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444 本当の強さ

「がっぁっ……!!?」


 雷神と怪物が互いに全力をかけた真っ向勝負――その果てに打ち負けたのは、雷神のほうだった。


 ナインの拳は神の雷に焼かれながらも、それを突き破った。


 絶対の一撃を乗り越えて到達した少女の殴打によってカマルは血を吐きながら宙を舞い――そして急停止。それからナインをギッと睨む。その視線に怪物少女は不服そうだった。


「はぁー、はぁー……こんの、倒れもしやがらねえのか。腹の立つ……!」

「……お前が、そんな言葉を……言うものじゃないぞ!」


 吐き捨てる。カマルの口調にはうんざり・・・・とした感情が滲み出ていた。


 ナインは確かに、満身創痍だ。今では両腕を真っ黒にして、全身から雷熱による煙を上げている。息も荒く見るからに疲労の色が濃い――けれども。


 それでも倒れないし、屈しない。

 その瞳には最初から、己が勝利しか映っていない。


「――くっ、くくっ!」


 もはや笑ってしまう。あまりに異常な、あまりの規格外ぶりに、それと敵対することがいっそ愉快にすら思えてくる。


 今し方食らった拳はかなり痛かった。「痛かった」のだ、雷神と成ったカマルにとっても。


 痛みと、そして――それを上回る大きな喪失感があった。


 体力だとか魔力だとか、そういうハッキリと感じ取れるような力ではなく……何かしら曖昧で大切な、別のものがへし折られたような感覚。


 根幹を揺るがす一撃。


 死にぞこないも同然の身からそんな重すぎる一発が飛び出してくるのだ――ならばもう、こうなればもう、笑うしかないだろう。


「お前と争うことは、実に馬鹿馬鹿しいことだと。そう言わざるを得ないなぁナイン――にゃはは」


 こんな馬鹿げた生物と力比べなどそれこそ馬鹿げている。

 とは、思うけれど。

 自分のほうこそ痛感させられたところではあるけれど……だとしてもカマルは。


 心にある最後のひとつまで折られてしまいたくはないので。


 欲した力へようやく手の届いた今の自分を、根本から否定されてしまっては――もはやどうすればいいのかわからなくなってしまうから。


 だから。


 勝つことにしか目がないナインとは反対に、段々と己が勝利へのヴィジョンが遠ざかっていっているとしても。



 この戦いから逃げようとも、負けを認めようとも、ほんの少し足りとも思いはしなかった。



「ふぅ――……」


 睨みつける目から僅かに険が取れて。カマルは平坦ながらも感情の込められた瞳でじっとナインを見つめて言葉を投げかける。

 それは慮外の力を持つ少女から同じく慮外の力を持つ少女への、純粋な問いかけであった。


「さっきからナインは……私のことを尽く否定するけれど……じゃあ、お前のほうは。いったいなんのために戦っている? 何を理由に戦い続けてきて、何を目指して戦い続けていく?」


「お前と同じさ、カマル。『強くなるために』。ただそれだけを目指して、今までもそしてこれからも、俺は戦うのさ。言うまでもなく、そこには『正しさ』だって必要だ――『正しくない』と感じたことに、立ち向かう意思が不可欠だ」


「にゃは。なるほど、同じだ。結局のところお前も、自分こそが基準なんだな」


「そうだな。ただし俺は独善であるつもりはない……自分に自信なんてものはこれっぽちもねえけど、でも仲間のことは信用してるんでな。俺が馬鹿をしたり、間違えたりすれば、あいつらがそれを正してくれる。だから俺は安心してるよ」


