409 電光石火の戦い・上
専用武装の槍が持つ帯電機能。それによって『発電』で得た電力を一極集中させて行う電磁誘導――その圧倒的な加速度で雑然とした広場から広々とした空へ打ち上がったシィスィー。彼女はそのまま『戦槍』の向きを変えることで進行方向も同じく変更。今度は縦方向でなく横方向への雷速飛行を始めた。
槍のみを電力作動によって投擲する『電撃飛槍』であれば超雷速が実現するのだが、今の彼女は常の戦闘とは違って槍を肌身離さず持たねばならない事情がある。もっとも持つべきは専用装備『戦槍』のほうではなく彼女が握るもう一方の槍である、七聖具『聖槍』のほうなのだが、どちらにせよこの移動中に決して手放すわけにはいかないという点では一緒だ。
よって『戦槍』を使っての攻撃術でもあれば移動術でもある『電流星槍』を発動させての、正確には亜雷速または微雷速と言うべき速度で空を翔けるシィスィー。
自慢の投擲術と比べるとスピードは僅かながらに落ちはするが、それでも彼女の飛行速度は十分過ぎるほどの速さである。
(へっ、初動はパーペキ。さてさてジーナは諦めるか、それとも追ってくるか!? だがそいつは意味のねー努力ってなもんだぜ!)
治安維持局の鳥人局員ジーナ・スメタナから逃れるべく能力を使ったのだ。当然ながらに彼女が翼をはためかせて空を舞い「逃がしてなるものか」と猛追してくる可能性は大いにあったのだが、たとえ後を追われたとしてもシィスィーは追いつかれるつもりなんて毛頭なかった。
ぶっちぎって逃げる。
そしてクトコステン外部まで『聖槍』を運ぶ。
シィスィーがやることは単にそれだけだ。
それだけでいい――はずだったのに。
「なっ……!?」
最高速ではなかろうと雷速は雷速。それだけの速さで飛んでいるからには、如何に速度自慢の種族である鳥人を相手に空中での追いかけっこを演じようとも後れを取るはずもなく、それはつまり今のシィスィーの速度についていける獣人などこの街にも存在しないことの証明にもなる――のだが、しかし。
とん、と。
乗られたのだ。
槍に掴まって飛ぶシィスィーの背中に、『何者か』が軽やかに飛び乗ってきた――。
馬鹿な、と思うよりも早く。片手に持つ『聖槍』を振るう間もなく、そいつがやってきた地上へ叩き落とそうとでもいうかのような両蹴りによって飛行の中断を余儀なくされる。「ぐぁっ……!」と背中を蹴りつけられたことでもんどりを打って姿勢を乱しながらも、電磁誘導を再調整し落下を防ぐ――その間にようやく脳が動き、現状がどれほどの異常事態であるのかを克明に知らしめてくれた。
(こんなことがありえるのか!? 『電撃作戦』の第二段階――『電流星槍』を発動中の俺に追いつく、どころか体の上に乗りやがるだと!? そんな真似ができる奴なんていったいどこにいやがるってんだ!)
