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434 白い光の中に

 何もかもが白かった。


 手の内から溢れる強き力さえも容易く塗り潰す眩い雷光が、強かに網膜を焼く。


 翼が焦げる。口には血の味。手足の感覚も薄れていく――まるで光の中に死んでいくような。


 何が起きているのかわからなかった。自分の身がどうなっているのか、まだ呼吸をしているのかすらも判然としない。


 正気ではいられないような痛みが逆に正気を保たたせる。何かが決定的に終わろうとしている。その予感に怯えた幼子のように心を震わせながら、感覚のない手により力を込める。決して放さぬように――手放さぬように。


 武器のことではない。

 ――カマル・アルをだ。


 今、本当に怯えているのはきっと彼女なのだ。


 だから自分が諦めることはできない。そんなことはしない。


 あの日からずっと、何も変わっていない少女を――外見だけ成長して、その実中身はずっと蹲ったままの幼子でいるこの少女を。


 自分が守るために。

 震えるその体を、力一杯に抱きしめて……もう止まっていいんだと。

 休んでもいいんだと伝えてやるために。


 そのためにジーナは――。



「う、おぉ、おぉぉお、おおおおぉぉぉおおぉおおおぉっ!!!」



 散った羽根が燃え尽きていく。血も、叫びも、祈りも。全部が白に消えていく。

 それでもジーナは前へ。


 百の雷をその身に浴びながら、肉体を内からも外からも壊されながら。

 それでもジーナは、カマルの下へ。


 親友の傍へ。


「ジーナ……っ!?」


 カマルが目を見開く。『白雷』を一度に百発も放つという進化したカマルだけの偉雷門、絶大なる新術『百雷』。それを真正面から食らえばいくら『聖杖』による守護で身を守ろうと無事でなどいられない――現にジーナはこの一瞬で全身をズタズタに、己が鮮血で真っ赤に染め上げていた。


 目も虚ろで、おそらく雷光によって一時的に視力を失ってもいる。鳥人の証たる背中に生えた両翼すらも焦げ付いて無惨な有り様となっている。死にかけだ。まだ命があるというのが奇妙なことにまで感じられるほどに、ジーナは死の際の線上へと立たされている。


 なのに、何故。



「何故まだ――向かってくるんだジーナ!?」



「……カマ、ル――、」


 とうとう『戦槍』がカマルに届く。しかし、生み出された力の大半は『百雷』を突破するために消費されてしまっている。意識が朦朧としている今のジーナにはもう新たな破壊のエネルギーを用意する余裕などなく、死に体で繰り出された刺突も完全雷化を果たしているカマルを相手には蚊に刺された程度の影響すらも与えられず終わった。


 だが。


「このっ……!」


 ダメージなんて欠片も負っていないはずのカマルは、槍を撥ね退けながらも思い切り顔を歪ませていた。


「どうしてそこまで――こんな無駄なことに、必死になって! お前が私に敵わないことくらい、とっくに分かっていただろう! これじゃあ死ぬために戦っているようなものじゃないか……! 弱いくせにどうしてそんなことをする必要がある!?」


「ふざけたことを、聞く。――そんなの……お前が、泣いているからじゃないか」


「……!」


「私はただ、お前の涙を……拭いたくて、止めたくて……ここまでやってきたんだ」


「ふ、ふざけたことを言ってるのはそっちだ――目が焼かれて妙な幻覚でも見てるのか! 私がいつ泣いたって!? この瞳のどこに涙なんて弱い・・ものが見える!」


「瞳にじゃない……『心』にだ。お前はずっと、心の中で泣いている……私にはそれが見える」


「何を……?!」



「私が『死ぬために戦っている』だと……? 違うな。それを言うならお前のことだろう、カマル。父と母を死なせた自分が嫌いで。二人の命と引き換えに助かった自分が憎くて。仇すら討てず何もかもを過去にしてしまった自分が許せなくて……だから人を助けるんだ。助けてもらえなかった自分を、助けられなかった両親を、今度こそ助けたくて――過ぎた過去として終わらせたくなくて。無駄だと知りながら、足掻いている。たった一人で、孤独に死のうとしている……そんなお前を! 人々は六境だ英雄だと褒めそやすが! 私は、違う! 私はそんな風に思わない――思う訳がない! お前はただの、ちっぽけなガキだ! 大切な人の死、そのトラウマからいつまでも抜け出せず、前に進めず! ずっと蹲っている弱虫で泣き虫な猫人! そんなガキの、馬鹿な自殺・・を! ――幼馴染の私が許すとでも思っているのか!!」