「安心して……好きなように、邁進するわけだ」

「その通り」


 恵まれた奴、と。


 カマルはナインに対してそう思った。


 だがそれもまた……ナインからすれば目を背けていることになるのだろう。


 仲間ならいた――忠告をくれて、身を挺してでも止めようとしてくれていた者が、自分にだって。



 確かにいたはずなのに。



「――だけど私はもう、ただのカマル・アルじゃない」

「!」


「今の私は、私が目指した私。この力は止まらない……だから、感傷よわさは置いていくんだ。切り捨てて進む――強い自分だけで先へ行く」


「何を言いやがるかよ。感傷、大いに結構じゃねえか。優しさだって強さだぜ。強くなけりゃ人に優しくなんてできないからな。ジーナさんには今のお前にだって手を差し伸べるだけの強さがあったんだ。……けれどお前はどうだ? それを捨てた先にある強さが果たして、本当の強さと言えるのか?」


「許せないものを許さない力に、優しさなんていらない。手を差し伸べる強さなんて邪魔でしかない。私だけの頂にそんなものを置く場所は、ない! この強さを否定したいなら! 言葉じゃなく――お前の力でやってみろ!」


 ぐっとしゃがみ込み――跳躍。


 進化したカマル考案の猫人体術『猫っ飛び』――『猫式八艘』。そのうちのひとつ、離れた位置からでも一足飛びで敵へ前蹴りを食らわせる技を披露する。



「『架関橋カカリキ』!」


「――ふん!」



 突き刺すような超速の蹴り――をナインは鉄槌打ちで防ぐ。炭化した拳はびきりと嫌な音を立てたがしかし、少女はそんなものを気にすることなくどこまでも不敵に笑う。


「おうともさ、俺はあくまで――力で論破する!」

「それを論破とは、言わんだろうが!」


 直線に蹴り上げるハイキック。防がれたのとは反対の脚で攻めるカマルだったが、ナインは軒昂の意気とは裏腹に至極冷静な所作でそれを躱す。するりと半身をずらして必要最低限の動きだけで頭部狙いの背足をやり過ごした少女は既に引いていた拳を勢いよく前へ突き出した。


「っらぁ!」

「ぎぅ……!」


 腕を折りたたむことでブロック。防いだ、が、腕越しにもナインの殴打はよくよく響く。雷神の肉体が悲鳴を上げる――だがその程度で怯むような脆弱さなど今のカマルには無縁のものであった。


「そんなものか、ナイン!」

「んだと!?」

「だったらお前の負けだ――『偉雷門・万雷』!」

「いっ、やべぇ!」


 超至近距離から、爆散という表現がぴったりの様相で弾け飛ぶ万の白雷。もはや稲妻というよりも目に見える殺意の塊のようなそれらが少女の細身へと際限なく押し寄せる。


「ぐぁぅ……っ!」

「『偉雷門・派雷バラ』」

「うげ!?」


 雷の津波によって押し流される――のをどうにか耐えきったところで聞こえる、カマルの無慈悲な声。


 圧縮された雷砲が目にも留まらぬ速さでナインを撃ち抜く。それもひとつやふたつではなく何十発という数で繰り返し放たれて。


「がっ、ぐっ、げっ――いいっ加減に、しやがれぇ!!」

「!」



「『上昇超拳破ノック・アップ』!」



 雷砲へ対抗するのではなく、あえてそれとはぶつからないように打ち出された拳圧攻撃。

 自身の真下から襲ってきて衝撃波にカマルは為すすべなく上へ吹っ飛ばされる。


「く……!」

「おぉぉぉおおお!」


 そこへ一瞬で肉迫してくる怪物少女。その握られた拳へ抱く否定しきれない恐怖心――故にこそカマルは正面から肉弾戦へ臨むことを決意した。



「『典景テンケイ』!」



 回転踵落とし。いくらナインの腕力が人間離れしていようとそのリーチはごく短い。元からカマルのほうが上背で勝り、雷神モードとなってからはますます身長に差が生まれてもいる。彼我の差は手足の長さに関しても例外ではなく、格闘とは言ってもその射程においては如実な格差があるのだ。だからこそ、ナインの拳が届く距離になるよりも早くにカマルは一方的に攻撃することができたが――しかし。


