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441 謳え雷神、吠えろ怪物

「――……ッッ!!」


「痛感したか。これぞ究極の雷術、神下す天号の雷……その名も『神雷リライ』」


 悲鳴、すらも響かすこと叶わず。


 ただただ凄まじすぎる雷撃のショックに歯を剥いて耐える少女の傍らで、雷神の如く威圧と威容を誇るカマルが態度もそれに相応しいだけの神威を携えて――まるで死者への弔辞を執り行うような、厳かな雰囲気で語った。



「もう、いいだろうナイン。お前はよく頑張った。この姿になる前も後も、お前は十分に対抗できていた――絶対の存在になった私を相手に、だ。誰にだってできることじゃあない……お前の言葉はきっと正しい。たとえこの強者の住まう街をそっくりひっくり返したところで、私に抗える者なんて他にはみつからないだろう。外来より来たりし武闘王にして怪物少女。お前にとっての重要な、何かしらの使命感あって挑んできたようだが……それもここらで幕引きといこうじゃないか。せめて雷神の手によって華々しく散ることを涅槃への手土産にするといい――だからもう、虚しくも抗うな」



「こ、の……ムカつく好き勝手を、言いやがる!」


 反論とともに蹴りつける。空間を裂くような強烈なナインの蹴撃を――カマルはひょいと軽く躱した。神の雷を受けてなおこれだけの攻撃が可能ということにいたく感心しながらも、いよいよ無視できないだけのダメージが怪物少女の身に溜まっているらしいことをその眼は同時に見抜く。


「ほんの僅かな差だが、確実に動きが鈍くなっているな……そしてその『僅か』こそが私たちのような存在にとっては命取りとなり得る。――にゃはは。右腕を庇おうとし過ぎているんじゃないのか? だから動きに精緻さが抜け落ちるんだ」


「何がにゃははだ、急に余裕ぶりやがって……!」


 悪態をつきながらもナインは内心で、この戦闘が始まって以来最大の衝撃を受けているところだった――カマルの指摘した右腕。わざわざ言われるまでもなく、傷付いた右腕を庇うことで若干動作に淀みが生じていることくらい自分でもよくわかっていた――わかっていながら、なのに庇わざるを得なかったのは、それだけ腕の傷が深刻である証明。


(焦げている……んじゃねぇな、これは……! 炭化・・してやがるのか、腕全体の表面が……あるいはその中身おくまで?! ナインおれの体を容易くこうさせちまうだけの威力だと――カマルはそんな領域にまで踏み込んでいるってのか!)


 自分ナインの肉体の呆れるほどの頑丈さ。

 それに一番呆れているのは他ならぬナイン自身である。

 その途轍もないスペックをよく知るが故に、それを超えてこうも重大な手傷を負わせてきたカマル・アルにナインは本心から脱帽する思いだった。


 いくら防御のために使用した一部位のみとはいえ、ナインにとっての何よりの武器である拳を片方使用不可にした功績は計り知れない。全身へのダメージも決して軽視できるものではなく、そんな状態のナインを前にすればカマルが己が勝利を確信するのも至極当然のことであって――。


 そして絶対的優位を得たことで死闘の緊張から解き放たれたのか、随分と余裕を取り戻したカマルはそれによって岡目八目とでも言うべき観の目も得ていた。


 即ち、自分と相手を客観的な視点で眺め――表面上『だけ』の有利不利ではなく、なんてことのないように取り繕っているナインがその心中にかいた多量の冷や汗を見透かしたのである。



「にゃっはは。よっぽど自分の肉体に自信があったと見える。だがそれを驕りなどとは言わないさ……私自慢の『雷撃ライラ』、その最終形である『神雷リライ』をまともに受けて片腕だけの被害で済んでいる時点で、お前は神にも届きうる牙である。怪物よ――だからお前は滅びる。定めわたしによって滅ぼされるんだ。神代や英代に輝く星のように今は遠き御伽噺……得難き神話の再現を、ここに描こう! そして私は! 世に蓋する天にも戴く、新たな絶対なる存在となってみせようじゃないか!」



「く……!」


 雷神の接近。抉り穿つようなカマルの手を仰け反ってナインは回避する。しかしそこへ身を捻ったカマルの足が飛び込んでくる。


「超越猫っ飛び・『猫式八艘』――『倶渡加詫クドカタ』!」


 縦回転。常識外れの動きで連続の打ち下ろし蹴りを放つカマル――その顔には猛然とした笑みがある。それとは反対にギリギリで避けていくナインの顔には一切の余裕が見られない。回避に手一杯。正しくそのことを読み取ったカマルは、ぐるりとナインへ背を向けた。


「!」

 これはマズい。カマルの体術でも特に強烈なアレが来る――四足獣らしさに溢れた強かなあの上段蹴りが!



