にしたが、本来ならそんな一言では収まらないほどの負の感情があってしかるべきだろう……と、ナインですらもそう思うのだ。自分が治安維持局とは対極的に、殊更功績を大々的に取り沙汰されている立場だという負い目を抜きにしたってこの扱いはあんまりであると。


「一周回って、というものでしょうかね。吸血鬼や七聖具についても捜索打ち切りで流されてしまったことや、情報を提供くださった冒険者の方々とすらも直接コンタクトが取れなかったことは流石に腹立たしく思いましたが……。ルナリエという方のほうが省よりよほど有益な情報をくれましたよ。それがなかったら省は私たち局にすらも真相を明かすことはなかったかもしれませんね。ふっ、なんとなくわかるでしょう? ここまでくると、もはや真面目に怒るのも馬鹿馬鹿しく思えてくる」


 微妙な顔になるナインに、ジーナは「笑い話です」と言った。


「これでも他所の人がいない時には、局員同士で相当に愚痴り合っていますよ。それぐらいしかできない、ということでもありますが、けれど街のためになるのなら私たちはいくらでも悔しい思いをしましょう。どんなに力を尽くしても治安悪化の一途だったクトコステンがようやく生まれ変わろうとしているんです。情けない話ですが、それには省の協力がどうしても必要になる。彼らの介入を拒み、都市住民だけで事を成そうともそれは絶対に叶わないだろう……と、只人一人に交流儀を利用されてしまったことでそう確信しました。それだって本当は、とうに分かっていたことではあるんですがね」


「派閥間の確執というものは、なくなりそうですか」


「どうでしょう。期間にして二百年以上も続いた不和が昨日今日で消えてなくなるとは、とても思えません。しかしある意味で改革派の望む都市革命は成った。国からの独立が第一の目的だった彼らにとっては些か不本意な形ではあるのでしょうが、そういう主張をする主要層は大半が死ぬか大怪我を負っていますから、今は不満を言うことすらもできない。改革派が勢いを弱めたことで保守派も自然とそれに倣うことになる……そもそも保守とはいえクトコステンを変えたいという意思は彼らも同じでしたから。そこに過激な手段を用いることを是とするか否とするか、そしてどれだけ成果を得ることを急ぐか。派閥の差なんてその程度のものでしかなかったんです――目指す先はみんな一緒だったんですよ」


「…………」


「局長は今頃、施工官や新任都市長を恭しく接待しながら今後の都市計画について話を詰めているでしょう。何も知らぬ市民が見ればその姿は覇気に欠け、ともすればみっともないようにも映るかもしれません。ですが、得てして私たち局員のすべきはそういうことなのです。市民相手にも、省が相手にも。強く出られるとしたらそれこそ明確に罪を犯した者に対してだけですよ。それでも多くの人々は権力を笠に着ているとして維持局をひどく嫌うのですから、辛いものがありますね」


「知れば知るほど気が重くなりますね……とても俺なんかには務まりそうもない仕事だ。俺はもう、ジーナさんの話を聞くだけでなんともやるせない気持ちですよ」


「ふふ。私だって菩薩のような心で日々を過ごしているわけではありませんからね……そうやって理解してもらえるだけで随分救われるというものです」


「ジーナさん……、」

「ご安心を、私なら大丈夫です。まだまだ都市は不安定のままで、まったく新しいまだ見ぬ明日を迎えようとしている。そんな時に局員たる私が奮闘しないでどうしますか」


 ジーナの力強い宣言を最後に二人は別れることとなった。本署を出る際にもう一度握手をして、これからの互いの健闘を祈り合う。


「どうかご壮健であられますよう、ナイン殿」


「ジーナさんもな。もしもまたイクアの奴が街に現れたら、俺にも知らせをくれ。いつでも力を貸すよ。そして今度こそ奴をとっ捕まえてみせる」


「ええ、何せやらかした事が事ですからね。街が変わる契機になったとはいえその残虐な行いは到底看過されていいものではない。既に国外にまで逃亡している可能性が高いというのが省の見解でしたが、彼女に関しては最大限に留意しておきましょう」


 そのほうがいいだろうとナインは頷き、それから局を後にして――。



◇◇◇



 治安維持局から真っ直ぐ進み、通りを曲がったところでナインはふと足を止めた。それは何を眺めるともなく歩いていた少女の目に、とある顔見知りの人物が映ったからだ。まるで待ち構えていたかのように目の前に立つ彼女へナインは驚いた顔を向けた。


