452 施工官レディーマンとお話をしましょう・下
被害を利用し、事後処理における印象操作で自分たちにとって限りなく都合のいい方向へと都市の情勢を誘導していく。ナインからすれば眉を顰めたくなる万理平定省のそんな手法や政策理念が、しかしナインにもまた恩恵を与えているのだとレディーマンは言う。
ナインはまるで侮辱を受けたような気分だった。故に、剣呑な口調になるのを我慢しきれない。
「そりゃいったい、どういうことだよレディーマン。俺は色々と事件に巻き込まれてはきたが、その最中に省の世話になんてなった覚えはないぞ」
「おっほほほほ、お惚けになられても過去はなかったことになりませんよナイン様。あたくしはこの出向に際して執行官であらせられますオイニー・ドレチド氏からあなた様のことについてもまた共有済み。あたくしに下された使命は都市のケアともうひとつ、ナイン様への伝令――いィえ。出頭命令をお報せするためでござァます」
「出頭、命令だって……!? 待ってくれ、そいつはどういう……」
「あーっと、そう慌てる必要はござァませんですよナイン様。あなたが『聖冠』を不当所持しているという事実のみが鑑みられたのであればそういった内容となってござァましょうが、ですが実際はそうではなく。実質的にこれは協力要請に他なりません。はい。ドレチド氏とナイン様が交わされた契約は現在も変更を加えられることなく遵守されてござァます――なのでナイン様にも努々その通りに行動して頂きたく」
「そんじゃあ……具体的に、俺に何をしろって言うんだ?」
「ですから首都にある万理平定省をお訪ねください、とお伝してござァます。元々、この都市にある『七聖具』回収の任務が済めばそうなさるおつもりだったのでござァましょう? あたくしはナイン様に任務の達成と次なる任務をお伝えしているに過ぎませんよ、はいィ」
「達成って、それじゃあシィスィーたちや、一緒にここへ来ているっていう執行官の人が……」
「あァ、そちらについてもご報告しておきましょう。彼らは残念ながら任務に失敗いたしました。マズい具合に不幸が重なったことで騒動に乗じて『七聖具』を持ち去ることが叶わなかったようでござァますね――当時の状況からして彼らだけでは確実にそうなっていたでしょう。しかしそこをカバーしたのがこちらもドレチド氏でござァます。『聖杖』と『聖槍』に加え着任三名も回収して既に首都へお戻りになられてますねェ」
「えっ? オイニーのやつ、いつの間にか街に来てたのかよ……」
「はいィ。七聖具蒐集官から外されて別の仕事に就いていたようですがどうやら独断で動いたらしく……本来ならこのような行動は当然大問題なのですが、なんとまァ毎度彼女はそういったやり口で成果を上げてらっしゃるとあたくしの耳にも聞こえてござァますよ……おっほほ。執行官はエリート様方ばかりでござァますけれど流石にこれが許されるのなんてドレチド氏くらいなものでござァましょうね。優秀な方と取引が行えたことは実に幸運でしたねェナイン様」
「…………」
「どうでしょう、そろそろおわかりになってござァますか? 『聖冠』を独占するあなた様こそとうの昔に省から手配されていてもおかしくないところ、なんともないのは。ナイン様が七聖具蒐集という現状の省にとって最優先事項に協力的な姿勢を示しているからでござァます。要するにすべては省の――『上座』の方針ありき。それに沿うか沿わないかによって下される決定はガラリと変わると、そういうことなのでござァます。『都合のいいように』などとご批判されるのは、おっほほ、もちろんナイン様のご自由でござァますが……数多の都市、そして国全体を運営するというのは一市民たちの視点に立っていてはできませんので。物事を都合よく運ばせてこその国政であり損害管理局でござァますよ――おっほほ!」
「……なるほどな。色々とよく理解できたところだよ、レディーマン。どっちみち首都には向かうつもりだったし、支障はねえさ」
