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412 思いがけぬ邪魔者

「確かに! 甚だ遺憾なことに、その只人の言っている内容に虚言は一切ないコン。交流儀の惨状も爆弾も派閥同士での反目も! 『ナインズ』が竜人【崩山】と戦闘中であるのも事実で、そしてたった今様子がおかしい【雷撃】が空の上で大暴れを始めていると知らせまで来たコン。まったくこれはとんでもない話だコン――何がとんでもないって、こんな目を覆いたくなるようなあれやこれやが、たった一人! そこの娘っ子が思いついて引き起こした事態だっていうことだコン。こりゃあ大変コン、大事だコン。けれど、だからとて! その全ての責務を自分だけで背負うことなんてないコン。武闘王ナイン、お前が背負うべきは、ただひとつ! お前を信じ、お前と行動を共にする仲間たちを守るという責務だけコン!」


「いや……君、誰なの?」


 巫女装束という目立つ格好。もふもふとした尻尾を揺らし、頭の上の狐耳をぴこぴこと動かしているその童女とでも言うべき幼い少女へイクアは首を傾げた。


「ルゥナはルゥナだコン!」

「名前を聞いたわけじゃなくってね。まあそっちも知りたかったけど」


 知りたいのは少女の素性だ。ただ話に割って入られただけならともかく、妙にこちらの事情に精通している様子なのがイクアにとっては気がかりであった。


「変なのがついてきてるなー、とは思ってたけど。手を出してきそうにはないからてっきり最後・・までそのつもりだろうと踏んでたのに、ここにきて邪魔するの? まーそれくらいのアクシデントなら歓迎してあげたい……ところだけど、今はナインちゃんと二人で楽しみたかったってのが本音かなぁ。ところでこの子、ナインちゃんのほうの知り合いだったりする?」


 まるで長年友人付き合いをしている間柄のような気軽さで訊ねてくるイクアへ腹立たしい思いをしながらも、ナインは「いや」と首を振った。


「俺はお前のお仲間かと思ったんだが。どうやら違うらしいな」

「あはっ、だってよ狐のお嬢さん」

「不名誉だコン! そんな奴の仲間だなんて、勘違いだとしてもそうは見られたくないコン!」


 両手を振り上げて怒りのポーズを示した狐人童女は、次いで自身の胸に手を当てて堂々名乗りを上げた。


「改めて名乗るコン。ルゥナは狐人のルゥナ・ルールナ。これでも冒険者をしてるコン」


「冒険者……」

「んー? ギルドが私なんかに目をつけてたってこと?」


「否、ルゥナがこの街に来たのは単に所用を済ませるためだったコン――でも、そのタイミングで動いてしまったからにはイクア・マイネス! お前の企む下らない計画を成功させてはやれないコンね!」


「ふーん……面白いじゃん。具体的に君は、何を、どうするの?」


「ふっふっふ……それを語る前に、武闘王!」

「な、なんだ」


 これはどういう展開なのかと困惑している様子の少女へ、ルゥナは叱咤するような声音で言った。



「いつまでボケっとしてるコンか! 選ぶは仲間一択だと言ったはずだコン! こうしている間にもお前の仲間たちは追い詰められているコン――台方広場のほうで暴れている【崩山】と【雷撃】を止めてくるんだコン! それができるのはお前しかいないコン!」



「いやだけど、俺がここを離れるとなると……!」


「他のことは他に任せればいいんだコン。この子のこともルゥナがしっかりと見ておくコン!」


 未だ横たわったままの犬人少女。爆弾化している彼女をどうにかする目途は立っていない――それもあって余計に行動を選ぶことができなかったナインだが、しかしこうして助力が得られたことで、その心はようやく定まった。



「――恩に、着る! 俺は先に行かせてもらうぜ!」



「えー、そんなぁ」

 だがそれを不服とするのが一人――無論それはイクアだ。

「自分で選んで切り捨てたならいいとして。そんなどこの誰とも知らない狐人からの言葉ひとつで仲間を選ぶなんて、そりゃ興醒めだよ。せっかくなんだしもっと一緒にいようよナインちゃん!」


「お断りだ、馬鹿が」


「あは、フラれちった。それじゃあ行かせない・・・・・って言ったら?」


「それでも行くに決まってんだろ!」


 ナインが踏み出、そうとする瞬間にイクアの体が膨張した。


「!?」

「あははは! 『リッタードール』!」


 一瞬だけ破裂寸前の風船みたいに膨らんだイクアの体内から、先ほども見たハエの群れのような黒く細かい粒子が噴射される。体中のありとあらゆる穴から真っ黒な粒を噴き出すイクアの姿はどう贔屓目に見ても人間のそれではない。だが彼女はそれでも自分は人間だと言い張るのだろう――ナインが強く己を人間だと主張するのと同じように。


