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413 高笑え化かし子狐

「あね様。あね様ねぇ……誰のことだかさっぱりだけど、とにかく君の言う『あね様』ってのが、あたしの邪魔をするように指示した人なんだって?」


「そうだコン! お前の野望は、ルゥナ麗しのあね様の采配によって潰えるコン!」


 ひとしきり啖呵を切ったルゥナは、ひとまず道に横たわる犬人少女を担ぎ上げた。少女はまだ幼く体も小さいが、ルゥナも体格の小柄さではまったく負けていない。これが普通の人間ならば同程度の背丈の失神者を抱えるにはかなり苦労するのだろうが、そこは流石の獣人にして冒険者のルゥナ・ルールナといったところか。軽々と肩に少女を抱え上げることに成功する。


「よっこいしょ……う、この子思ったよりも重いコンね」


 訂正だ。どうやらそう軽々というわけでもなかったらしい。


「ルゥナは肉体派じゃないから仕方ないコン――こんな風にぐったりした人が重たいのは当然のことコン。『弛緩爆化剤』……その名の通り、爆発だけじゃなくて体を弛緩させることで動けなくさせる。その指令もお前が念を飛ばすことで可能ということコンね」


「うん、そう。正確にはあたしっていうより、あたしの意思をリッちゃんが伝えてくれてるんだけど。あたしは機械じゃないから脳波で通信なんてできっこないからね。リッちゃんがいなかったら『弛緩爆化剤』もただの時限爆弾化の道具でしかなかったよ……それだけでも十分に使い道はあったけどね!」


「ふん! だけど武闘王ナインの持つ魔剣でリンクを切られたうえに、そのリッちゃんとやらもお前の補助に手一杯で、もう爆発の指令も弛緩の指令も出せないコン? これはとんだお間抜けだコンね――まあ。そうは言っても市民らを動けなくさせたところでお前にメリットはなかっただろうけど、コン」


「まーね。爆弾たちにはそうじゃない他の獣人たちと一緒に中央帯に散らばって暴れてほしかったからね。だからその犬人の子供みたいに、人質に使う用でもない限りは動きを封じさせたってあたしに旨味はないんだよね。特に今はもう、リンクだってないもんだからさ。あとは自然に爆発してくれるのを待つばかりってね」


 そこだコン! と肩に担ぐ犬人少女を支えているのとは反対の手で再度イクアを指差したルゥナ。


「お前がペラペラと喋ってくれたおかげで、ルゥナたちはどうやれば爆発を抑制できるか知ることができたコン。散らばった不特定多数の爆弾化した獣人をその他諸共無事に保護するには、場にいる全員を傷付けず即座に無力化することが必要になる――つまりは手荒じゃない広域制圧術・・・・・が必須となるということコン」


「そだねー。でもそんな術を使える人なんてそうそういないっしょ?」


「コンコン、それがいるんだコン。今、この街にはそれにうってつけの人材が揃っているコン! 『神逸六境』然り、『ナイトストーカー』然り、そしてルゥナたち然り! 大勢を一度に無力化させるすべを持った者たちが奇妙なほどに集結しているコン。これぞ天の配剤――否、あね様の配剤だコン!」


 注釈を入れておくとルゥナの言っていることは少々、大袈裟過ぎる。確かに彼女の姉であるパーティリーダーのルナリエ・ル・ルールナが細かに出した指示を受けてルゥナたち以下四名は東奔西走、中央帯の被害を抑えるべく走り回っているところではあるが、広域制圧術の使い手が集っていることまでもが彼女の未来を見越した抜群の采配ということは、勿論なく。


 そちらは正しくただの偶然である――しかし、ただならぬ偶然であるからこそルゥナは確信を抱いてもいて。



「イクア・マイネス。お前という悪に、命運は味方しないコン。北も南も、台方広場も! ルゥナたち全員で協力すればきっとたくさんを救えるコン! 今その証明を見せてやるコン――このルゥナもまた、制圧術の使い手なんだコン!」



「へえ……、」


 愉快そうに口の端を曲げたイクアに対し威嚇するような激しい所作で、ルゥナは人差し指と中指だけを伸ばし残りの指を握った『印』を作った。素早くそれを振りながら魔力を練る。手印によって術式の一部を肩代わりさせるこの技法は複雑な術を唱える際に役立つ、ごく一部の種族や術師に伝わる実戦的なものだ。それを使うということは即ち、彼女が唱えようとしているのはかなりの高等術であるということになる。


 ぼふん! と音を立ててルゥナの尻尾が三尾・・に増える。それと共に彼女の魔力も最高潮となった。



「『風水火門』――『夜長狐火灯篭流し』!」



 属性基礎五門が内の三つを同時に術式へ編みこむことで実現する狐人特有の制圧術。


 その発動が成った瞬間、くらり・・・と天と地が揺らいだ。


 ルゥナとイクア以外の周囲の獣人たちが力を失い、ふらりと倒れて――そのまま動かなくなった。と言ってもまさか死なせているはずもなく、彼らは全員が今の一瞬でぐっすりとした深い眠りに落ちたのだ。


