433 疾風迅雷の戦い
「……何がそんなに可笑しいんだ」
多少とはいえ手傷を負ったばかりだというのに不気味な笑みを浮かべているカマル・アルへ、ジーナは七聖具を握る手に力を込めながら訊ねる。
するとカマルは緩やかに首を振った。
「可笑しくて笑ってるわけじゃ、ない。これは感謝だよ」
「感謝だと?」
「ふふ……『真化』が早まっていくのが分かる。きっとお前が私にくれる怒りの感情がその源泉なんだ。どんどん高まっていく――私はもっと、加速する」
「……! カマル、お前は――」
「馬鹿みたいな媚び売りだって、もう私はしなくたっていい! 滅ぼすべきを滅ぼす! 須らく悪は殲滅されるべし! 今日からの私は強者の一人じゃなく――真なる強者の、絶対者だ! 私こそが世の定めとなる!」
あの日の自分と決別するために。
あの日の自分と同じ者を生み出さないために。
自分の命惜しさに両親を差し出した大罪人を滅ぼすために。
「私は天上にも届く強者になる! 強さ以外には何もない道を、一人で行く! それを邪魔するのなら――まずはジーナ! 手始めにお前から滅ぼしてやる!」
「っ、大馬鹿め……!」
翼を広げる。ジーナは疾風のような速さで『風帯』へ入り込もうとした――がそれよりも早くにカマルの『雷化雷速』は発動しており、一瞬にして両者の距離はほぼゼロとなった。
「『風来乱舞』は確かに攻略が難しい……だったらやることはひとつ。技に入らせなければいいんだ」
「この場に釘付けとする気か!? しかしそう上手くいくかな――私には『聖槍』と『聖杖』があるんだ!」
カマルの雷門発動よりも先んじて武器を動かしたジーナだったが。
「それじゃ遅いよ」
「!?」
カマルの攻撃は速すぎた。ほんの一拍しか持続しないはずの『雷化雷速』が未だに効果を及ぼしているかのように、その挙動はまさに迅雷が如くに素早かった。
「『雷撃』」
「くっ!」
「『撃雷撃』」
「ぐうっ!」
「――『白雷』」
「ぐあぁっ!」
一撃目は『聖杖』で凌げた。二撃目もどうにか凌ぐことができた――しかし体勢を崩されてしまった。弾かれたそこを白き雷によって狙い撃たれた。『聖杖』の能力である守護の力は依然として効力を発揮しているがしかし……、
(ふ、防ぎ切れないだと……?! 『戦槍』と対を為すこの『聖杖』――つまり『聖槍』が持つ恐るべき破壊の力すらも『聖杖』を以てすれば防ぐことが可能だというのに、この結果は……!)
時間をかけてはいけない。
カマルの口振りから時が経てば経つほど彼女の出力が上がる懸念を抱いたジーナは、今まで以上の速攻を心掛けねばならなくなった。
「こうなれば……『風門・奮迅』! ――カッ、」
「!」
追撃に二発目の『白雷』を放ったカマルだが、それは命中しなかった。更なる強化術を己にかけたジーナの飛行速度が更に速まったのだ。
『風走り』は全身に風を纏うが、『奮迅』は逆に体内に風の魔力を巡らす術だ。強化の幅で言えばこちらのほうが優れているが、体の内側を突風が暴れ狂うこの術は自身を痛めつけるにも等しい行為である。攻防速すべてを手助けし副作用もない利便性こそが売りの『風走り』と比べれば酷くピーキーで、あの【風刎】ですら滅多なことでは使わない、言ってしまえば欠陥術。
風使いとして遥か上を行く彼ですらそうなのだから、まだ鳥人として体も出来上がっていないようなジーナがこれを使おうとすれば一層負担は大きく、また『風走り』や『風帯』と同時に術式を使用しているために本来は遅れてやってくるはずの反動までもが術を唱えた直後から始まってしまっている。
(さ、さすがにキツイな……喩えじゃなく全身が砕けてしまいそうだ。――だが、それがどうした!)
