410 電光石火の戦い・中
【雷撃】カマル・アル。明朗快活勧善懲悪。竹を割ったような性格の悪党を倒し市民を守るクトコステンのヒーロー。『神逸六境』という都市に六人いる二つ名持ちの中でも特に一般人たちから親しまれている猫人少女、なのだが――、
その様子があからさまにおかしいということに、シィスィーは言葉を交わす前から気付いていた。
(なんだぁ、こいつ……事前調査で得た情報とだいぶ印象が違いやがるな?)
噂によればとても明るく、戦闘中でもよく喋りもするという彼女が今はとんと口を開かない。そこからしておかしいのだがしかし、本当におかしい点は別にあった。
息が、荒いのだ。
戦っている最中なのだからそうなること自体は何もおかしくない、のだが、思い返せばカマルは登場当初からこんな感じだった。ならばその呼気の乱れは戦闘の影響によるものとは考えづらい――疲労というよりも過度な興奮からの息遣い。シィスィーにはそういう風に見えた。肩で息をするのではなく、あくまで鼻息だけが激しいこともその印象に拍車をかける。
(だってのに目はどこか虚ろで……その割に闘気やプレッシャーが半端じゃねえ。どうにもチグハグで、えらく不気味だぜ。【雷撃】ってのは、都市のヒーロー様ってのは、果たして本当に普段からこんな奴なのか?)
「――ライラック」
「!」
怪訝に思い眉を顰めるシィスィーの視界から、カマルが消えた。刹那に映る電光の軌跡を頼りに『聖槍』を翳す。上方からの雷速蹴りに破壊のエネルギーを盾として放つ――雷を纏った足と七聖具の力が衝突。「ぐおっ……とぉ」と僅かに押されてふらついたのを電磁誘導でとりなすシィスィー。一方で大きく弾かれたカマルのほうは難なく中空に着地していた。どうやら彼女は衝撃に身体が押されるよりも早く自分からわざと飛び退いていたようだった。見事な身のこなしだ。猫人らしい軽やかさ。だがそれ以上にシィスィーにとって問題なのはやはり、彼女が見せる常人離れした速さであった。
「当然のように雷速で動きやがってよぉ……かぁなり癪だぜ!」
カマルの使うとっておきである『雷化雷速』とは彼女オリジナルの術だ。雷門にある『雷掌』をベースに放つ『雷撃』と同様に、こちらも『雷火』という雷属性の魔力を利用した移動術をベースとしている。
ただし単純に電気刺激によって脚力を強化するだけの『雷火』と比べると『雷化雷速』は些か効果が逸脱していると言える――文字通りの雷化。
現在広場にてコアラン・ディーモと交戦中の兎人ラズベル・ランズベリーが奇しくも水門で似たような術を見せているところでもあるが、されど液体化と雷電化とでは難度が大きく違ってくる。
自身の肉体を水と化せる水術使いが非常に珍しいことは確かだが、では自身の肉体を一瞬とはいえ雷にしてしまう雷術使いはどうかと言えば、それはもはや珍しいなどというレベルではなく。
ひょっとすればこの世にカマル・アルただ一人だけなのではないか――。
(そうだろうよ、そんな奴がそうそういてたまるかってんだ! 俺だって発電能力をどう応用したって雷化なんてできやしねえってのに! そしてこいつの脅威はそれだけじゃねえ……!)