「しぃっ!」

「ぬ!?」


 振り落ちてくるカマルの脚へ、ナインは自らも脚を振り上げてぶつける。

 横合いからの力で踵落としは狙いを逸らされ、けれどそれを為したナイン本人は動きを止めず横回転。


「しゃおらぁ!」

「がはっ……!」


 横薙ぎで振るわれた少女の踵がカマルの横腹へ深く刺さる。メキメキぃ! と打たれた箇所から断末魔が如く叫び声が上がる――が、その痛みをカマルは無視した。やはりリーチの差などナインの反応の良さと猫人の目からもハッキリと常軌を逸している身体の使い方を前には、大した有利にもなり得はしないと理解できて。


 理解できた、からには。


 互いに被弾覚悟の泥沼の勝負の中で――確かな勝機を見つけ出すしかあるまい。



「『逢晴アハト』、からの――『倶渡加詫クドカタ』ァ!」



「ガ……っ!」


 錐揉み蹴りからの連続回転縦蹴り。その全てをあえなく食らったナインは血反吐を零し――しかして彼女のほうも与えられた激痛をまるでなかったことのように、


「はっぁあ!」

「ぐふ!」


 カマルの顔へフックを叩き込む。傾いだそこへもう一発打突を送ろうとするが、それよりもカマルの反撃のほうが速かった。


「『河越アマラ』!」

「ぐげっ……、」


 攻めっ気を出し過ぎたナインを咎めるように、その顎を足裏で打ち据える。ぐらりと上半身を揺らがせたナインは――バチリとした電光の高まりを目の端に捉えた。



「『偉雷門』――『神雷リライ』!!」


「――ッ!」



 四度落つる、神の雷。


 絶対なる裁きの雷禍が今度こそ少女を象った怪物を討ち取――ることはなく。


「ぅ、う、お、おぉ、おぉぉぉおぉぉおおおおおっっ!」

「このっ、まだお前は――!?」

「そうさ、まだまだ俺は! こんなもんじゃあねえんだよ!」


 返撃。蹴りのお返しとばかりに顎をぶち抜かれてカマルの視界がぐるんと回る。だがそこで終わりはしない――『神雷リライ』を四度も越えてなおナインの闘志は高まりを見せていく。


 連打する。一撃一撃が絶倒の威力を孕む拳が、百を超え、千を超え、万を超え――もはや数え切れないだけの連拳となってカマルの全身を叩く。


「カッ――――、」

(ま、まだこんなにも……いや! 違う! より強く、より速く! 追い詰められれば追い詰めるられるほど、こいつはより強大になっていく! 私が死出の旅路として得た力を――まるで情けもなく、軽々と、あっさりと上回っていく! なんだこいつは――こうも理不尽なこいつはいったい、なんなんだ!?)



「世の理不尽を、自分の弱さを!」

「がぁっ……?!」

「恨み死んだその果てが、人か否かもわからねえこの身体ナイン!」

「……!」



「だったらせめて真っ直ぐに、悔いもなく! 迷うことなく人も自分も・・・・・救えるようになれたなら――それが一番、誇れる道だ! 力に溺れ、操られるなんざ、そんなのみっともねえってもんだろう!? だからお前は俺に負けるんだぜカマル! 俺と同じで、人助けしなくっちゃ生きていけねえくせして、なのにたった独りで! 勝手に独りよがりになんてなろうとするから!」



「あ、あくまでもお前は……! 私と同じなのに、私だけが間違っていると、そう言うんだな……! そんなにお前は正しく、人を救えてきたのか――救えていけるというのか?! 墜ちず曲がらず、その道を行けるのか!!」


「行ける! 行って――みせてやるよ! この拳で!」


 引いて、引き絞って、引き千切らんばかりに腕に力を込めて――。



「本当の強さの、もっと先へ!」



「…………っ!!」


 全力以上の最後の一撃を、カマルの顔面に打ち付けた。


 それはカマルにとってただの拳ではなく……『敗北』の二字を叩き付けられたに等しいものだった。


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