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416 愛しているから

「コーンコンコン! ようやくわかったコン? お前の企みなんてものはとっくに瓦解してるんだコン! 『大監獄』にいる選りすぐりの悪人たちを解き放つつもりだったらしいコン? そしてただでさえ混乱の渦中にあるこの街を更なる混沌へ叩き落す腹積もりだったコンね――だけど! そんな碌でもない行いをあね様が許すはずないコン! 『大監獄』は既にあね様の手によって攻略済み――否、籠絡・・済みコンね。もうあそこにお前が自由に動かせるような獣人は看守側にも囚人側にもいやしないコン……つまりはイクア・マイネス! お前にはもう、これ以上の狼藉なんてできっこないってことだコン!」


 高らかに宣言する狐人童女のルゥナ。その姿を見て、イクアは「たはは」と苦笑気味にした。


「なーんだかそうみたいだね。いやー、見事見事。まさか『大監獄』のほうまで抑えられてるなんて思わなかったなぁ……。本当、どうやったのかな? どこから計画が漏れてたのかちっともわかんないんだけど?」


 素の様子で不思議がるイクア。

 それも当然だろう、そもそもこの計画を知る者は極端に少ないはずなのだから。


 イクアは『交流儀』に事を為すと決めてから今日まで、数々の仕掛けを用意してきた。市政会にも入ったし革命会にも接触したし、計画を練りつつ人の入れ替えや呼び込みを密かに行って、当然そのすべてにおいて彼女の行為は様々な人物の目に触れてはきたが、処理は万全だった。


 必要ないと思った者はすぐ人形にして、そうでない者――例えば会長ルリアとその付き人であるイーファなどがそうだ――も決してイクアが何をするつもりでいるかという深い部分にまで精通していたわけではない。悪行を目撃してはいてもその先までは教えられていなかった。


 畢竟、計画の大掛かりさに比べるとイクアが真に情報を共有する人間は数が極端に限られており、ドックやキャンディナ、そして革命会側の協力者にして計画の大元となった人物であるリック・ジェネスを除けば他には誰にも知られていない――はずだったのだ。


 特に『大監獄』にまで手を伸ばすというイクアらしい欲の張り方は計画発起人であるリックにまでも(わざと)知らせていなかった事実であり、要するに何が言いたいのかと言うと……漏れるはずがない・・・・・・・・ということ。


 どこからどうやって知られていたのか、イクアは予想すらもできない。

 何せ情報源はドック、キャンディナ、自分自身のたった三名。

 そしてこのうちの誰もが他人にうかうかと計画について教えるような愚行は犯していないとイクアは断言できる――そんな真似を一番してしまいそうなのが他ならぬ自分であるので余計にだ。


 街を動かす両会を跨ぎまだしも関わる獣人が多く、必然知られる機会もあっただろう人形化や爆弾化のほうはともかくとして、ただでさえオープンさ皆無かつ着手においても実質イクアが単独で行っていた一部看守の懐柔という作業、そしてその狙いが当然のようにバレてしまっているのはいったいどういうことなのか、と。


「うーん……? 謎だなぁ」

「コンコン!」


 心から困惑するイクアのそんな心境を正確に読み取ったルゥナはますます得意になる。イクアにはわかるはずもない。何故ならこうなったのは単なる「偶然の積み重なり」でしかないからだ。


 イクアの邪魔をしようと初めから意図していたのではない。この都市を訪れたのも、ルナリエが『大監獄』へ人知れず忍び込んでいたことも、そしてイクア・マイネスという存在に辿り着いたことも。


 それらは全部偶然なのだ――何もかもがたまたまそうなっただけ。


 しかしきっかけがなんであれ、イクアの計画を大雑把にも知り得た彼女たち一行は少しでも被害を少なくすべく行動を開始し、気取られぬよう抜け目なく準備をしてきた。そのために使える時間は少なかったしやれることもあまりなかったが、とにかくパーティの分散と『大監獄』を正常化することはできた。


 イクアが獣人たちに何を仕掛けたのか、その詳細についてまでは調べられずともたとえ何が起こっても対処できるようにと中央帯各所へパーティメンバーをそれぞれ配置したのは無論、リーダーであるルナリエだ。

