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407 『七聖具』奪取組と阻止組

 革命会の若き新会長、犬人少年マイスの手で振るわれた『聖槍』――それがまるで惨劇セレモニーの始まりを告げる鐘の音であったかの如くに、にわかに広がった被害を前に……まさにその地獄絵図の中の一員として紛れ込んでいたセンテとシィスィーは、はっきりとその眉を顰めた。


 ……リアクションはそれだけだった。


 一瞬にして大勢の獣人が死に行く様を目にしながらも二人は既に動き始めていた――「予定通り」。それがどんな何であるにせよイクア・マイネスの計画始動のタイミングでこちらも動こうと昨晩の内にチームで話し合って決めていたからには、何が起ころうとも彼女らはその通りに行動するだけだ。


 けれども都市の未来、その展望に対する希望に満ち溢れていた広場が一瞬にして絶望の場へと様変わりしてしまったあまりの凄惨さに、数々の修羅場を経験してきているさしもの彼女たちであっても眉を顰めざるを得なかった――ノーリアクションを貫けなかったという意味ではやはり、これでも任務者としては失格である。


 思うところがある、という時点でよくない。

 理想は何も思わず感じず、ただ目的の遂行にのみ意識を向けること。


 万理平定省が求める仕事人とは即ちそういう行いができる機械よりも機械らしい人間のことであり、そして『執行官』という職種に就く人材とは畢竟、能力の出来不出来と同等に『血の冷たさ』もまた重要な素質として数えられる奇矯かつ数奇な者たちのことなのだ――と自身でそう考えているところの執行官コアラン・ディーモもまたこの時、アドヴァンスに続くようにして動き出していた。


 彼の場合は潜伏場所の違いから少女らの後方からついていくような形にはなったが、こんな位置取りをしていたのには当然訳があり、そして彼なりの用心・・が今は活きてくれたようだった。


 息を潜めながらも如才なく戦闘の用意をしつつ混乱の渦中を駆けるコアランの目には、仲間であるアドヴァンスたちだけではなく、それをすぐ後ろから猛スピードで追跡するクトコステン治安維持局の若手局員、鳥人ジーナ・スメタナと兎人ラズベル・ランズベリー……この二人の後ろ姿もまた、同時に収まっていた――。



◇◇◇



「よし、獲った!」

「先に行ってちょうだいシィスィー、彼女がすぐそこまで来ているわ!」

「ちぃっ、もう追いつかれたかよ――なら予定通りに予定を早めるしかねえな。ひとまず俺だけでも離脱するぜ!」


 記念館前の肉片と破壊痕に彩られた舞台、今はもう誰もいなくなった集団爆破跡地にてぽつんと転がっている七聖具がふたつ。そのうちのひとつ『聖槍』をいち早く手中に収めたシィスィーは、センテのほうが『聖杖』を拾い上げるのを待たずにその場から逃げ去ろうとして――そこに勢いよく飛び込んできた、とある人物を視野に入れた。


 それが誰かであるかは、確かめずともシィスィーは存じている。

 その人影の正体は――低空飛行で人々の頭上を越えてきた鳥人少女ジーナ・スメタナ。


「そうはさせない! 『聖槍』を足元に置き、両手を頭の後ろで組んでもらおうかセンテ!」


「へっ……、いーや俺は俺の思う通りにさせて・・・もらうぜ。まったく馬鹿らしい要求しやがって、誰がそんなのに従うかってんだ――『電撃作戦ブリッツアクセル』ッ!」


「く、貴様っ!」


「飛ばしていくぜ、『第二段階』だ!」


 ジーナの気迫を込めた制止の声もなんのその、シィスィーは薄ら笑いさえ浮かべながら銀の槍を収納空間ストレージより取り出し、自身の固有能力である『発電』を発動。右手に『聖槍』、左手に『戦槍』という世にも珍しき長槍の二刀流というスタイルで能力の『第二段階』――即ち電力の一極集中へと移行。


「そんじゃあな、ジーナさんよ!」



 『戦槍』の帯電機能による電磁誘導を作用させ、打ち上げ花火のように上空へと飛び上がっていった。



「! ……ならばっ」


 一瞬、考える間もなくそれに追随しかけたジーナだったが、「とあるもの」を空の片隅に見たことで彼女は自分の翼を止めた。広場を離れていくシィスィーのことはもういいとばかりに視線を切り、まだ目の前に残っているもう一人の監査官――センテへと向き直る。


「あら、シィスィーを追いかけなくていいの? 空を行けるジーナちゃんじゃないとあの子を止めるのは難しいと思うけれど……」


「悔しいが、お前の仲間は速い。どうせ今からでは私でも追うことはできても追いつけはしないだろう――故に、忸怩たることに。シィスィーのことはあいつ・・・に任せるほかない。私はお前を逃さないことに注力させてもらおう」