「ちっ……頼む!」

『はーい、頼まれたよキャプテン』


 曖昧模糊としていながらも確かな形を以って進路を塞ぎ押し寄せてくる黒い粒子へ、どこからともなく溢れ出た闇の魔力がナインを守るように取り囲みながら立ち向かう。それを操っているのは言わずもがな。


「えっ、ナインちゃんの影から変態みたいなカッコの子供が――?」

「変態だって? 恐れ多いぜ人間、ボクを前にさ! 順転・反転――『反流魔力』!」

「わあ!」


 ナインの影から飛び出したるは子悪魔フェゴール。

 褐色の肌を過度に露出させた扇情的な姿ではあるもののそれ以外は一見するとただの子供にしか見えない彼だったが、しかしその身からとめどなく広がる闇の力は本物だ。そのことにイクアが驚く間もなく、すぐに彼得意の魔力攻撃が炸裂した。闇の渦と渦が逆回転で混ざり合い暴発を起こす――その勢いは黒い粒子の物量にも負けず、塞がれていた一面に風穴を開けることに成功する。


「よしっ、そこだ!」

「あ、待ってよナインちゃん!?」


 イクアは手を伸ばして呼び止めるが当然ナインが聞くはずもない。すぐに影へフェゴールを引っ込めると一足飛びに開いた穴から飛び出していった。そのまま少女は振り向くこともなく通りの向こうへ消えていく。


「うわぁ、やっぱり速い! ……あーあ。転移読みだったのにそれを読まれてたかなぁ。いけないねー、駆け引きに負けちゃった。でも確かにナインちゃんは転移を狙ってる感じだったんだけどなー……あの影の子が入れ知恵でもしたのかな? あー悔しい! そこまで読めてたら引き留められたかもしれないのに、もう! あたしのバカバカバカぁ! ――ま。いいや」


 と、ひとしきり悔しがってからまるでスイッチが入れ替わったかのように冷静になるイクア。往生際悪くナインが消えた先を見つめていた視線を正面に戻し、ルゥナへと向き直った。反省はどこへやら、その顔にはもうニコニコとした笑みが戻っている。


「お待たせ。そっちの話をするんだったよね。どーぞ聞かせて聞かせて」

「ふん、どうにも気味の悪い只人だコン。だけど聞きたいというのなら聞かせてやるコン――何をって? お前の望んだ中央帯に集まった獣人たちの全滅は絶対に起きないと……否! 起こさせてやらないっていう宣言をだコン!」


 子供らしく短い指を得意げにイクアへ突きつけるルゥナ。そんな童女のテンションへ応じるでもなく「えー?」とイクアは素の態度で顎に手を当てた。


「でも、どうやって? もう爆弾化は済んでるし、『孤混の儀』で焚きつけたから獣人たちも血眼になって逃げてるか争ってるかしてるよね? 現に今もあちこちで闘争の音が、獣人たちの死ぬ音が聞こえてるよ。あれー、おかしいね? あたしが爆破できなくなったのはいいけど、これじゃあ遠からず獣人の大半は死んじゃうねぇ」



「ところがどっこい、そうはならないコン。そうさせないために――ルゥナの『仲間たち』が動いているんだコン!」



「……仲間? ああ、君は冒険者なんだっけ。てことはパーティメンバーが他にいるってことだね。それもここじゃないどこかで、あくせく何かをしていると。何かっていうか、そっちも大体予想はつくけどさ」


「コーンコンコン! さすがに理解が早いコン! そう、ルゥナたちは予め戦力を分散させていたコン。それはお前の狙った被害拡大を少しでも防ぐため! 幸いにもお前自身が爆発の条件を語ってくれたうえに、武闘王ナインのおかげでお前自身が爆発させることはできなくなったコン――ならもうルゥナたちがすべきは至極単純! 慌てず騒がず、そして慌てさせず騒がさせず! 爆弾化している者もそうでない者も含めて、中央帯全域の獣人たちを取り押さえることコン!」


「あっは、ずいぶん簡単に言うねー。そんなことできっこないでしょ。少なくとも数人ぐらいじゃ絶対に無理無理だ。冒険者パーティなんて多くても五、六人のチームだよね。それとも君のパーティは珍しく旅団キャラバンクラスの人数でも抱えているのかな」


「まさか! そんな動きにくい単位で構成される冒険者パーティなんて古今東西どこを探したって見つからないコン。ルゥナたちだってごく標準的な人数のパーティをしてるコン」


「へーそうなんだ。じゃ、やっぱり無理だね」


 どこか挑発するように――というよりもおちょくるように言うイクアへ、しかし負けじとルゥナも相手を馬鹿にするような嘲笑の表情を作って。


「それが無理じゃあないコンね。現に今も聞こえてくるコン――おっと間違えたコン、『聞こえてこなくなる』コン。今にも中央帯から争いは消え去るコン。 そう、すべては! ルゥナ自慢のあね様・・・が指示した通りに、だコン!」


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