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429 【風刎】ゼネトンvsNo.7センテ

「おじょっちゃん……いったい誰だい? 気配がさっきまでとは、まるで別人じゃん」

「いいえ私は私。引き続き強化人間アドヴァンスのセンテよ。ただ少し、さっきまでと違っていることと言えば……箍を外した・・・・・という点かしらね」

「箍を……外しただぁ?」


「そう、こうなった私はもう考えることもなくもあなたを打ちのめせる。――いえ、より正確に言うなら……あなたを打ちのめすことしか考えられなくなる!」


「!」


 語られる内容の真意について訝しむ暇もなく、センテが距離を詰めてきたことで鳥人対強化人間の戦闘の幕が上がる。


(っ速い! そして無駄ってもんがねぇ……!)


 先ほどの反応速度とは雲泥の差と言っていいほどに、今のセンテは素早かった。それはゼネトンを相手にも易々と己の間合いにまで持ち込んだことからして明らかであろう。


 ――その秘密の種は専用装備『正拳』の機能、自己洗脳にある。センテの拳を覆う黒籠手はただ殴打の威力を高めるだけに留まらず、強敵と介した際に内部に仕込まれた針が彼女の手に刺さることで体内のナノマシンへ命令を下し、アドヴァンスナンバー7センテをより戦闘に適した兵器・・へとして仕立て上げる驚異の技術が仕込まれているのだ。


 普段はたとえ、どれだけ怒りを覚えようとも本気では人や物を殴れないセンテが、躊躇なく殺意に満ちた拳を敵へぶつけられるようになる。


 それだけでも戦闘時における恩恵は計り知れないが自己洗脳には更に、センテの動作性を単純に強化したうえで精密性についても洗練させる効果も含まれる。『正拳』の機能をオンにしている状態のセンテは仲間内の年少組からも――ドナエ・クワイス・シィスィーという部隊内でも特に騒がしい三人組のことだ――鬼ばばあと呼ばれ揶揄され……もとい、慕われつつも大いに恐れられているほどだ。


 そして現在のセンテは自己洗脳機能を百パーセントにして発動している。意識の全てを目の前の敵の殲滅にのみ傾ける、言うなれば深度最大の『戦闘モード』。怪物少女ナインが無意識にやっているそれを彼女は意識下でより効率的に行えるということであった。


「く……きちぃな!」

「こんなものかしら!? 鳥さん!」


 殴る殴る殴る殴る殴る――連続で殴り只管に殴り執心の殴り。足技を織り交ぜることもなく純粋に両の拳だけで攻める。最深状態のセンテの連打は苛烈の一言だった。ゼネトンの負っている傷が浅くあればまだしも戦況だって変わっていたのだろうが、今の彼は相次ぐ戦いに体はボロボロ、大技を何度も使ったことで魔力残量も僅かというかなりの崖っぷちにいる。そんなコンディションでもどうにかセンテの拳を捌けているのはさすが『神逸六境』といったところか。しかし打ち漏らしが出ることはどうしても避けきれず、たびたび手痛いのを身体のあちこちに貰ってしまう。


 必死に対応するゼネトンとは対照的にセンテは怒涛に攻めながらもその表情はそら恐ろしいまでに無味であった。

 ただし様相からは内心を読み取れずとも、彼女の無表情には強い憤りというものが感じられる――平時のどちらかと言えば穏やかなセンテを知る者からすればいっそ戸惑いを抱くを程に、現在の彼女は『怒り狂って』いる。


 発奮。

 ゼネトンに任務を妨害されて生じた怒気が、『正拳』によって際限なく高まっている。

 ドーパミン、アドレナリン、エンドルフィン――脳内物質の大量生成による戦闘欲と全能感。

 怒りをエネルギーとして眼前の敵をただ打ちのめすことだけに快感を抱く戦闘マシーンが今の彼女だ。


 深度最大洗脳で『正拳』が導くままに、思うがままにセンテは技を放つ。



「脳死殺法――『正拳衝き』」



 それは直線的な打撃。工夫の凝らされていない正真正銘ただの正拳突きだった――がしかし、それ故に速く、それ故に真っ直ぐに。『正拳』によって迷いなく最短距離を突き進むセンテの拳への対処が、今のゼネトンには間に合わなかった。


「ぐぁ……っ!」


「……!」


 ど真ん中に命中。くの字になって今度はゼネトンのほうが吹き飛んでいく。洗脳によって考えるともなく導いた相手を打倒するための最適解はきちんと結果を出してくれたが、けれどそれをなしたセンテの顔にはなお無味乾燥な怒りが滲んでいる。


