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422 竜人ガスパウロvs怪物少女

 激突。

 少女の拳と竜人の掌が正面衝突する。


 両者のパワーはまったくの互角――かに見えたが。


「ハァアアアアァッ!」

「なにっ――!」


 ナインの気合の叫びが上がり、様子は一変。その全身に白いオーラが満ちる。騒めていた頭髪が重力に逆らうように奇怪に蠢き、深紅の眼はより強く光り、眩いまでの輝きを放つ。


 変化は外見だけでなく――力量にも表れた。


「てめえ相手に容赦はしないと決めた。端っから『覚醒モード』でいくぞ――うらぁっ!」

「ぐぅ、なんだとっ!」


 今の今まで拮抗していたのが嘘のように、一瞬でガスパウロが腕力勝負に競り負ける。

 これはクータとクレイドールが各々強化術を行使したうえで二人がかりで臨んでも叶わなかったことだ。


 己が力負けすること。


 あり得るはずもない事態が現実に起こり、ガスパウロは目を見開き――胸板に途轍もない衝撃を受けて吹っ飛んだ。ナインの旋回式ドロップキックが炸裂したのだ。


 先を上回るような桁外れの蹴りの威力に、さしもの【崩山】も地に伏せる。巨竜人ガスパウロからダウンを奪う。これもまたクータにもクレイドールにもできなかったことだ。それを単身成し遂げてしまうナインはつまり、それほどまでに逸脱しているということになる。


 当然、それだけかけ離れた強さを持つ彼女がガスパウロを地に寝かしただけで満足するはずもなく。


「おぉおおおおおっ!」


 大きく跳び上がり、そして急降下。垂直落下の軌道で飛び蹴りをガスパウロへ叩き込む。「ぬぐっ……!」と同じ個所にまたしても蹴りを受けてガスパウロの呼吸が一瞬止まる。その下の地面には深い亀裂が走るが、彼の肉体はまだ無事だ――それを見て取ったナインは彼の体に立ったままでマウントを取ることに決めた。


「まだ沈むなよ、もう一発だ!」


 顔面目掛けて下段突きを放とうとするナインへ、ガスパウロは。


「舐めるな武闘王――『竜皇砲』!」

「!」


 突如としてガスパウロの口から魔力と竜気による熱線が撃ち出された。発射口の正面にいたナインは、それを避けようもなく食らってしまう。


「づっ――、」


 少女の上半身がエネルギー砲に覆われ、後方へ吹き飛ばされる。


 直撃だ。これだけで戦闘不能には陥らずとも、手痛い負傷はあったはず。

 と、起き上がったガスパウロが手応えを感じながら少女の怪我の度合いを確かめれば。


「! なん、だと……!」


 思わず呻く。

 見つめる先に立つ少女に――傷はなかった。


 『竜皇砲』が当たったことは間違いない。実は避けられていただとかなんらかの術で身を守ったというわけではない……それは綺麗に消し去られた少女の上着が証明している。半裸になる被害はありながらもしかし、少女本体に一切の怪我はなし。どころか鬱陶しそうに埃を払うかのように自分の体をはたいてまでいる――言うまでもなくその仕草から身体の不調はまるで感じられなかった。


「しゃらくせぇな。また服がなくなっちまったじゃねぇか」

「しゃらくさい、だと!? 貴様、『竜皇砲』を食らっておきながら……!」

「ちったぁ痛かったぜ。だけど今はそれ以上に、腹の内のほうが煮え滾ってるんでな……こんなもんで俺が止まると思うなよ!」

「!」


 鬼のような形相となったナインが迫ってくる。ガスパウロは咄嗟に『竜化ドラゴナイズ』によって生えた竜の尻尾を武器として使った。まともに動かない左腕を庇うように竜尾を振るう――側面からきたそれをナインは腕を上げてブロックした。


 一般人であれば四肢がまとめて千切れ飛ぶような威力の尾打を難なく防ぐ少女は流石と言えるだろう。しかし、これはガスパウロの狙い通りの展開であった。


 足を止め腕を使用している今のナインはつまるところ無防備である。その隙を逃さずガスパウロは叩く。小技で牽制し、大技で仕留める。戦闘の常套手段を今、かの【崩山】はまるで一介の戦士のように利用していた。


「『大・燗龍槍』!」


「……!」


 少女の小さな体に今度こそ掌打がぶつかる。めきめきと全身からも足元からも音を立てて――ぐっと踏み堪える。逆らわず衝撃に体を流されたほうが楽なところを、あえて少女は立ち向かっているのだ。両足を開き絶対にその場から動かされぬように踏ん張る。


「馬鹿な、これすら耐えるだと! いったい貴様は……どれほどに!?」


 まともに打ち込んでも倒せない。僅かに退かせることすらも叶わない。その事実に揺らがぬはずの巨体を揺るがせ、【崩山】は苦渋の声を上げた。だが怪物少女はそんな悲鳴にも似た訴えになど聞く耳持たず。