蹴りつけられた背中は気にしない。それくらいシィスィーにとって大した痛みではないし、ちょっとした負傷程度なら体内のナノマシンによって間を置かず修復される。なのでそんな負傷よりよほど重要なのが、襲ってきた者の正体だ。
「っ、『戦槍』ぉ!」
帯電機能を活用することで逐次の電磁誘導にもそう大して苦労しない。『戦槍』を空中に停止させてそれを足場にしたシィスィーは、すぐに顔を上げて上方を確認する――自身を蹴り落とした相手が誰なのかを直接その目で見て確かめる。
「! お前は……、その顔、知ってるぜ。そうかそうか、お前だったのか――なるほどな。だったら納得だ。そりゃあお前なら、こんな真似もできやがるか。まったくよぉ……前から思ってたがやっぱ――お前は気に食わねぇ奴だな!」
こちらを見下ろす一人の少女。
何もない虚空に当たり前のように立っているその猫耳とヒゲが特徴的な獣人のことを、シィスィーはこうして実際に顔を見るよりも遥か以前から知り得ていた。
「『神逸六境』――雷門使いの猫人カマル・アル! またの名を【雷撃】! てめえなら確かに! 俺の雷速にだってなんてことなく追いつけるだろうなぁ!」
まさかの邪魔者の正体に怒りと闘志を漲らせたシィスィーは、守るべきアイテムであるはずの『聖槍』を躊躇いなく己が武器として構えた。
その如何にも好戦的な行為は彼女の中にある対抗心がそうさせたものだ――『発電』の固有能力を有す強化人間。純粋な雷術使いとは言えない彼女だがそれでも強さにおいてはそこらの術師など歯牙にもかけないものがある……それに伴って強い自負心もまた彼女は持ち合わせている。
そんなシィスィーにとって彼我のアイデンティティが被っているだけでなく、ともすれば自分以上に強い雷術使いなのではないかと目される――シィスィー本人ですらも「ひょっとすれば自分のほうが劣っているのではないか」と思わされてしまう、この【雷撃】という少女は……存在を知った当初から気に入らなくて気に食わなくて仕方ない存在だった。
よりにもよってそいつが今、作戦の重要な段階で横槍を入れてきた。それだけでもう猛る材料としては十分すぎる。元から『ガンガン行こうぜ』な性分をしているシィスィーなのだからそうなるのも当然だ。
同等の速さを持つ敵が現れたことで先行逃げ切りで任務達成というコアランと共に決めた行動がもはや取れなくなってしまっているが、だからとて怯むでも消沈するでもなく、むしろ彼女の意気は高まっている――昂っている。
「いいぜぇ、ただ逃げるだけってのも張り合いがねえと思ってたところさ。だから、来るならとびっきりに歓迎してやるよ。いっちょ白黒つけようじゃねえか【雷撃】!」
「…………」
「あ――?」
穂先を突きつけて挑発するも、カマルは応えない。
視線はこちらに向けられているが、しかし彼女はどこか――上の空であるようにも思えた。
そのことにシィスィーが怪訝な表情を浮かべた、次の瞬間。
まったくのノーモーション。一切の動作を見せずに、頭上にいたはずのカマルが目の前にまで落ちてきていた。
そう、それはまるで、天より雷が降ってきたかのような――。
「雷門――『雷撃』」
「! ちいっ」
考えている暇なんてなかった。カマルが彼女の代名詞でもある術、そのまま二つ名ともなっているほどに有名な『雷撃』を繰り出すのと同時にシィスィーもまた『聖槍』を突き出した。
意図的に七聖具を使うことはあまり褒められた行為ではなく、これが知られたらまた『アドヴァンス』の部隊リーダーであるウーネが苦労と奔走をさせられる羽目になるのだろうがしかし、そんなことに構っている場合ではない。
槍に満ちる攻撃的なエネルギー。
物理的な力とも魔力とも異なる純粋な『破壊』の力が放出されてカマルの雷術と真っ向からぶつかり合う。劈くような高音。衝撃が両者を弾く。『戦槍』をまるでサーフボードのように操って立て直したシィスィーに対し、カマルはそこに立っただけだ。バチバチと全身から雷術特有の音と電光を零す彼女を見て「とにかく戦る気はあるらしい」と見て取ったシィスィーはもう一度好戦的な――否、挑戦的な笑みを浮かべた。
「やっぱ速ぇし、そして強ぇな……いいぞ、そうこなくっちゃあな。そうでなきゃ倒す意味がねえ。【雷撃】よぉ。俺はここでお前を倒して、俺よりも下にして! 『アドヴァンス』の雷術使いとして、小憎たらしい神逸六境どもの上を行かせてもらうぜ!」
そのためにある物はすべて使う所存だ。
当然、今だけは自分が所有者である『聖槍』だってシィスィーは惜しみなく振るうつもりでいる。
七聖具が持つ力をこれでもかと利用してやるのだ――任務のためにも、そして自分自身のためにも今ここで勝つことこそが何より重要だった。
「二刀流、いや、二槍流! 今日この時しか見られない『戦槍』と『聖槍』のコラボレーション、とくと味わいやがるがいいぜ!」
銀の槍と金の槍。武具としては少々派手すぎる煌びやかな輝きを放つ二本の槍を強く握りしめ、シィスィーは激しい響音を発生させて飛ぶ。
「――……」
雷速の飛行にカマルもまた雷速で応じる。
空中で起こった誰にとっても予期せぬ電撃戦は今、いよいよ本格的な死闘となってその苛烈さを増そうとしているところであった――。
これが本当の電撃戦(大嘘)




