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44 交戦、百頭ヒュドラ

 噴射される炎が尾を引き、まるで彗星が如く下降するクータ。

 燃え盛る隕石はその接近に気が付いたヒュドラの迎撃行動を許さない速さで、強かに直撃。

 頭の内の一匹に着弾し、業火を広げた。


 ヒュドラの甲高い悲鳴が響く。しかしそれも百頭の中の一頭に過ぎない。残りの推定九十九本は無事なのだ。頭数を減らした敵目掛けて残りの頭が殺到する――がその前にクータは全速力で空を駆け上り、すでに頭上付近から離脱済みだ。攻撃直後の隙を晒すようなことはするな、とナインからの忠告通りに行動しているのだ。


 一撃入れて即座に逃げて、をヒュドラが倒れるまで繰り返す。

 それが彼女たちの編み出した、単純かつ最も効果的と思われる作戦であった。


「やっぱり! ご主人様の言う通り、ヒュドラはクータにおいつけない!」


 フルスロットルで動き続ければ、その牙がクータの身を傷付けることは叶わない。巨体故にどうしても小さくすばしっこい相手を捉えるのは苦手になるはずだ、とナインの立てた予想は正しかったことになる。


「よーし! 残りの頭もぜんぶ燃やす!」


 クータは獰猛さの垣間見える笑みを浮かべながら、次の攻撃準備に入った。




「ほー。あの生意気小娘、けっこうやるじゃない」


 小高い丘の上に一人移動していたユーディアは、開戦の狼煙が派手に上がったのを見ながらそう感想を漏らした。実力は未知数ながらも、言葉遣いや態度の幼さからどうしても強さを低く見積もっていたが、彼女の予想はいい意味で裏切られたことになる。


 まさかクータがここまでやるとは思ってもいなかった。

 それは素直に認めよう。


「一番槍を取られたのは癪だけど……ま、いいわ。譲ってやったと思うことにしましょう」


 彼女がいるのは丘の上……とはいえ、クータのようにヒュドラを見下ろせるような高さにはない。依然として頭部は遥か上、見上げる形になっている。ただしヒュドラの足元であれば、彼女の位置から見下ろせる。


 そこそこの距離と狙いやすい高さ。

 ここくらいならちょうどいいだろう、というのが彼女の判断だった。


 己が必殺の槍を繰り出すのに、ちょうどいい場所。


「あの子が頭を狙うなら、私は足ね。デカブツ相手ならまず足を潰すのがセオリーだもの」


 ユーディアは右腕に魔力を集中させる。途端、どこからともなく現れた一本の槍がその手に握られた。血で作られたかのような真っ赤な槍は見るからに禍々しい気配を放っているが、ユーディアにとってそれは慣れ親しんだものであり、心地良さすら感じる。信頼する武器を一瞥し、強く握りしめ――振りかぶる。


 ぎちぎち、と引き絞られる筋肉。吸血鬼の膂力を惜しみなく発揮し、ユーディアは全力で槍を投擲する。



「――『ブラッディ・グングニル』ッ!」



 どん、と空気の引き裂かれる音が鳴る。

 先のクータをも凌駕する速度で槍は飛び、隔たる距離を瞬く間に貫いた。ヒュドラは上空に気を取られていたこともあって、それが我が身を傷付けるその瞬間までまったく気付くことができなかった。


 六脚の一本に、魔槍が突き刺さった。人間が爪楊枝でつつかれたところで大した痛みにはならないが、しかしそれは爪楊枝ではなく魔力で形成された槍であり、放ったのは人外の腕力を備えた吸血鬼である。当然、ただ「刺さった」だけとは表現しづらい被害が生まれた。