「――っ、」

「お前の父と母は、もういない! お前を守るために死んだんだ! 死なせた強盗も当時の局員が相打ちで討ち果たした――もう誰も彼もが死んでいる! あの事件の当事者はどこにもいない……お前以外はもう、誰もいないんだ! 今を生きているのは、お前一人なんだぞカマル! その命を! 何より貴重でかけがえのない自分という存在を! どうしてそうまで蔑ろにできてしまう!?」


 額と額がぶつかり合うような至近距離。ジーナの真意を知り、口舌鋭い叱咤を受けて……そしてこれまで見ないようにしてきた自分の歪さ、その弱さを浮き彫りにされて。


 よりにもよってあの頃の、両親から猫可愛がりを受けてお姫様のように育てられていた自分を唯一知る、幼馴染のジーナから改めて指を突きつけられたことで――カマルの感情は爆発した。


「お前に――ジーナなんかに! 私の何がわかる! 失った痛みなんて知らないくせに、偉そうに説教だけ垂れるな!」


「わかるさ! 私だけなんだ、お前をわかってやれるのは! せめて私だけでもわかってやらないと……お前が哀れ・・すぎる!」


「なんだって……!?」


「哀れだと言ったんだ、大馬鹿め! 元から親を知らず、ゼネトンさんに育てられた私は幼少から鍛えられてもいた。そしてお前は、そんな私とは正反対。戦いのたの字も知らずに平和に暮らしていたな。私たちは互いに互いを見下していたはずだ。価値観が違うんだからそうもなろう――だけど話してみれば、私たちは妙にウマが合った。そうだろう? だから私はお前の姉のように振る舞っていたし、お前だって妹扱いを受け入れていたんだ」


「――、」


「すべてが変わってしまったのはあの事件のせいだ。それまでは単なる価値観の相違だったものが、決定的な溝に変わった。それも反対側にいたはずのお前が、私の岸すらも飛び越えて更に向こう側へと渡ってしまった。……そしてお前はとうとう、もっと先へ行こうとしている――取り返しのつかないところにまで向かおうとしている! 私を……私のことを過去にして、置いてけぼりにして!」


「……!」


「まだ変わるのか、カマル! まだお前は足りていないのか! 死ぬまで満足しないというのなら――どうしても変り果てようというのなら、せめて! その前に私を殺すがいい! お前の手で、私を彼岸に連れていけ! そして両親に救われた命を、あっという間に散らせばいいんだ!」



「このぉ……っ、ジーナがァ!」

「カマルぅッ!!」



 『戦槍』と『聖杖』が、ジーナの最後の力をもって輝く。所持者に守護を、敵対者に破壊を。並の敵ならもはや打つ手なしの七聖具の圧倒的な能力――それすらも『真化』した【雷撃】を前にしてはまるで不足。



「足りない、足りない、足りない――まるで足りていないんだよ、ジーナ! お前も、そして私すらもまだ、ちっとも! この世の不幸を望むままに振り払う絶対者には! 『幸せ』になるには――まだまだ力が足りていなさすぎる! だから!!」



 ぽっかりと空いた穴を満たすためには……満たされるためには。


「こうするしか、ないんだっ……!!」

「カ、マル――、」


 七聖具の力が、競り負ける。暴走する魔力だけで破壊も守護も霧散させたカマルは、その右手に雷を集中させる。


「望み通りに、私が彼岸へ送ってやる! 一足先にそっちで待っていろ――指をくわえて! 世界の絶対となった私が、あらゆる不幸を望むまま滅ぼす様を、ただ呆けて眺めているがいい!」


 槍も杖も弾かれてどこぞへと落ちていく――『風走り』も『風帯』も『奮迅』も、今やジーナを助けていた風術もそのすべてが解けて。


 完全武装だったジーナはもう、ただの丸腰の、ボロボロの少女でしかなかった。


 そんな彼女へ、死の縁にいる幼馴染へ、カマルは。


「『撃雷撃ラ・ライラ』! ――ッ!?」


 容赦なく最期の一撃を加え、ようとしたその右手に何者かのが打ち込まれた。



「させねーよ」



「お前は……!?」


 そこにいたのは――白雷よりも尚全身が白く輝く、深紅の瞳をした一人の少女であった。


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