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443 雷神vs怪物少女

「うぅおおおおおっ!」

「直情的だな、ナインっ!」


 真っ直ぐ突き進み、殴る。ある意味でナインの必殺技ともいえるその単純な戦法は、彼女が持つ破格の肉体スペックが故に一流の戦士であっても容易には対応せしめない言葉通りの必殺・・の技となる――のだがしかし、カマルはそんな単純ながらに強力な突貫攻撃への対処を容易とする一流を超えた超越者。


 するりと躱す。緩やかだが雷速をも上回る彼女の動きは俊敏性と反射神経が合わさり無敵にも思える。彼女を前には並大抵の攻め程度なんてことはなく躱され、技後硬直の隙を晒すという意味では攻めた側がむしろ不利になってしまう攻防の矛盾まで生じるほどだ。


「『猫式八艘』・『精進ジッチ』!」


 拳を打ち込み、けれど空振ったナイン。そこへ両手を使った爪打の連撃を放ったカマル――だが、それが当たろうかというその瞬間、目の前にあったはずのナインの姿が突如としてかき消えてしまった。


 そう、ナインもまた並大抵の器には収まらない超越の戦士――。


「! ……、」


 今のは高速移動ではない――ナインの移動は速いが現在のカマルの動体視力で追えぬ対象などいない。どれだけ素早く動こうと連撃から逃れる動きがなどということが起こり得るはずもなく……ならば即ち、ナインが行ったのは高速移動ではなく――『瞬間移動』。


(転移したか……! やはり意外に技巧者……)


 転移に伴う魔力反応や空間の揺らぎ。前者は使用者の技量で隠蔽の余地もあるが後者はどれだけ技術を洗練させようと完璧に隠しきることはできない。なのでカマルほどに日々戦いにあけくれ実力を伸ばしてきた戦士であれば、対戦者が不意に瞬間移動を実行したとしても『消えるタイミング』と『どこに現れるか』は肉体で――頭でも心でもなく感受キャッチすることができる。


 しかしながらこの肌感覚は言葉で説明するのが難しいほど繊細かつ微細なもので、感情を乱していると確かに存在したはずの転移の前兆を見逃してしまうことも多々ある。実際に先ほどのカマルはそこをナインに突かれたわけだが――それと同じことを今もまた、より意図的に狙われてしまった。決着を急く気持ちが、ただでさえ『真化の種』によって普段より遥かに気が昂っているところに相乗の効果をもたらし、カマルはその常軌を逸した強さとは裏腹に心理的な余裕はほとんどないと言っていい状態にあった。


 だから二度も続けて転移を見逃した。場所は空中、周囲全方三百六十度――今にも現れるナインがどこからどんな攻撃をしてくるか、そんな「読み」はどれだけの視力と反射があろうと不可能だ。


 と、ナインが消えたその刹那にも満たぬごく一瞬で自身の落ち度とそれを的確に利用しようという相手の思惑を理解したカマルは……故に、彼女だからこそ可能となる対応策を取ることにした。


 いや、それはきっと策と呼べるほどに凝った手法でもなければ練った戦法というわけでもなく――、



「『球形放電エレコスフィア』」



 魔力を解放する。

 カマルがやったことは単にそれだけだ。


 全方位への雷属性の魔力の放出。それは術の効力だけを見るなら魔法にもある難度五『オールレンジスタン』とよく似ていると言える。ただしそちらが術式を用いるれっきとしたひとつの術であるのに対して、こちらはと言えばただ己が魔力を体外に放っただけで術でもなんでもない、技術とすらも称せられない代物だ。


 激しく増加し著しく濃度を増し、極みにも達した雷の魔力を有すカマルにしか許されぬ粗雑さと乱暴さ。


 しかしそれでも確かに、彼女は『オールレンジスタン』とは威力も規模も比べ物にならないほどの結果を引き出した。


「うおっ……!?」


 瞬間的にカマルの半径二十メートルほどが隙間無く雷に包まれ、その範囲内にいた――正確にはそこにんだ――ナインがそれを浴び、感電させられたことで死角からの一撃を与える目論見が脆くも崩れ去った。僅かながらにも動作が鈍ればもう、攻めと守りはたちどころに入れ替わり――。


「『偉雷門・万雷』!」


 万に至る白き雷が一点へ襲い掛かる。狙いはたった一人とはいえ降り注ぐ稲妻の数は膨大の一言。余波によって地上にどうしても生じるはずの被害はナインの張った『守護幕ナインヴェール』で事前に防がれているが、彼女が生み出せるヴェールは一度につきひとつ。都市を守るためにナイン自身は生身のままで圧倒的量の雷を受け切らねばならない。


「がぁああああぅっ! くっ……この、バリバリバリバリと! いつまでやってんだ!」

「無論、お前が死ぬまで――『偉雷門』!」

「?!」


 『万雷』を耐え切ったナインの眼前に、もうカマルがいた。驚きながらも咄嗟に蹴りを繰り出したもののまたしても余裕を持って躱され――そしてそのすれ違いざまに、ナインの体へ触れるか触れないかという位置でカマルの手が白灯の如く光って。


「『骨雷カラ』!」

「グッぎ……!」


 自身の肝の内から直に雷撃が飛び出してきたかのような、あの表現しがたい衝撃が再びナインを襲う。バリリィッ! と口から白い雷光を漏らしたナインの苦痛の表情を思えばその痛みが怪物少女にとってもどれほどの苦難であるかは想像に難くない――しかし。


「う――がぁっ!」

「!!」


 後味めいて体に残る雷禍の影響を振り払うように――振り切るように、思い切り拳を振るう。『骨雷カラ』を放ちながらも足を止めていなかったカマルにそれが命中することはなかったが、もしほんの少しでも油断をしていれば雷の一撃と引き換えに彼女もまた重い拳の一撃を貰っていたことだろう。


 未だ巨力が込められていることがありありとわかるナインの強く握りしめられた拳を見て、己が用心がこの上なく正しかったことをカマルは確かに実感し……そしてそれ以上に、ここまでの攻防を顧みたことでいよいよ浮き彫りになったとある事実によってその顔に険相を作り上げた。


(こいつまさか……? いや、もう間違いない。もはや否定はできそうにもない。明らかにナインはさっきまでよりも――『強くなっている』!)