少しずつ内から体が裂けていくような激痛に苦悶の表情を浮かべながらも、ジーナは飛ぶ。飛び回る。目まぐるしく風の道を自由自在に翔け抜けて――、
「そこだぁっ! 貫け『聖槍』――!」
極限まで風門による強化が行われた超加速状態で、全身全霊を込めて七聖具へ呼びかける。自身の力と破壊のエネルギーを穂先の一点へ集約し、どんな防御も反撃もそれごと貫かんばかりの断固とした気合とともに突き出す。
ジーナの我が身を顧みぬ無謀なまでの執念はけれど確かに実を結び、槍をカマルへと届かせた。
そうだ、金の槍の穂先はしかとカマルを捉えていた――そしてそのまま、本当に少女を『貫いた』。
「なっ……!!」
ジーナの驚愕は、想定を超えて幼馴染へ深い傷を負わせてしまったが故の動揺……などではなく。
むしろその反対だ。
『聖槍』が貫通したというのに、まったくと言っていいほど手応えを感じず――またこちらを向いたカマルがゾッとするような笑みを浮かべていたが故の、身慄いめいた混乱がその理由だった。
「迂闊だよ、ジーナ」
「なにっ、――うぐぁああっ!?」
感電。槍を伝ってくる電撃にジーナは身悶える。『聖杖』の守護がなければもはや意識を保ってなどいられなかっただろう。急ぎカマルの体を貫く『聖槍』を引き抜きながら、ジーナはひとつの真相に行き着いた。
(勘違いじゃ、なかった! 錯覚などではなかった――『雷化雷速』が持続時間を伸ばしている気がしたのは、私の気のせいなんかじゃあなかったんだ!)
移動に使用すれば瞬間的に間を詰められるし離脱も図れる。ほんの一瞬だけ己を雷化させるその術は持続の短さのせいで一回の使用につき一回の移動が限度とはいえ、戦闘においてはこの上なく有用なものだ。
逆に言えばたったそれだけの、短時間とすらも表現できないような刹那の発動でさえも、相手取るには大いに手を焼く強力な移動術であるとも言える――それをカマルは。
「気付いたかジーナ。『真化』は止まらない。『雷撃』はより強くなった。肉体も遥かに頑丈になった。そして速さもまだ上がる。『雷化雷速』を私は完成させたんだ――夢の完全雷化、その名も」
――『真雷化』。
「完全、雷化だと……!」
二度目の戦慄。しかし今度のそれは先よりも遥かに深刻だった。ただ肉体強度が増しただけならば『聖槍』を持つジーナにもやりようはいくらでもあった……だがこれは話が別だ。
身近にラズベル・ランズベリーという『完全水化』を可能とする同期がいるためにそういった術の厄介さもよく存じている彼女だが――完全雷化の脅威となればその比ではないことも、戦わずとも理解できていた。
「青褪めたなジーナ。そうだ、そうやって絶望しろ……あの日の惰弱で、卑劣で、醜悪だった私のように――力なき己に絶望して、くたばっていけ!」
カマルが空間を走る。それだけで雷鳴が轟く。超雷速を果たした彼女が雷そのものとなって駆け抜ける――余りにも暴力的な加速だったが、三重の強化を及ぼしているジーナはどうにかそれにも反応できていた。
力の限り『聖槍』を翳す。そのエネルギーでカマルの肉体を切り裂く。手応えは……やはりほとんど感じられない。『聖槍』は普通の槍にあらず恩恵たる『破壊』の力を伴っているために、雷を相手にもある程度戦えはする。ただし相手だって普通の雷ではない――何故ならそれは【雷撃】カマル・アルが雷の姿を取ったものなのだ。雲からただ落ちてくるだけの雷が敵ならばどれだけ助かったことか――自らの意思で襲いくるこの猛獣に比べればそれはどれだけ攻略が容易かったことか!
「だからとて……っ、負けてなるものかぁ!」
七聖具は特別な武器だ。一個一個は稀少なマジックアイテム程度でしかないが、七つ揃えば神具ともなる伝説の宝具である。単に所持するだけでも恩恵に預かれはするが真の力を引き出すには相応の力量が必要となる――ならば。
力を込めれば込めるだけ、気合を入れれば入れるだけ――七聖具もまた、持ち主の思いに応えて強力な力を発してくれるということでもある。
「だったらありったけを! 私の持ち得る何もかもを好きなだけ持って行け『聖槍』――だから今、この時だけ、この瞬間だけでも! 私に艱難辛苦を打ち砕く、不屈の力を寄越せぇ――!!」
「ふ……!」
極光。眩い破壊のエネルギーが『聖槍』より解き放たれ。
それに応じて、雷の化身もまた口角を吊り上げて荒ぶり――。
「『偉雷門・百雷』」
白い雷閃が都合『百撃』分、風の籠の中に迸った。