「おぅら――よっ!」

「ぐうぁ!」


 ガスパウロの腕を掴み、振り回す。まるで先ほど彼がクレイドール相手にそうしたのと同じように、今度はナインがガスパウロをその巨力によって弄び……そして落とす。力一杯に地面に叩き付けられた【崩山】は半身をめり込ませながら並々ならぬ苦痛によって呼気を零す、そこへ更なる追撃。



「『落下超拳破ノック・ダウン』!」



 上空から降り落ちてきた拳圧によってガスパウロは更に地の底へ押し込まれる。このまま土葬でもしようかというような勢いに、彼はおそらくそれがなんの比喩にもならないであろうことを地中で悟った。


「ぬぅうおおおおっぉあおおおおあ!」


 全身に力を入れて、土を撒き散らしながら立ち上がる。そして眼前に立つ少女へ全霊での攻撃を仕掛ける。


「はあっ――『龍突穿』!」


 指先へ込めた竜気を振り抜く。迸った細く鋭い一線が高速度でナインを撃ち貫き、その身を震わせた。


「ぐ……っ、」

「『竜魔轟撃』!」

「……っ!」


 すかさずガスパウロの咆哮が炸裂する。【天網】メドヴィグ・ドーグが得意とする威嚇の咆哮そのものを技とした『咆哮搏撃』にも類似するこの術。あちらが獣人としての肺活量や威圧感を活かしたものだとすればこちらは竜人としての強みを活かしたものだ。


 声に乗せることで目に映らぬ魔力と竜気の衝撃が相手を叩く。音として波及するこの一撃は近距離では回避しようがなく、また一度浴びてしまえば肉体の外にも内にも尋常ではない激痛が生じる凶悪な技でもある。それを『龍突穿』によって竜気で刺し貫かれた直後に食らった怪物少女は――、



「しゃらくせえと……言ってんだろうが!」



「なっ――ぐはぁっ!」

 お返しの一発。絶倒の意気込みで繰り出した技を確かにその身に受けたはずなのに、決して怯みも弱まりもしてくれないナインからの返撃はあまりに重くて。


「う、く……こんな、ことが……!」


 もはや立っていられないとばかりにがくりとガスパウロが両膝をつく。それが自らの意思に沿うものではないことは彼の表情を見れば明白だ。つきたくて膝をついているわけではないのだ。そうしたくなくともそうせざるを得ないというだけで――肉体が言うことを聞いてくれないというだけで。


 歴然たる力の差。


 同じ逸脱者などという考えがどれほど的外れであったかをガスパウロは痛みで学んだ――教えられた。


 力の質が違いすぎる。


 逸脱どころか、超越している。


 【崩山】などと呼ばれ、強種族の獣人からも遥か見上げられる側であるはずの竜人たつ自分が、まったく歯牙にもかからないほどに。


 そんなことがあっていいはずはないのだ。見下されるなど竜人としてのプライドが許さない……だが実際、少女はこうして立っている。


 立てないでいる自分の目の前で、こんなにも堂々と――王が如くに君臨しているではないか。


「過激派の組織……『ファランクス』のほうで聞かされていたぜ、あんたの噂もよ。滅茶苦茶強い、私刑好きの危ねー奴だってな」


「! ……、」


「連中の言うことだと思って話半分にしか聞いちゃいなかったが、まさか本当に噂そのままだとはな……。あぁ、謝らなくていい。悔やむことだってしなくていい。俺はただ――傷付けられたあいつらの分、お前をぶちのめすだけだ」


「――やるなら、やれ。だが俺はまだ、終わってなどいないぞ……!」


「いいや、てめえはとっくに終わってるのさ。俺の怒りを買ったその時点でな……!」


 最後の力を振り絞って立とうとする【崩山】を冷ややかに見つめるナインは、彼の行動が終わるのを待たずに地面を蹴って。


「ふん!」

「――!!」


 その頭部に打ち下ろし蹴り。


 ゴキゴキ! と何かが砕ける音を残してガスパウロはその巨体を横滑りさせて沈む。


「かっ、は……、……っ、」


 辛うじてまだ息はあるようだが、重傷だ。おそらく重要な骨がいくつか折れてしまっているし、体力的にも限界が近い。竜化が本人の意思とは関係なく解けてしまっているのがその証左だ。


 竜人である彼がそれだけで命を落とすことなどないだろうが、けれどこのまま放っておかれたならば長く辛く苦しむことだけは確かだ。


 だが、ナインは。


「これでトドメだ」


 苦しませるだけで終わらせるつもりなど、少しもないようだった。正真正銘最後の一発を【崩山】へ打とうとしている。終わっているのだから、終わらせる。イクアに手を貸す度し難き竜人へ、仲間を殺しかけた許し難き悪党へ、怒りの下に正義の鉄槌を振り下ろすのだと……。


 ぐっと握りしめた拳を、明確な殺意と共に倒れ伏すガスパウロへ送り込もう――とした、その瞬間に。



「『爆炎』――」

「!?」

「『キック』!!」



 まったく予期せぬ、仲間からの攻撃・・・・・・・によって怪物少女のトドメの一撃は中断された。


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