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43 吸血鬼とは?

名前だけ出ていたヴァンパイアについてよーやくちょっとした説明が

 吸血鬼とは!


 夜を歩く者にして闇を統べる者にして血の支配者!

 人間を魅了し生き血を食らう悍ましくも美しき孤高の存在!


 人間から吸血鬼に直接変化した者は『純血』と呼称され、血を吸われることで眷属化を介して吸血鬼へと至った者とはかけ離れた能力を持っている。その中でも『始祖』と呼ばれる始まりの吸血鬼から『血を受け継いで』いる者は『真祖』と呼ばれ、純血筆頭かつ最高位の吸血鬼として人間だけでなく他のモンスターや同じ吸血鬼からも畏怖されているのだ!




「数少ない純正たる吸血鬼であり高位なるヴァンパイア! 真祖が一人――可憐なる夜嬢ユーディア・トマルリリーとは私のことよ!」

「それはさっきも聞いたよ。一言一句違わないのをさ」


 辟易したように返事をするナインは、「あんたの反応が薄いからよ!」とユーディアに詰め寄られてしまう。

 彼女はナインのリアクションがとにかく気に食わないらしい。


「ちゃんと私の凄さは伝わっているかしら?」

「分かった分かった。純血で真祖で可憐な吸血鬼様のユーディア・トマルリリーちゃんだな、ちゃんと伝わってるよ。あーすごいすごい」

「分かればよろしい!」


 今ので満足なのか、と目を剥くナインだがユーディアはニコニコ顔だ。おざなりな褒め方で本当に喜んでいるようだ。意外と扱いは簡単かもしれないなとナインは彼女の評価をちょっとだけ上げた。好感度ではなく、軋轢ないお付き合いをすることが可能か否かの評価――要するにチョロいという意味で。


「それで? 私ばっかりに喋らせて、自分たちはどうなのよ? さっさと正体を明かしなさいよ」

「勝手に喋ったのはそっちだろうに」

「るっさいわね。そーいうのいいから、ほら。早く早く」


 しょうがないか、とナインは下手に隠し立てしないことを決めた。

 別段、秘密というほどでもないのだ。単純に自分に関してもクータに関しても、人に教えられるほど知っているわけではないというだけのこと。


 ただユーディアが(おそらくは彼女なりに)勇気を出して自身の正体を告げてきた以上、答えを濁すことはできないだろうと思ったのだ。これから共同戦線を張る仲間同士、多少なりとも信頼関係を構築するためにも。


「えっと、ユーディアって呼んでも?」

「構わないわよ」

「そうか。じゃあ、ユーディア。ホテルでも名乗ったけど、俺はナイン。お前さんと言い合いをしていたのが同行者のクータ。本人はペットだなんだと言うかもしれないが、あまり気にしないでほしい」

「いやすっごい気になるんだけど。ペットですって? この子が?」


 ユーディアの訝しむ気持ちは、ナインとてよくわかる。一見普通の人間の少女にしか見えないクータを己がペットなどと吹聴する勇気は彼女にもなかった。

 ただし見かけが少女であってもクータはどこにでもいるようなただの女の子ではないのだから、そこも説明しておくべきだろう。


「そうは見えないだろうけど、クータはたぶんバードマンだ」

「へえ、バードマン。珍しいわねこんなところに――って、たぶん? たぶんって何よ? ちょっと、あんたのこと話してるのに、なに他人事みたいな顔してんの? 自分の種族くらい分かるでしょ? 教えなさいよ」


「しらなーい。クータ生まれたときのことなんか覚えてないもん」

「……あっそ、じゃあもういいわ。それであんたは?」


 はぐれか捨て子か、何かしらの事情があるのだろうと推測したユーディアはそれ以上追及することもなく、ナインへ質問の矛先を移した。しかし彼女から返ってきたのは、クータのそれよりも納得のいかない答えであった。


「俺か? 俺は人間だ」

「はあぁ?」

「嘘じゃない。俺は人間以外の何かになった覚えはないからな」


 堂々と、弁解するでも誤魔化すでもなく素の調子で言ってのけるナインに、ユーディアは目を細める。


「そのフードを取って、顔をよく見せてみなさい」

「ん、いいけど」


 言われるがままに素顔を晒すナイン。現れたるはその造形。


 繭のように繊細で透き通るような白髪。白磁がごとき穢れを知らない美しい肌。不思議な魅力を放つ薄紅色の瞳。小高くも小さくいじらしい鼻に、その下でぷくりと膨らむ桃色の唇はとても愛らしく、誰しもが思わず触れたくなってしまうだろう。彼女は少女らしい可愛らしさの中に、どこか妖しい色気までも兼ね備えている。