 ルゥナに担がれている犬人少女も先ほどまでは青褪めて苦しそうにしていた表情も至極安らかなものとして、すやすやと気持ちよさそうに眠っている。


 だが術師であるルゥナはともかく、同じく術の効果範囲にいたはずのイクアはどうかと言えば……彼女は若干ふらつきながらもその意識を失うことなく、何故か鼻の穴からぼたぼたと少なくない量の血を垂らしていた。


「――あァ。なるほど。脳に直接作用するタイプの幻覚魔法――いや、門術なのか。こういうのって『洗脳』みたいに防ぎ辛いし解除もし辛いんだよね。時間経過を待つ以外だと解く手段は相当限られるよね……すごいじゃん。こんな術を複数人も相手に、見たところ範囲指定だろうけど、誰のなんの助力もなく一人だけで唱えられるなんてね。うん、あっぱれだ」


「お褒めに預かり、どーもコン。流石に吸血鬼が使うような『魅了』には及ばずともこっちだって強力だコン。効果範囲ならルゥナのほうが勝ってもいるし、コンね。けれどそんな強力な術であってもお前には効かないかもしれないと、ルゥナは予想していたコン。やっぱりというかなんというか、案の定ものの見事に防いでくれたコンねぇ。口の軽いお前のことだコン、どうやったかくらいは聞けば教えてもらえるコン?」


「あー違う違う。そりゃ教えはするけど、別に効果を防いだわけじゃないんだよ? ただあたしは、ズルができちゃうからねぇ」

「ズル?」


 そうだよ、とイクアは頷きを返しながら自身の額を指先でトンと叩いてみせた。



「君の術でガンガンに狂わされた脳を、一旦リッちゃんにぐっちゃぐちゃ・・・・・・・にしてもらったんだ。そして回復――復元して、ハイ元通り! 正常な脳に戻しました、ってね。これが手品の種だね」



「……それのどこが正常なんだコン」


 わざわざ狂わされずとも元から狂っている脳だからこそルゥナの門術を無効化できたのだ……とでも言われたほうが、理屈は無茶苦茶であってもまだしも納得できたかもしれない。


 自分の脳を自分の意思でシェイクできてしまうような人間が、いったいどれほどいるというのか。


 いや、いない。


 目の前の狂人イクア・マイネスを除けば、そんな異常者などいるはずがない――。


「やっぱりお前は、化け物だコン」


「あは。貶されていい気はしないけど悪い気もしないねー。つまりどういう気にもならないってことだけど、そんなことより本題に戻ろっか? 君の話じゃあ、君以外にもこれと似たようなことができる人が何人かいて、その全員で『中央帯を封殺しちゃおう』って考えなわけだよね?」


「応コン! 聞いて驚くコン、いま台方広場には【天網】と【氷姫】がいるコン。どっちも大勢を無力化するのを得意技としているコン。そしてこっち側、つまり中央帯南方にはルゥナと覇術使いの吸血鬼狩りがいるコン! みんなにはルゥナの仲間が既に協力を取り付けているところだコン」


「ふむふむ。じゃあ北方はどうするの?」


「そっちにもルゥナの仲間が詰めているコン――単独でも北方全域をカバーできる凄腕の術師だコン、なんの心配もないコンね!」


「へえぇ、そっちにもそんなにすごいのがいるんだぁ……うーん。そこまで言うなら北はともかく、けれども中央とこっち側にはまだ戦力足りていないんじゃないかなぁ? せめてあと一人か二人くらいは制圧術を使える人がいないと厳しーと思うな。まあとはいえ、確かに君の言う通り、このままじゃ想定したような被害は出そうもないかな」


「ふふん、ルゥナたちが動くからには当然だコン」


 胸を張るルゥナ。無論それはイクアに対する煽りでもあったが、純粋にルゥナの感情がそのまま表れているものでもあった。


 そんな勝ち誇った顔をする狐人童女に対し、イクアは。


「じゃあ、こっちも追加・・しちゃおっかなー」

「……追加?」


「うふふ、そう。あたしにだって手はまだあるんだよ。爆弾たちが暴れてくれないなら他に着火剤を用意するのは当たり前のことでしょ? だから、解放するんだ。クトコステンの『大監獄』にいる階層深度レベル6と7! 下層住人の極悪罪人たちを、一斉に街へ解き放つ!」


「!」


 目を見開くルゥナに構わずイクアは耳に手を当てた――それは合図を送るための合図。すぐにリッタードールが形成する特殊な小型通信機がイクアの耳の中に嵌め込まれ、作動する。しばらくの間ほったらかしにしていた自身の仲間であるキャンディナへと通信を繋いだイクアは、迷うことなく指示を出した。


「あ、キャンディナお姉ちゃんオーバーオーバー、聞こえてる? さっきの話だけど、やっちゃっていいよ。今すぐに囚人たちを檻の外へ――えっ?」


 ぽかんと。


 中途半端なところで指示の言葉を切って、何やら信じられないといった表情でイクアが呆けて――そしてそれとは対照的に。



「く、くふ、くふふふ……コーンコンコンコン!」



 ルゥナはまるで我慢しきれないといったように、忍び笑いを高笑いに変えたところであった。


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