「おぅらよっ! こいつを食らえ!」
横薙ぎに槍を振るう。その軌道に沿って破壊のエネルギーが斬撃のように飛び出していくが、カマルはそれを悠々と躱した。一瞬で台方広場の端から端を切り裂くほどの速度を持つ『聖槍』の力がひどくノロマに思える。無論真相は逆だ。『聖槍』が遅いのではない、【雷撃】があまりに速すぎるのである。
肉体をその都度雷に変化させて刹那の雷速駆動を可能とする彼女だが、わざわざ『雷化雷速』を使わずとも常に身に纏っている雷の魔力によって、その一挙一動は笑ってしまいたくなるほどに速い。
だから余裕を持って敵からの攻撃を躱せるし、その後に。
回避から攻勢に転じるまでの速度もまた並外れて速い。
「『雷門・飛雷芯』」
「ちっ、こなくそが!」
シィスィーが振るった槍を戻すよりも早く、カマルの周囲に筒状になった雷がいくつか生じた。途端、その筒がまるで砲門のように雷の弾丸を発射。真っ直ぐに空間を貫いてくるそれに、シィスィーは咄嗟に足を上げた。正確にはその下にある専用装備『戦槍』をこちらも負けじと射出したのだ。
雷光を放つ銀の槍が雷の弾丸をまとめて打ち消す。飛び出した勢いのままにUターンさせて己の足元へ『戦槍』を帰還させる――勿論電磁誘導による加速を受けている一連の過程は超高速で行われたものだが、その時点で既にカマルは次なる一手を放っていた。
「『雷門・欄干雷雷』」
「!?」
直上。槍に乗り直した少女の頭の上から格子状となった雷が落ちてくる。その範囲の広さを見て今から避けるのは現実的でないと判断したシィスィーは、そこで再度『聖槍』の力に頼った。
「突破しやがれ、『聖槍』!」
破壊のエネルギーを収束。そして突きに乗せて放つ。
凝縮された力は見事に雷の網を突き破って、危うく雷網によって囚われの身になりかけたシィスィーを救ってみせた――が。
「! てめっ、」
「『雷門・雷志刺』」
棒状の雷を手に持ったカマルが眼前に迫ってきていることに気付いたシィスィーは迎撃のために『聖槍』を向けようとしたが、間に合わなかった。明光なまでのスパークを斬線に残し、弾けた稲妻がまるで刀剣の如き鋭利さを伴ってシィスィーを切る。
「がっ……クソがぁ!」
痛烈なダメージを負いながらも構わず槍を振り抜いたが、それもまた遅すぎた。腹立たしいほどの機敏さでカマルはとっくに射程から逃れている。やるだけやってとんずら。そしてすぐにもまた仕掛けてくる。速度を活かしたつかず離れずの戦法――。
やはり、強い。
(雷耐性越しでも随分と痛ぇな……! そして技の豊富さ、出の速さ。肉体駆動だけじゃねえ、何もかもがこいつは桁が外れている……っ! ……けっ、所詮噂は噂ってこったな――聞いてたよりもよっぽど強いぜ、実物はよ!)
印象の違いだけじゃない。彼女の披露する全てが――戦士を戦士として構成し、強度を語るうえでの指標となる遍く要素が耳に聞こえた噂の程度では到底済まされないほどに、あまりに飛び抜けている。
こうなると事前情報で得た知識の内で唯一当てになるものと言えば『カマル・アルは雷神の加護を受けている』という些か主観的に過ぎる雑な褒め言葉くらいなものだろう。その曖昧さ故に、逆に理解が及ぶ。確かにこうまでも雷門を使いこなす獣人がいたならば、他獣人からすればそれは神子のようにも思えることだろう。
彼女の前にも彼女の後にも。
たとえどれだけの歴史が紡がれようと――カマル・アルほど雷門に愛された少女はいないはずだと。
牛人・獅子人・鳥人・竜人。他の『神逸六境』が明確な強みを持つ獣人種、並びに肉体性能でそれを超える竜人であるのに対し猫人たるカマルだけが特に優れたスペックを持つわけでもなく、何かしらの異能を携えているわけでもない。なのに彼女は名だたる二つ名持ちの一員となり、しかも住民からは一等慕われてもいる。それらの事実はつまり、未だ子供の【雷撃】の持つ才能がどれだけ逸脱したものであるかを暗に示してもいる。
(けれどもやっぱりこいつは妙だぜ。戦えば戦うほどに奇妙だと感じてくる――その天下の【雷撃】様が、なんでこんなにも上の空なんだ。戦い方自体は苛烈かつ正確。全力でかかってきている感じはする、本気で潰しにきている感じもする。……なのに何故か、それでもこいつは、全力を出せてもいなければ本気にもなれていないと……そんな風に思えてならないのは、こりゃいったい何が原因だってんだ?)
「――おい! なんか考え事でもしてんのか知らねえが、あんましふざけんのも大概にしろよ! こっちは同じ雷使いとして! 弱い連中から褒めそやされてイイ気になってるらしいてめえの鼻っ柱を叩き折ってやる気満々でいるんだぜ! それがイヤだったらそっちももっと真面目に――」
「同じ?」
「やれよ――っと、あぁ?」
ようやくのまともな反応。口上はまだ途中だったがなんにせよ挑発の意図は叶ったらしい。そのことは素直に喜ばしいシィスィーなのだが、想定とは大きく異なる【雷撃】の返答に対しては不信感たっぷりに片眉を吊り上げた。
訝しむ彼女に構わず、カマルはぶつぶつと話し始める。
「私とお前が、同じ? 同じ、同じ、同じ――そんなわけない。……にゃ」
ようやく本当の意味で、目が合った。
こちらを見据える【雷撃】の血走った瞳を見て、シィスィーはそう思った。