 総じて整いすぎている――これではまるで作り物だ。


 人を魅了するために自然と美麗を帯びる吸血鬼の容貌すら超える、異常を超越した極限の美。

 ユーディアでさえも一瞬、息を止めて彼女に見惚れるように凝視し、すぐに我に返った。

 吸血鬼としての矜持が他者、それも自分よりも背丈の低い子ども相手に敗北を認めるような真似を認めなかったのだろう。


「ぜっっっったいに! 嘘だ!! あんたが人間なわけないでしょう!」


 ユーディアの腹の底からの絶叫が山間にこだましていった。



◇◇◇



 フールトの調査隊が一日近くの時間をかけて移動する距離を、ナイン一行は二時間で踏破した。それも真正面から挑んでは百頭ヒュドラが街を目指して移動を速める危険性がある――これはホテルを出る際にカラサリーから注意するように言い含められていた――ということで、背後から接触するために大回りで移動したにもかかわらず、だ。


 急ごうと思えばもっと急げたのだが、ユーディアの性格が賑やかなために思いのほか道中が盛り上がったのだ。

 彼女のお喋りのせいで移動速度が落ちたと言い換えることもできる。


「いやー……でっかいなあ。近くで見たら迫力がすごい」


 百頭ヒュドラを間近から眺めた感想である。

 デカい、すごい、くらいしか言える言葉がないナインに、ユーディアは鼻を鳴らす。


「あらぁ? 臆したのなら、下がっていることね。怪獣退治は私一人で十分なんだから」


 元から単身で挑むつもりであった彼女は二人の助力など必要ないと本気で思っている。

 その自信満々な態度からナインはそれを感じ取りつつも、じゃあ任せようなどとは思わない。


 彼女だけにヒュドラの相手をさせる事態を防ぐべくこうしてついてきたのだから、ここで自らの足を引かせるわけにはいかないのだ。


「三人でやろう。でもまあ、どのみち個人プレーにはなるだろうけどさ」

「当然。ついさっき知り合ったばかりで息を合わせて戦えるはずもないでしょ。私は好きにやらせてもらうわよ」

「それがいいな。こっちはこっちで自由にやるさ」

「せいぜい私の足を引っ張らないでよね」


 憎まれ口をたたいてユーディアは離れていった。わざわざ二人から距離を取るあたり、本当に個人で勝手にやるつもりのようだ。まあ、構わない。ナインも無理に足並みを揃えるつもりはなかったし、そもそもそれは不可能だ。


 ナインとクータですら、隣に並んで戦おうとは思っていないのだから。


「クータも行ってきていいぞ。ただし、くれぐれも油断は禁物だ。ヒット&アウェイを忘れるな。攻撃と離脱は常にトップスピードで行うこと。はい、復唱!」

「全力で殴って全力で逃げる! それを繰り返す!」

「……うん、間違ってはいないな。よし行け!」

「りょうかい!」


 ばさりと背中から赤い翼を出現させたクータは、射出されるような勢いで上空へと飛び立っていった。地上に残したナインを置いてぐんぐんと上昇し、山のような巨体のヒュドラの頭上へと到達する。


「……おっきい」


 見下ろすクータは標高こそ勝っているものの、百頭ヒュドラとは小動物と巨象ほどのサイズ差がある。下からではよく見えなかったヒュドラの無数の頭部も、そのひとつひとつが大蛇である。口を開けばクータ程度ならばくりと一口で咀嚼できてしまう大きさ。これだけ体長で上回られてしまえば、攻撃手段など皆無に等しい……普通であれば。


 クータは怯まない。相手の巨大さを実感して驚きこそすれ、むしろ未知なる強敵を前に気合を高めている。


 彼女にはサイズ差をものともしない火力が備わっているのだ――故にクータに迷いはない。


「爆炎!」


 クータの全身を炎が包む。傍から見れば自爆にしか見えないが、自分の炎に焼かれるような無様を彼女は犯さない。これは純然たる『本気の一撃』、その前準備である。


「キ――――ック!」


 灼熱が瞬いた。


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