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431 我が愛すべき友よ、妹よ

 キラリと宝玉が輝く二種類の聖具――杖と槍。振るわれたそのふたつをまとめて防ぎ止めながらも、カマルは険しい顔で眉根を寄せていた。


 襲撃をかけてきたのは彼女にとってもよく見知った人物だった……その正体はジーナ・スメタナ。治安維持局に務めている、カマルが幼き頃からの知り合いでもある鳥人少女だ。


「なんのつもり? 今……あの雑魚ゴミを庇ったように見えたけど」

「無辜とは言わんが守るべき命だ……! カマル! お前今、本気で殺すつもりだったろう!」

「当然」

「……!」


 歯を食いしばったジーナが思い切り『聖杖』と『聖槍』を振り抜く。カマルの防御を突き破ろうとしたが、しかし一瞬早く彼女は腕から力を抜いて雷速の速度でジーナから離れた。数メートルという間合いで宙に浮かぶ両者は互いを見やる。


「『守るべき命』……アレ・・が? アレは維持局の……都市の敵なんでしょう? 私はジーナに協力してあげてるのに、どうしてジーナは私の邪魔をするの。……いつもそうだ。お前は私のやることなすことが気に食わないんだ」


「そうじゃない! 私はただ……お前を止めたいだけだ。無理ばかりして生き急ぐ――死に急ぐお前に、立ち止まってほしいだけなんだ! ……それに、今のお前はどう見ても変だ。魔力が不自然なまでに荒々しい。目付きも、話し方もおかしい……まるで」


 まるで「あの日」の直後のカマルに、戻ったかのように。

 ただしあの頃よりもよっぽど凶悪な気配を纏っているが――。


「悪党には容赦をしないカマル・アルだ。ただしそれでも罪に応じて与える罰の度合いを調整する程度の冷静さは常にあったろう。殺しにでも手を染めない限りは、犯罪者相手だろうと必要以上に痛めつけることなんてしなかった――なのにさっきのお前は! 躊躇いなく監査官シィスィーの命を奪おうとしたな!」


 安易な殺生。それがどんな悲劇を生むのか、彼女はよく知っているはずなのに。

 彼女こそが痛切なまでに知っているはずなのに――いったいどうしてしまったというのか。


「『なんのつもり』はこちらのセリフだぞカマル……! 罪人だろうとお前が始末してきた事例はこれまでだって大問題! そのうえ! 死罰に値しない者にまで手をかけようとするなど――言語道断だ! そんな横暴を、私は許しはしない!」


「お前の許しなんか……いるもんか」


 返事というよりも独り言のように呟かれた言葉。


 それがジーナの耳に届くよりも先に、カマルの周囲に雷芯が無数に生じた。それらは一目見ただけではとても数え切れないような量であった。


「『雷門・連盤飛雷芯』」

「!」


 整列してジーナを捉え向いた雷芯が、を吹く。ただし撃ち出されるのは弾丸ではなく雷撃。まるで機関銃のような勢いで連続して雷が発射される――速さも弾数も凄まじい。こんなものを回避できる者なんてそうはいないだろう、けれども。


「――フッ」

「!?」


 躱せるはずのない連射をジーナは躱してみせる。雷弾がひとつも当たらない。しかも、余裕だ。悠々と翼を動かし、優雅なまでに。しかしてその実ジーナは恐るべきまでの飛行速度でカマルの周囲を飛び回って旋回している。


「その速さは……?!」


 つい先日、彼女の一層増したスピードに驚かされたばかりだ。それからまだあまり日数も経っていないというのに、今のジーナはあの時よりも目に見えて速い。速度そのものよりもいっそこの進歩の速さにこそ瞠目させられる――こんなことはまずありえない。


「それがありえるんだよ――時間はごく限られてしまうがな!」


 雷弾の雨を回避しながらカマルへと迫る。わざわざ自ら近づいてくるジーナに対し、カマルもまた接近。飛び道具が当たらないのなら、至近距離から直接当てればいいのだ。


「『雷門・雷咬』!」


 雷で形成された獣のそれを連想させる大顎がジーナを噛み潰さんとする。そこでジーナは左手に持つ杖を目の前に掲げた。


「守れ、『聖杖』!」


「!」


 ジーナを包み込む守護の力。『聖杖』の持つ能力――所持者をあらゆる害から守る絶対の防護が働き、雷の牙も文字通りまるで歯が立たない。そのことに再度大きく目を見開いたカマルへ、ジーナはすかさず右手に持つもう一方の七聖具を振るった。


「貫け、『聖槍』!」


「……!」


 疾風を超える速度で突き出される槍。しかもそこには破壊のエネルギーが満ちている。その突破力は計り知れず、やけに力強さに溢れたジーナ自身の奮発も相まって、咄嗟に雷の盾を作ったカマルだったが受け切ることができずに弾き飛ばされた。


「なんなの、このパワーアップは……!?」


 とうに『真化』を始めている自分にも追い縋ろうというジーナの思わぬ飛躍的な成長。大きく差をつけたはずの相手が、すぐ後ろから手を伸ばしてきている事実にカマルは戸惑わざるを得ない。



「七聖具の力、『だけじゃない』なこれは……! いったいどこで何をしてきたの、ジーナ!」



「ふ……流石にわかるか。そうだカマル、お前の見立ては正しい。今の私は私だけの力で戦っているわけではない――この身は街一番の強力な追い風を貰っている状態だと打ち明けよう」