 実際に事が始まって、その対応をどうするかという指示を下したのも現在『大監獄』にてイクアの仲間へ対処を行なっているであろう彼女だった。


 迷わず他者の手を借りることを選んだ彼女の采配によって――その人員を選出したのもルナリエである――今この瞬間にも混乱に暴れる獣人たちは強制的にその動きを封じられて数を減らしていっているところだ。


 ここまでやっても死人が増えることは止められない……中央帯は広すぎるし、獣人の数が多すぎる。誰が爆弾化しているか不明なせいで実質クトコステンの全獣人並びに会へ協力的だった僅かな他種族も捕縛対象となっているだけに、手が回りきるには相当な時間を要すことは言うまでもなく――それによって死者が増える。


 なんて酷く、惨いことをするのか。


 これらの一切は無論イクアが企てたことであり、できうる限り悲しみを増やそう、一個でも多くの痛みを生もうという彼女の邪悪な志が透けて見えるようだった。


 ――ルゥナは許せなかった。この街に思い入れがあるわけではないがしかし、一人の獣人としてこの少女が許してはおけなかった。


 故に勝ち誇る。


 始まりは偶然でしかなく、不特定多数の爆弾化という過去に類を見ないような事態にも対応できるだけの人材が多くいたのもまた偶然だったけれど、だから余計に素晴らしく思える。


 不確かであるはずの運命というものが、しかし確かに「この悪辣な少女を好きにしておくな」と告げてきているような気がするからだ。


 たまたまだからこそ、いい。

 単なる偶然によってイクアは大掛かりに用意してきた計画を台無しにされるのだと、そう思えば少しは留飲も下がるというもの。



「土台無理な話だったということコン。お前みたいな小娘・・がのさばれるほど世の中甘くないんだコン。悪いことやるにも才能がいるコン――こんなの無駄に手間がかかっている割には爪が甘すぎるコン。だからこうやって失敗をしたコンね。『まだ手はある』なんて得意げに言っていたさっきのお前は、ルゥナからすればとんだお笑い種だったコン! コンコンコン!」



 その事実を知らしめてやるためにせせら笑いを強調するルゥナ……だったが、その内心には態度ほどの優越感などなかった。むしろ逆に不快な思いを抱いているくらいだった。


 それは何故かと言えば。


「面目次第もないね! 面の皮が厚いとよく言われるあたしだけど、今回ばかりは厚かましくもいられないね……だって失敗してるのは事実だし? 無駄な手間をかけちゃったのも本当だからマジで反論が見つからないよー、うぇーん――……なんて、泣いたって許してくれないよね? なんだか下手に隠そうとしているみたいだけど、ルゥナもナインちゃんと同じくらい真剣に怒ってるもんねぇ?」


「! ……、」


 やはり見透かしてくる。自分を偽ることに関しては、姉のルナリエほど上手くはできなくともそれなりに自信のあった彼女だが、しかしその程度の演技力ではイクアに通用してくれそうにもなかった。こちらの心境を的確に見抜くうえに、物言いが逐一腹立たしい。それらのこともまた、ルゥナが心から勝ち誇れない理由ではあるが、それ以上に重要なのは。



 笑みが消えないこと。



 イクアが先ほどから変わらずニタニタと笑い続けていること――それがルゥナの癪に障り、そして気がかりでもあった。


「何がそんなに、おかしいコン」

「え? どうしたの急に」

「その笑顔の意味はなんだって聞いてるんだコン。用意した策はぽっと出のルゥナたちに潰されて、仲間が追い詰められて逃げ出している今。そんな状況に陥っておきながらお前は、どうしてそうやって笑っていられるんだコン!」


 悔しがるような口振りで、しかし楽しそうに。


 悔やむような口振りで、しかし嬉しそうに。


 現状確実に上に立っているはずの自分よりも、下にいるイクアのほうがよっぽど本心からの笑みを見せていることに、納得がいかない。


 いや、納得がいかないというよりもこれは――「気持ちが悪い」。それが何より正しい表現だろう。


 くりくりとした子供らしい目を精一杯険しくさせて睨むルゥナに、イクアは「んー」と少し考えてから答えた。



「どうして笑っているのかって……決まってるじゃん。あたしはルゥナを、ルゥナの仲間たちを……心から『愛している』からだよ」



「――――」


 絶句。そうとしか言いようがないリアクションを見せるルゥナに、イクアはまたけらけらと心底から愉快そうに声を上げて笑った。


 ちらちらと覗く少女の口内、揺れる舌の動きが、ルゥナにはとても気色の悪いものに思えた。


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