442 強くそして半端者の
「覚悟?! 覚悟だと――冗談にしてもつまらないな! この私に覚悟しろと!? いったいそれは、なんの覚悟だ死にぞこない!」
「分からねえのか? そんなの『敗ける覚悟』に決まってんだろ」
「ハッ……頭の中身がショートしたとしか思えん、実に下らん戯言だ……! この状況がわかっていないのか? 私が敗北するような要素が、どこにあると!?」
「俺が相手なんだぜ。なあ、カマル」
「それがどうしたって!!」
「俺が勝つから、お前が負ける。議論の余地もねえシンプルな答えだろうがよ!」
「っ……自惚れも大概にしろ。この、痴れ者がぁ!」
ゴロゴロと雷雲がその身に凝縮されているかのような、空を揺るがすまでの不吉な音を体から響かせるカマル。
来る、とナインが予感した瞬間に彼女はもう動き出していた。
「『猫式八艘』――」
「そう何度も……!」
「『日進』!」
「食らってたまるかぁ!」
青雷弾ける、剥き出しの爪ごと敵に叩き付ける掌打。急加速で放たれるそれの電撃をいくらか浴びつつ、しかし腕そのものはギリギリで躱したナイン。
「うおらぁ!」
「ぬぐっ……!」
引き付け、掻い潜ってからの拳。あえて黒炭のようになっている右腕で攻撃を仕掛けるナインの行動にカマルは驚かされたようだった。まず炭化した腕を意思通りに動かせている時点でもあり得ないことなのだが、こんな状態ですらも拳に凄まじい威力が込められていることもまたカマルにとっては衝撃的であった。
だが雷神と化したカマルは先刻以上の肉体強度を得てもいる。それに加えて雷化による物理的な攻撃への疑似耐性や、そして決してないわけではないナイン自身の負ったダメージによる影響もあって、その一撃は勝負を決める一撃には程遠いものにしかならなかったようだ。
「……にゃはは! どれだけ強がろうと体は正直……! キツイものはキツイな、ナイン! とかくその右手はもう私にとっての脅威にはなり得ない。いやなに、誇っていいことだ。まだそれほど動けているだけでも十分にお前も超越者だ!」
「ただし自分のほうが上だが、と言いてぇんだろう」
「よくわかっているじゃないか」
「お前はなんにもわかっちゃいないがな!」
跳ぶ。空間を蹴りつけるような所作でナインが彼我の距離を征服する。シンプルな打突のモーションを読んだカマルは繰り出される左拳へ余裕を持って、けれど実際は神速の速さで回避へ入る――ところが。
「!? がはっ!」
ぐるりとナインが回る。確かに左で殴る動きをしていたのに、回転の勢いで強引に反対へ重心を持っていった。そこから伸びてくるのは――またしても右拳。炭化したもはや武器にはならないはずのそれを、ナインはもう一度カマルへぶつけた。
「どうだこの野郎!」
「ぐ、……っ」
(更に、重いだと……! 道理で言えば使えば使うほど弱るはずだというのに、むしろ逆に! 傷付いた腕が力強さを増していくとでも言うのか……!? そんな馬鹿なことが――)
できるはずがない、と思う。
けれどできるかもしれない、とも思う。
そう、この少女なら。
絶対へと至った自分の最初の『敵』に相応しきこの怪物なら、そんな芸当も可能とするかもしれない。
「面白い……! 確かに詰めの段階にはまだ早かったようだな。未だ死闘か! ――ならばこちらも油断なく、お前という怪物を全力で狩らせてもらおう!」
「……!」
目に見えて負傷を与えたことで勝負は決したも同然だと、ナインをもはや死に行く者として見て、どこか侮る気持ちを芽生えさせていたカマル。
それは雷術師としての最高峰にして他に類を見ない唯一無二へ到達したことで得た慢心だったのだろうが、しかし今はもうそれもない。
僅かの侮りすらもなくカマルは再び、怪物との対等な対決に挑む。
「――『偉雷門・派雷』」
「うっ……!」
人の頭部大に纏めた雷砲を撃つ。これまでの雷術と比較してもトップクラスの速度でナインへ命中したそれは、着弾と同時に迸り弾ける。感電と衝撃に揺れるナインの下へ、すかさずカマル自身も飛び込んでいく。
「猫式八艘――『曳忌』!」
「ぐ?!」
「カァッ!」
ととん、と軽く素早い小さな跳躍でナインの首を膝裏のひかがみに引っ掛けたカマルは、その勢いを殺すことなくぐいと脚へ力を入れた。
雷速首刈り。ギロチンめいたその技にナインは戦慄しながら、けれど身体は機敏に反応して。
「ぬぉ――外せ、馬鹿!」
即座に後方宙返り。首をもぎり取ろうとするカマルの脚よりも速く同じ方向へ体を動かすことで逃れ、そのまま足を振り上げて――縦に回りながら狙い打つ。
「なに! ……がっ!?」
ラビットパンチならぬ、ラビットキック。