「あいつ……? 気になるわね。いったい誰のことを言っているのかしら」


 『第二段階』へ入ったシィスィーの速さに対抗できそうな者と言えば、治安維持局にはジーナと【天網】メドヴィグくらいしかいないはず。その両方の所在が確認できている今、シィスィーを追いかけられる人物はつまり局内には存在しないということになる……少なくともセンテが存じている範囲であればそれは間違いのない事実であるはず。


 まさかまったく実力未知数のまだ見ぬ新局員でも控えていたのだろうか……と訝しむセンテだったが、ジーナはつれなくその疑問には答えてくれなかった。


「お前が知る必要はない。お前たちがなんの目的で今日という日に七聖具へ手を出そうとしているのか、私だって知らないんだからな。しかしその野望は治安維持局の手によって潰える。今、互いに知ることはそれだけでいいはずだ。後のことは局へ戻ってからじっくりと話を聞かせてもらおう」


「まったくもう……、仕事熱心な子は、厄介よね!」


「もう一度言おう――お前は逃がさん!」


 シィスィーに倣ってストレージから装備しつつ『聖杖』を大事そうに抱え込んだセンテ。だが彼女が目指すは勝つことではなく逃げること。故に黒い籠手を両手にはめながらも戦おうとはせずに離脱を図ろうとするが、残念なことに移動速度で鳥人に敵うはずもない。空を飛び風を操るこの種族に速度で戦いを挑もうというのであれば、それには特殊な術や異能が必須となるだろう。


 雷光の速さで動けるシィスィーなどがまさにその代表的な例となるが、しかしてシィスィーと同じく強化人間アドヴァンスが一人であるところのセンテはどうなのかと言うと、彼女はそこまで速さに対して自信を持てていなかった――性能スペックにおいてそこには重きが置かれていなかった。


 専用装備『正拳』による自己洗脳によって動きの無駄を省き、俊敏性という意味では素早く動けても機動性における速さは得られない。

 そもそも『怪力』が固有能力であるところの彼女が披露する戦闘法プレースタイルは、足を止めての殴り合いこそがその真骨頂。要するに足の速さなど元から求められていないのだ。そういうのは他の隊員の役割である。


 そして現在の彼女は強味であるはずの仲間内でも群を抜いている腕力すらも半ば死なせてしまっていた――その理由は無論、彼女の手の内にある『聖杖』のせいだ。


 少女集団である『アドヴァンス』で最も背の高い彼女ではあるが大柄というほどではない。そして『聖杖』のほうは杖としてはかなりの長さで、センテの背丈ともそう変わらないほどの長尺である。そんなものを持ったままでは拳を振るうことはできない。まだしも片手だけをフリーにすることは可能だが、それでも拳の片方を封じられているからにはまさしくセンテの戦力は片手落ち。半減しているも同然だろう。


 持ち出すべき『聖杖』を抱えているせいで広場を抜けるのにも戦うのにも大幅な制限がかかっているセンテ。


 それを速度面では余裕綽々に追いながらもジーナが今ひとつ詰め切れないでいるのは、センテの空いた片手による牽制が牽制程度でも『怪力』の能力によって相当な脅威となっていることと、もうひとつ。



 『聖杖』がもたらす所有者への恩恵――『守護』の力が働いているせいでもある。



 万物を貫き砕く『聖槍』による破壊の力と対を為すような、『聖杖』による加護という絶対守護の力。所有者の危機に反応してあらゆる攻撃を撥ね退ける清きが出現する。それは魔法使いなどが多用する障壁というよりも、そちらと比べて使用者が限られる珍しい防護膜にも似た、所有者の肉体そのものを覆う特殊な防壁であった。


「ちぃ、鬱陶しいっ!」


 風弾を放つも容易く防がれる。しかし近づこうとすれば『正拳』が振るわれる。しかも守護の力は純粋な物理攻撃にも機能するのだから、追いかけることはできてきも追い詰めることが叶わないジーナだった。


 臍を噛む鳥人少女に、しかしセンテのほうもまた思うように逃走が叶わないことへ焦りを抱いている。『聖杖』は強力なアイテムだがその機能は所詮守りの補助でしかなく、まともに戦おうとすればセンテにとってはどうしても足手まといになる――文字通りのお荷物になる。


 互いに実力が発揮できていない、もどかしい追走劇。

 故にこの時、追う側と追われる側は奇しくも似通ったことを考えていた。



(どうして応援に来てくれないの、コアランさん!)


(どうして加勢に来ないんだ、ラズベル!?)



 すぐ近くにいるはずの仲間が一向に姿を見せないことに両者が戦いながらも戸惑う中、待ち望まれている当の二人が何をしているのかと言えば――言うまでもなく、まさかこの場面において遊び惚けている訳もなく。


 そちらはそちらで現在、絶賛戦闘中であったのだ。


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