 穴が開いたのだ。

 ヒュドラの巨体に見合っただけの固い皮膚も筋肉も貫いて、槍は和紙を破くようにして容易く引き裂き、ヒュドラの一足、右後ろ脚に甚大なダメージを負わせた。

 頭のひとつを燃やされる以上の苦痛にヒュドラが呻き、下手人を見やると――その小さな存在は何かを投げつけてくるところであった。


 第二投。先ほど穴を開けられた足と隣り合う足に、槍が抉り込まれた。苦悶するヒュドラ。その間にも空からは炎が降ってくる。


 頭をやられ、足をやられ、ヒュドラは怒り、猛る。無数の瞳を憤怒に燃え滾らせて敵を睨みつけるが――。


「あはは、怒ってる怒ってる」


 全速力で飛んでいるクータはそもそもヒュドラの目など見ていない。

 そしてユーディアはと言えば、睨みつけられてむしろ愉快そうに笑っているではないか。


「足を千切れさせるつもりで投げてるのに、あの程度か……ちょっとばかしプライドが傷付いたけれど、ちゃんとダメージにはなってるわね。あれなら順に潰していけばもう歩けまい」


 嗜虐的な笑みを浮かべるユーディアは楽しんでいる。機嫌よく三投目を撃つべく再び魔力で槍を作ろう――としたところで、彼女は奇妙なものを目にした。


 それは今しがた大穴を開けてやったヒュドラの足。その傷口が、震えている? いや――振動というより、脈動している。表皮に異様な盛り上がりが断続して現れては消えていく。

 何をしようとしているのか、とユーディアが疑問に思ったと同時に答えは提示された。


 それは言うなれば水鉄砲のようなものだった。収縮を繰り返す筋肉が一際波打ち、傷穴から漏れ出るヒュドラの体液を噴射したのだ。


「え!?」


 大きな水泡となったヒュドラの血が、槍の軌道を逆向きになぞるように飛来。予想外の事態故に対応の遅れたユーディアは血の球を全身で浴びることになった。


「ぐうっ! こんの!」


 しかし所詮は体液、速さと重さこそあったもののその程度で倒れるユーディアではない。多少押されはしたが踏みとどまり、ヒュドラに強い視線を向ける。思慮外の攻撃方法には戸惑ったが、これくらいならなんて事はない。


 お返しにもっといいものをくれてやる、と意気込んだ彼女を――突如、言いようのない激痛が襲った。


「があっ!? ぐ、くうぅっ!」


 全身に刃を突き立てられるような、体を内側から焼かれるような、頭のてっぺんから足の先まですり潰されるような、耐え難き苦しみ。いくつもの絶命レベルの痛みがほんの一瞬で彼女へ殺到するようにして訪れた。


「げゃ、うくっ、うぎぃい――っ!」


 その場にのた打ち回るユーディアの姿は、その歪んだ形相も相まってとても優雅とはいえないものだ。端的に表すなら、みっともない様に他ならない。普段の彼女ならたとえ誰が見ていなくともこんな姿を晒すことはないだろう。だが、今だけは別だ。恥も外聞もなくなるほど、そんなことを気にしていられないほどの未知の痛みが彼女を襲っているのだ。


(こ、これは――この体験したことのない痛みは! 吸血鬼である私をここまで苦しめるこの現象は――まさかアレなの!?)


 アレとはつまり、『毒』のことだ。


 ユーディアにはヒュドラの知識があった。

 聞きかじりではあるがヒュドラが毒を操るモンスターであると事前に知っていたのだ。

 こうして遠距離からの投擲を攻撃手段として選んだ理由もそれにある。百頭ヒュドラのサイズが大きすぎたこともその一端ではあるけれど、何より無用な被毒を避けるためであった。


 とはいえ、それも念のための用心ぐらいのもので、本当の意味で警戒していたわけではない。

 なぜなら彼女は吸血鬼、生なき生を生きるアンデッドだ。

 元から毒物などに苦しめられる体ではないのだから。


 それでも距離を空けたのは偏にヒュドラの毒が他に類を見ないほど強烈な代物だとも知っていたからだ。自分が毒で動けなくなるようなことは考えられないが、あのヒュドラのものであれば万が一にも動きが鈍くなる、くらいのことはあり得るかもしれない。そう判断したユーディアは彼女にしては珍しいほど慎重を期して安全策を取った。


 万全の備えをしたつもりであったが、しかしこの瞬間、彼女はいかに自分の想定が甘かったかを文字通り痛感することとなった。


「ぐぅあああああーっ!」


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