 速度は一貫して速い。腕力も念入りに殴打を避けているところなので比較できる材料はまだない――故に今ここでカマルが抱いている感想とはシンプルに、ナインの耐久性タフさに関してのものだ。


(一度目の『骨雷カラ』や『万雷』にナインはもっと苦しんでいた。なのに今はどうだ? それぞれ二度目は苦しみこそすれど最初ほど呻きもしなければ動きを止めることだってしない――食らった直後ですぐにも喋り、殴り返してきまでするじゃないか! ……慣れた・・・とでも言うのか? 私の雷術にさっきの今で? ――そんなことをも可能にすると言うのか、この怪物ナインは……!)


 倒すべき敵であるナイン。

 自分は神にも届く絶対の英雄だが、彼女もまたそれに比肩し得る絶対的怪物。

 先ほど有効だった一撃が次にはもう凡百の一撃に成り下がるというこの上ないほどの理不尽……。


「……ふ」


 なるほど、強い。


 武闘王にもなるわけだ。


 ナインを打ち負かせる存在などきっといないだろう……自分を除けば、他には誰も。



 ――理不尽の極みとも言えるナインを相手に、されどカマルには己の勝利がきちんと見えていた。



「……まったくもって驚かされる。だがそれも頭打ちだ」

「あぁ?」

「お前の頑丈具合にはほとほと呆れたと言っているんだよ。いや、いっそ真実感心しているのだと打ち明けようか」

「はん、そりゃどーも。だが頭打ちってのはどういうこった?」


「お前を仕留めるにはやはり究極の雷術でなければならないと、悟った。……初撃と二撃目が等しく絶大なダメージを与えた『神雷リライ』であれば――つまりはナイン。如何にお前といえども無事では済まないということだ」


「……!」


「故に、確実に『当てる』。今からの私がすることは単にそれだけだ」


 言葉は淡々と、しかしその身を形成する雷光は白々と。


 ここにきて一層の凄みを見せるカマルに、いよいよ勝負の終わりが近いことをナインもまた認めて――。


「受けて立つ。こっちだって段々『読めて』きたところなんだ――そう簡単にいくと思うなよ」

「……そんなこと、思っちゃいない」

「!」


 静止状態、からの接近。初速からトップスピードを発揮しナインの意識に捉えられるよりも早く間合いへ詰めるカマル。しかしまだ『神雷リライ』は打たない――打てない。意識しなくともナインは動く。少し遅れた程度なら彼女の肉体は易々と追いついてくる。特に決め手にすると宣言した以上は『神雷リライ』は特別警戒されてしまっていることだろう。両手に最大威力の雷撃を纏って放つ一撃は他の偉雷門の術と比べても更に強力だがその分いくらか隙が大きくもある。隙と言ってもほんの多少の差でしかないが、それだけでも十分に致命的なズレとなるのがこの戦い。


 それがわかっていながら、何故カマルは自ら手の内を明かすような真似をしたのか?



 ――それは確実に『神雷リライ』が通せるだけの状況を、自身の手・・・・で生み出すためだ。



「『猫式八艘』」


「!?」


(『神雷リライ』じゃねえだと……!)

(と、思っているのが丸わかりだ――私がそんなに甘いものかよ!)


「――『逢晴アハト』!」


「オウッ……!」


 腹を穿つようなスクリューキック。

 くの字に曲がって吹き飛ぶナインへカマルは一足飛びで追いつき、


「からの――『鳳船ホウセン』だ!」

「ぎぁっ……、」


 雷脚の跳躍での真空跳び膝蹴り。胸部に強かな一撃を食らったナインがめり込むカマルの脚に押しつぶされようとして――いるその時に聞こえたバチバチという不吉な音。


「! てめっ、」

「もう遅い――『偉雷門』!」


 決定打が決定打足り得なくなるナインという敵に、それでも万全に決める・・・ための選択。それは体術と雷術を隙間なく続けて放つことだった。打ち込んだ直後に最大の雷門を発動させるという思い描いた通りの展開に持っていけたカマルは今度こそ決着を予感し猛々しく魔力を漲らせた、――が。


「いいや遅いなんてことはねえさ――こんな近くで! 俺の射程の中でお前が足を止めてくれてるんだからなぁ!」

「!」


 ぐっとナインの腕が引かれる。それで何をするつもりかは考えるともなく明白だ。足蹴にされた無茶な姿勢で、そして二度も自分の身体を焼いた雷を三度みたび食らう覚悟で――それでもナインは己が勝利を微塵も疑うことなく、単純にぶつけるつもりでいる。



 究極の雷術に対し、そのちっぽけな拳のみで打ち勝つつもりでいる。



「……! 力比べ……そして我慢比べか! 痛みを甘んじて受け入れるというのなら、思う存分やってみろ! どうせ拳ごと消し炭になって終いだ――『神雷リライ』!!」


「うおおぉっらあああああぁっ!!」



 カッ!! と。


 振り下ろされるカマルの両手と打ち上げられるナインの拳が激突し、その狭間に強烈な閃光が弾けて――。


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