「カマルか!? お前、どうしてこんなところに?」


「にゃはは。ジーナからナインが会いに来るって聞いて、私もここで待ってたにゃ。ちょっとだけ話がしたくって」


「そうだったのか。にしても怪我の具合はどうなってんだ? 出歩くにはちと早いんじゃないのか」


「まだ体のあちこちが痛むけど、動けないほどじゃないよ。獣人なんだからこれくらいじゃへこたれないにゃ!」


「かぁーっ、まったく獣人ってのは……。俺だってまだ頭が重い感じがするってのに、ほんと大したもんだ」

「いや、あれだけボロボロになってたのに頭が重いだけで済んでるほうがよっぽどだにゃ」


「ん、そうか……? そう言われるとそうかもしれんな、はは」

「そうにきまってるにゃ。にゃっはは」


 壁に背を預けてカマルとナインは肩を並べた。通りを行き交う人々は皆忙しそうで、中には有名人である【雷撃】と武闘王の存在に気が付く者もいたが、彼らは一様に視線だけを投げかけて立ち止まることはしなかった。忙しない都市の気配を目の前にしてナインは薄く息を吐いた。


「どうにも大変そうだな……街が変わるってのは」


「そりゃそうだにゃ。何もかもが未体験なんだから、今は慌てて当然。特にクトコステンを実質支配していたふたつの会がどっちもなくなっちゃったことは影響がとびきり大きいにゃ。当然と言えば当然だけど、派閥に深く食い込んでいた獣人ほど生活の仕方を変えなくっちゃならない。経済の話でもあるから中庸層にだって決して無関係じゃないにゃ」


「つまりは結局、獣人どころか残り二割弱の他種族たちだって否応なく変化に付き合わされるってわけだ」

「そうなる、にゃ。まあ……新しい時代の流れってやつだからそれも仕方ないことだと思うにゃ」


「ふうん……。ところでカマルは、これからどうすんだ?」


「にゃは、私? 私は――勧誘を受けて、正式に『タワーズ』へ加入することになったにゃ」


「えっと……タワーズって、あの対過激派組織だとかいう?」


「そのタワーズだにゃ。ただしこれからは影から維持局に協力する民間自治組織として、都市の今後に合わせてその在り方を様変わりさせるつもりだって、リーダーの豹人のお姉さん――ナトナティがそう言ってたにゃ。前からそういった側面もあるにはあったけれど、市政会の指示に従っていたのがこれからは完全自律型の新体制になるんだって」


「はーん、わかったよ。派閥同士での諍いが減ったとしても、現状の治安維持局は交流儀前よりも多忙になっているくらいだから、本来の業務へ余計に手が回り切らない。他都市との交流再開で新しいトラブルも出てくるのは目に見えている……んで、そこをタワーズがカバーしようってんだな。だからお前っていう新しい戦力も組み込んだわけだ」


「にゃっはは、大正解。ナトナティもほぼおんなじことを説明してたにゃ」


 なるほどね、とナインは納得する。以前までは命を削るような無茶な人助けばかりを日夜問わず続けていたカマルなので、彼女がこれからどんなことをして何を目指そうとするのか。それが気がかりだった少女はこの話を聞いてようやく安心した。


 どうやら自分が心配する必要はどこにもないようだと知ることができたのだ。


 安堵を覚えるナインの横でふとカマルが思い出したように、


「そうだ。十日後に私、ジエロと戦うことになったにゃ」

「……はい? ジエロって、【氷姫】のジエロ・ジエット?」

「そう、牛人のジエロにゃ。確かナインも一戦交えたって聞いたにゃ?」


「ああ、それは本当だけども……いや、なんでお前があの人と戦うんだよ。お互いもうタワーズの一員だろ? やり合う必要がどこにある」


「一員だから、にゃ。どっちが実働部隊の隊長に相応しいか一対一の決闘で決めるんだにゃ」


 決闘で物事を決める。如何にも獣人の好みそうなことだとは思いつつも、ナインはどうにも釈然としない。


「決闘ってさぁ……隊長なんだから強さはそりゃ重要だろうけど、そんなんで決めていいのか? 単純な戦闘力以外にも大切な要素はたくさんあんだろ」

「でも隊員たちは皆、大賛成してたにゃ? 賭けなんかも始まってるにゃ」

「えぇ……マジでこれだから獣人ってのはよ」

「にゃはは、只人からすると信じられないかにゃ?」


「……いや、実を言うとそんなこたねー。俺としちゃあちょっとだけわかる気もするんだよな。強さってのにはやっぱり、どうしたって憧れるもんだからさ」

「ふーん……。武闘王でもそういうことを言うんだもんにゃあ」

「……なんだよ?」

「べつに何でもないにゃー」


 ふふん、と何を思ってか楽しげに笑うカマルに。

 ふん、とナインも笑いながら鼻を鳴らした。


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