「『河越アマラ』!」



「!?」


 予感は限りなく正確で、しかしてこの上なく不正確。


 先の顎を打ち抜かれた一撃がもう一度来ることを予見していたナインだが、実際に来たのは想定を大きく超える鋭さと重さを持った――もはやまったくの別物と称すしかないような一撃だった。


 十分に躱せるはずだった推量すらも遥かに超えて、半端な動きを見せた少女を仕留めようという気概に溢れたカマルの後方捻り蹴りは、その気勢の通りにナインを吹っ飛ばした。


「げぶっ……!」


 凄まじい勢いで胸をぶたれたナインが肺から息を零しながら、されど懸命に堪えることで慣性を殺して距離を離されすぎない位置に留まり――そしてそこに瞬く暴威の輝き。


 音鳴りまでする魔力の極限的な高まりに、思わずナインは顔を顰める。


「ちっ、また・・か……!」

「そう、まただ! お前が抗う限りは何度でも――空の彼方も、地の果てまでも! 万象焼き切る全土滅殺の雷を齎す!」

「なんつー傍迷惑な奴だよ!」

「迷惑とはお前みたいな生物のことを言うんだ……故に誅を以て事もなし! 雷神の怒りをとくと覧じろ――『偉雷門・万雷』!」

「この野郎……!」


 雷神モード(ナイン勝手に命名)となったカマルの全身から放出される雷の勢力はタチの悪い冗談のようですらあった。ただでさえ強力などという言葉では言い表せないような破格の雷術であった『万雷』だが、今のカマルが撃てばそれはもうひとつの術などという域を超えており。



 ――天災。

 まさに天より振り落ちる絶対なる災禍こそがこの雷の雨の正体であった。




 そこに人の身で立ち向かえる道理などあろうはずもない。


 理不尽な定めにも抗えずただ大人しく天からの裁きを待ち、粛々と死を受け入れることしかできないのだ――けれども。


 ここにいるのは人ではなく怪物。

 天災にたった一人立ち向かうはこちらもまた天災めいた少女であるナインだ。


 彼女はこれまでにも数多の天災りふじんを打ち砕いてきた経歴を持つ、理不尽の中の理不尽でもあった。



 なればこそ今回もまた、ナインは己がなすべきことを迷わず遂行するのみである。



「――『ナインヴェール』!」

「!」


 雷群が落ちる直前に虹色の幕が降りる。そこへ降り注ぐ万の雷。ナインの取った行動にカマルは目を剥いたが、もう攻撃は止まらない。止める気もない。練り上げた魔力を以て天地に境なく雷轟を鳴り響かせる――これを耐えられる者はいない。そう断じられるだけの究極の力が、確かにそこにはあった。


 なのに。



「馬鹿な……お前は、何を……?!」

「――ハァー、ハァー……、ああ、クソ。やっぱしつれぇなっ……」



 ナインは無事だった――いや、その結果だけで語るるなら無事とはとても言い難い。


 辛うじてまだ意識がある。

 そう表現するほうが適切だと言い切れるほどに、少女の体はボロボロに傷付いている。


 聖冠の生み出す無尽蔵の魔力によって修繕の魔法がかかっている衣服だけが、ここまでの激闘に似つかわしくもなく新品同様の輝きを放ってはいるものの、それを着ている本人は黒墨で塗られたような濃い煤けに彩られている――そうだ、決して無事ではない。一定以上の負傷は見られる。それでもまだ命があるだけでもカマルにとっては許し難いことだというのに……それよりももっと許容できない現実が、そこ・・にはあった。


「ナインヴェール、とか言ったか……それは障壁術! つまり己が身を守るための術だろう――なのに、お前は! あの土壇場で自分じゃなく……『都市のほうを守った』のはどういうわけだ!」


 眼下に広がるクトコステンの景色。

 それをすっぽりと覆う虹色の『守護幕ナインヴェール』。


 あの瞬間、万の雷に晒されようという瀬戸際に防御のための術を発動させたナインは、しかしあろうことかそれを使って自身ではなく地上を守ることを選んだのだ。結果として街に被害はないが、ナインはまたしても剥き身も同然に、先よりも威力を増した『万雷』を浴びたことになる。そのせいで彼女が負った損耗は筆舌に尽くしがたいものとなってしまった。


「それで自分を守るならまだしもやりようがあったろうに……! こうなってはもはやお前に勝ち目なんてないぞ! 元から万に一つもないものが、これで完全に命運が絶たれたんだ! そんなことはお前にだってわかっていたはず――なのに何故、障壁を他所に張ったりなんてした!? ……答えろ!!」


「何を言ってんだ、お前……てめえがばかすかと雷を落とすからだろうが。だから俺が街を守らなくっちゃならねえんじゃねえか……苦労させやがって」


「落ちる先はお前なんだぞ、街への被害など高が知れている! 今自分がやったことが無駄な献身だと理解できていないのか?!」


「無駄じゃあ、ない! 万にひとつ! 一万撃の内の一個が落ちるだけでも! あるいは万の雷全てが俺のみに当たったとしても、その余波だけでも! たったそれだけでも十分過ぎる被害だ――十分に、人は死んじまうんだよ!」


「……! この私を相手に、誰も死なさぬようにと戦えるものか!? ヒーロー気取りの偽善者め……お前こそが誰よりも死に近いことを忘れるんじゃあないぞナイン! ……それとも死期を悟ったからこその我が身を顧みぬ障壁の使い方だったか? だとすれば、お前こそが間抜けの謗りを受けて然るべきだな!」


「いいや、間抜けなのはどこまでいってもお前一人さ」


「なんだと……!?」


「都合のいい身勝手な思考はいい加減やめにしとけよ、『神様気取り』のド痛い・・・馬鹿が。俺が死期を悟っただぁ……? そりゃまったくの逆だぜ!」


「……!」


「何がなんでも、お前をぶっ飛ばす! その決意を改めて強くしたところだ――だからこっからの俺は! 真化したお前を超えていく俺だ!」



 ――覚悟しろよ、と。



 傍から見れば敗北寸前、死の瀬戸際まで追い詰められているとしか思えないような白い少女はしかし……確固たる強き闘志を漲らせて、そう言い切ってみせた。


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