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437 対【雷撃】、一進一退

 ジリリリリリリリリィ!! と雷鳴が幾重にも重なる。

 その轟音を聞いた瞬間ナインは目覚ましのベルが数千個という単位で、自身のすぐ耳元で鳴り響いているような錯覚を受けた――少々呑気が過ぎる感性である。


 それ・・は目覚まし時計とは違って彼女を眠りから起こすためのものではなく、その逆に。



 永遠の眠りへつかさんがために迫ってくるものなのだから。



「……!」


 腕をクロス。身を固める。防御姿勢を取ったのは千の雷の到達速度と攻撃範囲の広さも理由ではあったが、それ以上にナインを場に釘付けとしたのは……雷の軌道が微かに下方へ向かっていることだった。つまりナインが避けてしまえば最後、この膨大な力を持つ雷は地上へ落ちることになる――都市を焼くことになる。


 そんなことは許容できない。


 なのでナインは素直にそして単純に……それを己が身で受け止めることにしたのだ。


「がぁっ……!」


 峻烈なスパーク。視界が瞬く。それは電気刺激というよりも限りなく物理的な反応だった。実際にナインの全身からは電光と高熱が目に見えて立ち昇っている。生じた痛みは怪物少女の肉体を以てしてもあまりに強烈なものだった。


(どうも『千雷』だからって単純に『百雷』の十倍の威力ってわけでもなさそうだな……こいつは随分と効きやがるぜ!)


 振り払う。じっとりと纏わりつく電熱を、まるで動物が体を震わせて水気を切るような動作でナインも発散させる。元々暑さ寒さには極端に強い彼女だ。そうやって痛み諸共に術の影響を吹き飛ばすことだってなんてことはない――と。


「『猫っ飛び』!」

「がっ!?」


 カマルの足裏がナインの頬を派手に蹴り飛ばした。『真雷化ナラク』による常時雷化の速度と猫人としての体術がかけ合わさった蹴撃はめきめきとナインの首に嫌な音を出させた。


「ぐぅっ、こんにゃろ……!」

「『爪とぎ』」

「う?!」


 ナインが首の向きを戻した瞬間、手刀を振るうように両目を引っ掻いていくカマルの爪。普段は手の中に仕舞われている鋭利な武器を露出させたその意図は雷術に拘らず『何がなんでも倒してやろう』、というカマルがナインを強敵と認めたからこその選択だ。


 獣人種がよく使う爪撃も雷速の速さを加味すれば被害を単なる切り傷程度では済ませないような、他とは明確に一線を画すだけの高威力が引き出せる。


「……っ!」


 しかし、確かに脆い眼球へ爪を当ててやったというのに、ナインの目を潰せた感触はまったくなかった。


 硬すぎるのだ。


 どれだけ腕を素早く振り抜こうが自分の爪ではナインの体を刻めない――。


 そのことを未だに打った感触が響いて残る爪から実感として理解したカマルは、されどどこかでそういった事態を想定してもいたのだろう。大したリアクションを見せることなく――今度はしゅるりと尻尾・・を動かした。


「なに……!」


 器用に動く猫の尾で右手を掴まれ、引きこまれる。いつかの猿人少女にやられたことをナインは思い出す――そしてその時にはもう、カマルは次なる攻撃のモーションへ入っていた。


「『後ろ脚』!」


 変則的な上段捻り蹴り。下からかち上げられるように顎をぶち抜かれたナインは「づっ……!」と苦悶の声を漏らしたが、それを聞いてもカマルはまったく止まらず、むしろ勢いづいて。


 巻いた尻尾を解きつつくるりと体勢を入れ替えて、猫人としてのしなやかさを活かす必殺の蹴り技である『後ろ脚』を連続で放つ。


「はあぁ!」

「うぐ!」


 ミドルの後ろ蹴り。腹にぐっとカマルの足が突き刺さり――ぶっ飛ぶ。巷では雷門の才ばかりが取り沙汰されているが彼女はしかし、身体能力もまた猫人としては異例なほどに高い。それこそ戦闘においては猫人の実質的な上位種とされる虎人や獅子人と比較しても遜色ない、どころかその上をいくほどにカマルの体技は卓越していた。


 その証拠に。


「……!?」

「『猫っ飛び』――『踏み付け跳ね』!」


 自ら飛ばした相手に雷速の跳躍で追いつき、追撃。シィスィーの背中に飛び乗って行った両蹴りとは比べるべくもない本域でのスタンプキックがナインの顔面に炸裂した。


 墜落。圧を受けた頭部を下にした猛烈な勢いでナインが地上へ落ちていく。しかしてそれを見送るほど今のカマルは穏やかではなかった。怪物退治。真なる英雄、新時代の神を目指す彼女にとってこの場でのナイン抹殺はもはや天命と化していた。