背足によって後頭部を叩かれたカマルは首が吹っ飛びそうなほどの衝撃を受けた。
「へっ、どうだ!」
「ちぃ、猪口才な……! 只人のくせにまるで猿だな、お前は!」
「なんだと……!? いやありがとう」
「なぜ礼を言う?!」
「俺にとっちゃそいつは褒め言葉だから、な!」
踵を向けた上段蹴り、をカマルはしゃがんで躱す。バチリ、とその手に一際強く電光が輝いたのをナインは見逃さなかった。
「させっかよ――うっ!?」
「いいやさせてもらおう――『蛇尾』」
しゃがんだ足元から密かに伸ばされていた尻尾がナインの足へ纏わりついていた。そこから伝わる電流の高電圧が、先んじてカマルの手を蹴り飛ばそうとしたナインの策をそれよりも先に封じさせる。
「『猫式八艘』は足技八つに手技四つ、そして尾技がふたつで構成されている――真化した私はまさに全身凶器。尻尾のひと触れだけでもお前を止めることは容易い」
「……!」
「さあ、今一度食らえ……雷神の極め付けを!」
カマルの両手が眩く光る。ヂヂヂヂッ! とこの世の全てを焼かんとするような高圧的な白い輝きが瞬く間にその勢いを増し、そして。
「『偉雷門・神雷』!!」
「グ…………ッ!!!」
ナインの右腕を黒炭としたあの一撃が、またしても炸裂し。
それも今度は腕でガードすることすらできず、胴体部へ直撃してしまった。
今のカマルが使う技はどれもこれもナインをしても超強烈と言えるだけの代物であるが、中でも一等絶大な威力を誇るのがこの『神雷』であった。元々の得意技である『雷撃』を強化した『撃雷撃』――すらも遥かに超える、究極の雷術という本人の触れ込みにもなんら恥じない、雷神カマルの全力が惜しみなく注がれた「天より授かりし才覚の結集」こそがこの技。
故に、神の雷。
絶対無比の雷神の裁き――だというのに。
「――うぅおっらぁ!」
「!??」
それを二度も食らってなお怪物は……拳を握ることをやめようとはしなかった。
今度こそ決まったと思い込んだその瞬間に殴られ、雷神を自称する者としてはらしからぬ無様さで宙を転がりながら、カマルは本日何度目かの大きな驚愕を覚える。
(ま、まだ動けるのか――まだ生きているのか! 理屈に合わない、ダメージは確かに通っている! 腕を丸焼きにしてやった雷を、今度は心臓目掛けて打ち込んでやったというのに……どうしてこいつは!?)
「んだよカマル、呆けた面しやがって……もう勝ったとでも思ったのか? 俺を相手に気が早すぎる――そして自惚れが過ぎるぜ」
「……っ!」
その白い美貌までも今や悲惨に黒く煤けさせた傷だらけの少女が、しかし肉体の不調を感じさせないような溌剌とした笑みを浮かべてそう言った。不遜なるその言葉に怒りを抱いたか、カマルは強くナインを睨みつけて歯を剥いた。
「何を言うか、自惚れなどと……!」
「何度でも言ってやる、てめえのほうこそ自惚れてやがるんだとな。雷神様は確かに強いさ、ああ、度を超えた強さだとも。俺が戦ってきた連中の中でもお前は確実にトップクラスだよ――で、それがどうしたってんだ」
「……!?」
「強くなったくらいでイキがってんじゃねえ。そこはまだ、スタートラインだろうが」
「スタート、ライン――、」
「そうだろう、その強さで何をするのか。望むものがあるから強くなろうと願って、そんな姿にまでなったんだろう――だったら! 調子になんか乗ってる暇はねえはずだ、敵を前に気を抜いてる余裕なんてねえはずだろうが! ただ強くなっただけで満足したように笑うお前は、全部を見下したように嗤うお前は! 強者でもなんでもねえ! 無駄に強いだけの、ただのつまはじき野郎に過ぎねえんだよ!」
「……!! 黙れ、黙れ黙れ黙れ――だったらお前こそが強者なのか!? そのつまはじき者に、今まさに殺されかけているお前が、本当の強者だとでも!?」
「いいや! 俺のほうだって泣けてくるくらいにまだまだ半端者さ……だから丁度いいってもんだ」
「なにが!」
「未だに中途の、半端同士! 妙な強さを手にしちまったもん同士――ぶつかり合って、砕け散って! それでも最後まで立ち上がることができたなら! それでようやく手前の正しさを示せるってことだ! 自分なりの正義を、貫くために! 負けたくねえというのなら……とっとと俺を倒して証明してみろよ! 言っとくが俺の本気は、まだまだこんなもんじゃあねえぞ!」
「くたばりかけが、よくぞ吠える……! 必ずや後悔するぞ! ここで死んでおけばよかったと泣き嘆くほどの痛みと絶望を――お前に与えて殺すと確約しよう! 雷神の徹頭徹尾全開の力でな!」
「望むところだ。来やがれカマル! そろそろ決着を付けようぜ!」