「それは何よりでござァます。そのお返事が聞けてあたくしのほうこそ一安心といった具合ですねェ、はい」
「ただし、だ」
「ただし、なんでござァましょうか?」
「首都へ向かうのは今すぐってわけにゃいかない。しばらくは俺もクトコステンに残らせてもらうぜ。……損害管理局のすることを見張ろうってんじゃないさ。ただ単に、この事件に関わった一員として街の向かう先ってのを見届けたくてな」
「えェえェ、それがよろしいでしょうね。何せナイン様は『この騒動を解決した英雄』にござァますから。獣人種の方々も大変お喜びになられるのではないでしょうか――おっほほ!」
「……は? なんだって?」
目を点にしたナインにレディーマンは立て板に水のつらつらとした口調のまま、こう告げた。
「数多くの都市で獅子奮迅の活躍をしてきたあなた様はなんと言っても『プロパガンダ』にうってつけにござァますから。直前まで吸血鬼の仲間だなんだと嫌疑をかけられていたこともまた『いい』――獣人たちから嵌められて白い目で見られ仲間から離され追いかけ回され、しかしそれでも都市の住民を救うために惜しみなく力を振るい孤高に戦った偉大なりし英雄として、あなた様は広く知られるのでござァます。はい」
「……! それもクトコステンに対する意識改革の一環ってわけかよ。冗談じゃねえ、恥ずかしながらも俺は流れに右往左往していただけなんだぜ。今回の功労者は間違っても俺なんかじゃねえだろうが」
「それでもあなた様がいたからこそ救われた命というのも多い。聞けば最大の不安事項であった獣人の爆弾化もナイン様が対処なされたとか。ならばそれを大々的に訴えない手はないでしょう――と言いますか。この事実はとっくに都市の内外問わず、新代武闘王の新たなる武勇伝として喧伝されてござァます。省が敷く新政権やクトコステンの維持局にも話は通っておりますので、その点どうかナイン様にもご理解のほどを……おっほほ! 当然撤回などもっての外であることは言うまでもなく」
「っ……あんたらってのは!」
「ですから『とんとん』でござァます。どんな理由があったにせよ国宝でもある七聖具のひとつを体内に取り込むなどという暴挙を行なったナイン様は今、罰とは異なった形式でその罪を問われているのだと。何かしらご不満があるのでしたらせめてそういう風にお考えになられてはいかがかと、あたくしめは進言いたしますが。はい」
「ぐ……、」
「おっほほ、滞りなくご納得いただけたようで。どうぞこの亜人都市にて亜人方に武闘王の威光を存分に目に納めさせ、できるだけのファンサービスにお勤めくださいな。省へ向かうのはそれからでも遅くはござァません――ですが長くとも月を跨がないようにお願いしたく。丁度月替わりでござァますので今日の日付より是非とも一ヵ月以内には首都へご来訪ください」
「――ああ。その『命令』、しっかりと聞き届けたよ」
「それではあたくしめのお話はこれでお終いということで。おっほほほ、長話失礼。どうぞごゆっくりご静養なされてくださいませナイン様。そしてどうかご出立の際には万全の体調であらせられますよう」
「そっちも、精々働き過ぎないようにな」
「おっほほ……えェ、痛み入ります。ご忠告心に留めておきましょう、はい」
軽やかな足取りでレディーマンが部屋を後にし、途端にクータが塩でも撒きそうな勢いでさっさと扉を閉め終える。その間ナインは難しい顔をして窓の外を眺めていた。彼女の脳裏に思い浮かぶのは、先ほどルナリエが去り際に零していった言葉である。
――それを聞いてあなたはどう判断するのか――。
「そういう意味だったのかよ……はぁ」
とかく物事はままならないものだな……と少女のため息。
判断も何も、今の彼女には首都にあるというこの国の中心機関『万理平定省』の本部にて、自分がどういった扱いを受けるのか。
それに対するひたすらの不安と――そして妙にじくじくとした、非常に言語化しがたい嫌な予感ばかりがその胸中を重苦しく埋め尽くしていた。