「『偉雷門』……『千雷』!」


 ひとまとめにした千の白き雷を直下に向けて放つ。

 それは落下するナインへすぐに辿り着き、少女の小さな体を容赦なく焼いた。


「……!」


 完全なる攻め――万全なる猛攻。

 非の打ちどころも見つからないような攻勢である。


 これだけやればどんな存在だろうと確実に息の根を止められるという自信がカマルにはあったのだが……他でもない、トドメとすべく一層の気合を入れて放った最後の『千雷』によってその自信は粉々に打ち砕かれた。


 手応えは、あった。

 逆に言うと。


 手応えがあり過ぎたのだ。



 あれほど打ちのめされてなお、ナインは『千雷』の全てを己が体で受け切って・・・・・みせたと――術の手応えが嫌になるほど知らせていたから。



「生きている……か。それもまだまだ――」


 カマルがぽつりと呟いた言葉を裏付けるように――雷の残光から飛び出してくる、白光よりなお白い輝きを身に纏ったナイン。


 その姿に目につくような傷痕はなかった。

 焦げて焼き切れたはずの服まで元通りになっている。


 そして特徴的な深紅の瞳もまた、依然として軒昂と戦意を伴っている。


「――まだまだ元気いっぱいのようだな、ちっぽけな怪物めが!」

「てめえにゃそうとは言われたくなくなってきたぜ、バケモンが!」


 飛行での急上昇、からのアッパー。ナインの放った反撃はスウェーによって軽く躱されてしまう。だがそれはナインにとっても読み通り。カマルにやられたように、今度は彼女が我流の体技をお披露目する番だった。


「ほっ!」

「!?」


 急制動。アクセル全開から、間を挟まずのブレーキ全開。上方へ去らずにぴたりと目の前で停止したナインにカマルが目を丸くした――ところにくるりと回ったナインの後方回し蹴り。


「っ……!」


 辛うじて腕を畳んでそれを防いだカマルだが、防御した程度・・では守り切れない。どうしても体勢が崩される。そして隙を晒したそこへ、第三撃目。


「おぅらよぉ!」

「ぎぃ……!」


 止められた足を起点にするというとんでもない身体の使い方で振り落ちてくる胴回し回転蹴り。それを頭頂部に受けたカマルが頭の天辺からつま先にまで走る衝撃に苦しむ。……その口からは血が零れている。二槍流となったシィスィーや追い風を受けたジーナがいくら攻撃を重ねても叶わなかった【雷撃】への大ダメージ。それを怪物少女は一発の蹴りで成し遂げてしまう。


 それが他者から見てどれほどの偉業であるか、果たしてわかっているのかいないのか――手痛い傷を負わせたというのにナインはひどく不満げな顔をしていた。


「ちっ、水以上に雷ってのは殴りにくいし蹴りにくいんだな……そいつは知らなかったよ」


「……!?」


「だが少しずつ感覚自体は掴めてきた――殴り慣れてきたぜ。こっからもっと俺の拳は重くなる……覚悟しろよカマル」


「っ、……面白い! 私を追い詰め得る怪物なればこそ、贄に相応しい。神域に至る私の礎は、巨大おおきければ強大おおきいほどいい!」


 ナインの啖呵に対し、雷化で起こる火花を更に激しくさせながら、険しくも明らかに自身の力に陶酔しているとわかる目付きで応じるカマル――そんな彼女の言葉を受けて……逆にナインは、闘気をしゅるりと萎ませた。


「神域……神域ねぇ」

「……?」


 こりこりと額を掻きながら首を傾げるナインを、カマルが訝しむ。カマルには彼女がどうしてそんな反応を見せるのかがわからなかった……ましてやこの場面において僅かながらでも闘志を萎えさせる意味が、まるで理解し難かった。


 

 ――理解、したくなかった。



「何が、言いたい?」

「ん? あーいや、大したことじゃねえんだけどさ。ふと思っちまったんだよな、俺」

「思った……?」


 何を。何に。何へ。


 きっと聞くべきではない。なんとなくそれを察していながら、しかしカマルに聞かないという選択肢はなかった――やってはいけないと自制を覚えつつも、深掘りせずにはいられなかった。


 答えを待った彼女の耳にやがて聞こえてきたのは……やはり最低最悪の返答だった。



「すっげえくだらねえ・・・・・な、と思ったのさ。さっきからお前の言ってることは、どうにもこうにも――馬鹿げてるっていうか、ただの馬鹿っていうか。とにかくまあ、そのくだらなさ加減に心底呆れちまったわけだ」



「……っ!!」


 ぎりぃっ! と。


 怒りに任せ自身の歯を噛み砕かんばかりに、カマルは強く強く歯軋りをした。


 怪物少女の言い草は――彼女にとって到底、許しておけるものではなかった。


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