「追い風……?」


「ここに来る前、我が師匠であるゼネトン・ジンから『風門・風走り』をかけられたんだ。私の力が急激に増したように感じているのなら、そのおかげだろう」


「【風刎】からだって……!」


 直接言葉を交わした経験は数えるほどしかないが、同じく『神逸六境』として【風刎】ゼネトンのことはカマルもよく存じている。彼の持つ術師としての破格の才能もだ。そんな彼が昔、生活面でも鍛錬面でも面倒を見ていたのが身寄りのいない天外孤独な鳥人だったジーナだ。彼女は十歳になるまでゼネトンに師事し、その一年後には見習い局員としてクトコステン治安維持局の一員となっていた。


 彼女が局員を目指したのは、どんな組織にも肩入れせず無所属ながらに自らの矜持に則って街を守るゼネトンの生き様を間近で見つめ続けたことが、きっと大きく関係しているはずだ。憧れを持ちつつも無秩序な飛び方をする彼を反面教師としてジーナは真っ当な立場を得るべく局員になることを選んだ――そのせいで自分は迷惑を被ったのだ、とカマルは考えている。


 なまじ正当な立場と権力を持ったことで、昔から何かと口うるさかったジーナは堂々とカマルを取り締まろうとするようにまでなった。彼女が局員として本格的に活動を始める頃にはカマルもまた頭角を現し、『神逸五境』が『神逸六境』となって――要するにそれだけ派手に悪党成敗に明け暮れていたわけだが――目立つようになっていたので、元から対極的、というより対立的・・・だったカマルとジーナが現在のような関係に陥ることはある意味で自明の理でもあった。


 どこまで行っても平行線。決定的に反りが合わない幼馴染。


 一時期は最も仲の良かった友人・・・・・・・・・・を前にして、カマルはもう彼女を友達などとは思っていなかった。



 ――カマルにとってジーナは面倒な相手でしかなかった。



 これまでは確かにそうだったのだ……ただそれだけの相手でしかなかった。


 しかし、今は。


 切望した『圧倒的な力』を、待ち望んだ到達の日をようやく迎えようとしているこの時にまで、小癪にも【風刎】や七聖具から力を借りながら立ちはだかろうとする少女に対して、思うことといえば――。



「……お前は否定したけれど。私は、お前が気に食わないよ」



「!」


「昔からそうだった。そして今はもっと。我が物顔で他人の力を、アイテムの力を振るうお前に、失望までした。ゼネトンにある矜持がジーナにはないの? 立場はあっても、じゃあ強者が持つ誇りは? 獣人は普通、他人の力なんて当てにしないし、武器にだって頼らない。ましてやお前が使っているのは都市所有の宝具がふたつ――どんな神経をしていたらそんな恥知らずな真似ができるのか、本当に理解に苦しむよ」


「……なんとでも言うがいい。全ての罵詈を甘んじて受け入れようじゃないか。それでもいい――お前からどう思われようとも構わない。人から借りた力を、七聖具がもたらす力を、我が物顔だろうと使ってみせて! それでお前を止められたのなら、私はそれだけでいいんだ!」


「くだらないな……人のためみたいな顔をして私の手を掴む、お前が! いつだっていつだって、苛立たしくてしょうがなかった! 初めから家族を持たなかったくせに、目の前でそれを失くした私へ! 訳知り顔で同情してくるお前が、お前が、お前が――私の全てを見え透いたもののように見つめるその目が! 私はずっと、心底から気に食わなかったんだ!!」


「カマル……!」


 間違いのない本音の吐露。


 現在のカマルは明らかに平常ではない。何が原因かはまったくもって不明だがとにかく何かがあっておかしくなってしまっていることは確かだ――しかしそれでも、彼女が吐き出すその言葉は、長年に渡って積もり積もった本物の怒りと恨みであることが……ジーナにははっきりとわかった。


 心が、痛む。


 油断すれば涙を流してしまいそうなほどに、激痛が胸に走っている。


 やはり彼女カマル自分ジーナを嫌っている。肝心な時に傍におらず、その後は彼女のしたいことを、行きたい道を遮ってばかりいた自分だ。それがいくらカマルのためを思っての行動であったとしても、そんなことをしていたら苛立たれて当然だ――恨まれて当然だ。


 ひとつ年下の、幼馴染で、妹分で、親友だったはずの少女。


 彼女が今、本気の殺意まで感じさせる瞳で自分を睨んできていること。


 そんな視線に晒されたジーナは、まるで心の奥にある大切な部分に刃を突き立てられたような切実な痛みを覚えて……しかしそれを態度に表すことなく、努めて平生の様を装った。


 ――嫌われていることなんて、とっくの昔から知っていたことだ。それでも構わないと、むしろ嫌われてこそなのだと覚悟だってしていたじゃないか。



 たとえ憎まれてでも。


 両親の死という過去に縛られたままでいるカマルを――先のない未来へ進もうとする彼女の手を引き、「そっちへ行くな」と止めてやるために。


 自分はこうしてここにいて。

 彼女の前に……立ち塞がっているのだから。



「……来い、カマル。久々にお互い遠慮のない喧嘩・・をしようじゃないか。お前は一度だって私に勝ったことはなかったがな」


「昔の話を偉そうに……!」


「ああ、もう遠い昔のことだ。とうに実力で追い抜かれてしまっていることは知っている――だがそれでも! 今回の勝負もまた、私に華を持たせてもらおう!」


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