 彼女の予感は正しく、食らえば人間だろうと獣人だろうと関係なしに一発ノックアウト確実な拳打を浴びたはずのゼネトンは……それでもすぐにすっくと立ち上がってみせた。


 そのことを確かめて目付きを鋭くさせたセンテは、何を考えるよりもまず再度距離を詰め直そうと強く地面を蹴った。


「やっぱりね。手応えが妙だったわ。当たる瞬間に自ら跳ぶことで――いえ、『飛ぶ』ことで衝撃を逃がしたのね。器用なことするわ。さすがに身軽みたいね、鳥人!」


 駆け寄った勢いのままに腹を目掛けてフック。しかしゼネトンの肘がそれを防いだ。


「動きもばっちり。業腹なことに私の技はまったく効いてなかったようね」

「へっ、冗談言うなよじょっちゃん。滅茶苦茶効いたっつーの!」

「嘘を――おっしゃい!」


 ボディから顔狙いに切り替えたセンテの連拳をギリギリのところで躱していく。右、左、スウェー、たまに混ざる胴体への拳もきっちり防ぐ。だが如何にゼネトンが頑丈な肉体を持とうとも蓄積したダメージを抱えたままで凌げるほど『正拳』装備のセンテの一打は軽くない。


 みしりみしりと、避け切れず受けるたびに体中が悲鳴を上げている。


 殴られた部位だけでなく全身が、だ。


 いよいよもって己の限界が近いことを、必要もないのに親切なことに肉体側が激痛でもって教えてくれているのだ。


(とっくにいっぱいいっぱい。そりゃ誰よりも自分こそがわかっちゃいるさ――だがジーナを送り出した手前、俺がここであっさり負けちまうわけにゃいかねぇだろうがよ!)


 ここで自分が敗北すれば、この恐るべき戦闘マシーンはジーナの後を追いかけるだろう。

 どんな手を使ってでも彼女が持つ『聖杖』を奪取するはずだ。

 そうしてジーナがすべきことを、センテは台無しにしてしまうだろう。



「そうは、させられねぇんだヨ……! 今のあいつを邪魔するのは――俺っちが許さねぇじゃん!」



「……!」


 もはやまともに風術も唱えられないほど魔力残量が心許ないゼネトンは、なけなしのそれで身体強化のみに努めていた。そうしてやっていたことと言えば亀のようにひたすら守るだけ。ただただセンテの拳の雨を耐え忍ぶばかりだった――だがそれは打つ手なしで取った苦肉の時間稼ぎなどではなく。


 彼はきっちりと勝利を狙っていた、勝機を計っていた。

 諦めてなんていなかった。



 ――全てはこの一瞬のために。



(私の攻撃を、見切った……!?)


「パターンがある! そのゾッとするほど機械的な戦い方にゃ参っちまったけどよ、それでも行動の基はあくまでじょっちゃんの無意識での思考・・じゃん!?」


 右拳を逸らしてやる。続いて左拳も弾く。この戦闘が始まって以来初めての完璧な防御。どう殴られるかを予めある程度読めていたからこそ可能となる万全のブロックによって、センテはあえなく隙を晒すことになる。そしてゼネトンには――、



「鳥人体術――『超重拳』!」


「!?」


「『頑狩打ガンガルダ』!」



 風術を封じられたとしても使える、鳥人族に伝わる秘伝の体術があった。


「がっ、は……!」


 鳩尾を抉り込むゼネトンの打突。ジャラザに放った『金剛一打コンコルーダ』に比べ重みでは劣るが、その代わり速く鋭いこの一打。

 それが急所に当たったからには『あらしま』を耐えるような相手でも到底無事ではいられない。


 ――はずだった、のだが。


「なっ……マジかよ!? じょっちゃんはどこまで……!」


「――人間離れしているのか、とでも言いたい? ええ、ご慧眼……だって私は『アドヴァンス』。もうとっくに、何年も前から普通の人間なんてやめているのよ」


 見る者によっては毒々しくも映る黒い血を多量に口から吐き出しながら、それでも表情を変えず、膝もつかず……自らの両の足でしかと立ったままでセンテはファイティングポーズを取った。


「続けましょうか、ゼネトン・ジン。血反吐を吐く勝負なんて普段だったらご免だけれど……洗脳状態いまの私にとってはそれも悪くない。必ずこの拳で、あなたを打ち砕くと予告するわ」


「――へへっ。まったく今日は、只人の嬢ちゃんたちにゃ度肝を抜かされてばっかりだナ! ああでも、確かにこんな日もたまには悪くねぇさ。決着をつけようじゃんか、若き武闘家ちゃん――ただし勝つのは当然、俺っちなんだけどよ!」


 どちらもいつ倒れてしまってもおかしくないような傷を負いながら、されど闘志はより軒昂に高まって。


「……!」

「……!」


 同時に動いた強化人間の拳と天才鳥人の拳が、交錯した。


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