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406 風鳥と毒蛇・結

 素早く身構える。風を呼ばずとも自身が風そのものであるかのように動きの速いゼネトンは、鳥のそれに酷似した己が手を握りしめて拳を形作る。


 気迫を発するゼネトンに臆することなくジャラザが肉迫し、彼女もまた己が体術を以ってそれに応じた。



「『超重拳・金剛一打コンコルーダ』!」


「『渦掌』!」



 力と力のぶつかり合い――否、それは剛と柔の対決。


 獣人としては華奢な部類に入る鳥人のゼネトン。ややもすればその細身の体格は、門術はともかく体術に関しては力強さに欠ける――つまりは徒手格闘に向いていないようにも思えるかもしれない。


 しかしそれは大きな勘違いだ。


 如何に虎人や獅子人のような分厚い筋骨格を得られずとも、それでも獣人は獣人。その強度は純粋な人間種とは比較にもならず、しかも彼は種族を代表して語られまでするような比類なき才人でもある。その才能は風門だけでなく体術のほうにまで及んでいる。


 拳を作るのに適さないようにしか見えない鳥の手先に酷似した彼の手。

 だが握りしめられたそこには並々ならぬ力が込められていた。


 それだけの力を風のような素早さで打ち、そして到達の瞬間に体を固める。通常は腕こそが体の一部であるところの逆を行き、体こそを腕の一部とする。体全体を拳として重みを増加させる技――それこそが鳥人体術『超重拳』である。


 ウェイトの不利を覆し軽い身体でも殴打の威力を高められる技法であるところの超重拳だが、特にこの『金剛一打コンコルーダ』には技全般の代表例とでもいうべき一撃必殺の理念が最大限に内包されており、破壊力の面では他種獣人が身に着けるパワー重視の体術と比較してもなおこちらが上を行くほどの文字通りの重拳・・となる。


 打ち出しは羽根のように軽く、激突は巌のように重く。「今度こそ決めてやる」という強い気概のこもった鳥人渾身の一打に対する蛇少女のほうはと言えば――その気概こそ彼と同様の重みを孕みつつも、体技の所作には重々しさとはかけ離れたような印象を受ける、むしろ「軽やかさ」すら感じさせる一打を繰り出していた。


 剛拳を放つゼネトンとは正反対に、ジャラザが選んだのは柔拳。


 狙うは一撃必殺ではなく一触確殺。外部からの衝撃によって敵を破壊する力の体術と対を為すやわら・・・の理論を突き詰めた技の体術。


 ――浸透勁。衝撃を外部ではなく内部へ伝える特殊な発勁の技術をジャラザは身に着けていた……とはいえそれだけで超人・・鳥人の【風刎】を倒しきれるなどとはもう彼女は考えていなかった。絶大な信を寄せていた毒すらも決め手にならなかったのだからそれも当然。クータやクレイドールよりも力に頼らない体の使い方に関しては一日の長があると自負しているジャラザだが、それでも体術と毒術のどちらにより自信を持っているかと問われれば彼女は迷わず「毒だ」と応じるだろう。


 獣人とは。


 頑強なる者である。壮健なる者である。卓越なる者である。


 皮も肉も骨もその軒並みが堅牢なる戦士種族である。


 なればこその、内部破壊。

 硬い皮も硬い肉も硬い骨も、本来は持って生まれた天然の鎧として獣人を守るそれらの部位がしかし、衝撃は正面からぶつかることをせず――すり抜ける。


 伝達する。


 剛拳にはどうあっても叶わぬ、敵の肉体すらも味方につけて過不足なく威力を身体の奥底まで「伝えさせる」超技量、それこそが浸透勁。


 ただでさえも技巧が凝らされたその技に、貪欲にもジャラザは更なる発展を求めた。


 自分なりのオリジナリティを追求し、『もっと』。

 確殺を意気込みだけで終わらさないためのもう一歩の進展を彼女は編み出していた――。


 器量と技量、体の柔軟さ。


 そういったジャラザ特有の強味を活かした発勁へ、もうひとつの強味まで練り加える。


 それが水流操作――自ら生み出した水でなくとも彼女はある程度であれば操作を可能とする。

 水量や範囲など細かな条件の違いでどこまで操れるかには差が出るが基本的に少量であれば少量であるほど、そして距離が近ければ近いほど操作が容易でありその逆になればなるほど困難になるということはなんとなくでも想像がしやすいだろう。


 つまり何が言いたいのかというと……水を操れるというのであればジャラザは、その気になれば『人体に含まれる水分』にすらも手を伸ばすことができるということであり。


 無論それは桶に張った水を操作するのとは訳が違う難度になりはするが、ほんの一部。そしてなおかつその部位へ手を当てて直に操作ができさえすれば――それは強力な武器となろう、と。


 その発想から辿り着いた答えは発勁+水撃。内部破壊と水流操作のコラボレーション。浸透勁による威力伝達と共にその部位の水分を乱れさせる。そもそも命の根幹たる血液だって水分と言えばそうだ。特定の箇所のみとはいえ、例えばごく一部であろうともそれが体内で大暴れしたらどうなるか?


 堅牢なる肉体はしかし、その堅牢さを一片たりとも活かすことができないだろう。




 ……ゼネトンの殴打とジャラザの掌打は、互いに互いへ命中した。


 ただし真っ直ぐ突き刺さったジャラザの一撃に対してゼネトンのそれは狙いがズレていた。身体正中を殴るはずだった彼の拳は右に進路が外れ、ジャラザの左肩を打っていたのだ。


 それは攻めと守りを同時に行ったジャラザの妙手が功を奏した結果であった。打ち込みながら、すれ違うゼネトンの拳へ己が腕を押し当てるようにして微かなりとも逸らしてみせたジャラザはこの時、やはりどこまでも貪欲であろうとしていた。


 肉体強度でも身体能力でも術の規模でも勝る格上を相手にも『相打ち上等』などとは露ほども思わず、あくまで絶対的な勝利を欲した彼女の貪欲さが、烈風の速度で迫る拳にも対処せしめたのだ――しかし。


 急所から外れたとはいえ命中は命中。そしてその高威力の拳は被害を左肩だけに収めさせてはくれなかった。元々耐久力にはまったく優れていないと自認しているジャラザなので、こうなることは半ば予見してもいた……欲したからといって望んだ成果が簡単に手に入りはしないことを、とっくに彼女は知っていたのだ。



(ま、これでも今の儂には及第点か……なにせ【風刎】が相手なのだから、の……)

「く、う……、」



 がくりと膝をつく。受けたダメージと『脱皮』に消費した体力のつけから、意識こそまだ繋いではいるものの、ジャラザはもうこれ以上戦えそうにはなかった。


 そしてそんな力なく呻く少女の前では――同じくゼネトンもまた地に膝をついていた。



「ぐぶ……っ、」

(こ、このとんでもねえ痛みは! お嬢ちゃんに打たれた腹が内側から爆発でもしたみてーだ――なのに見た目はどうともなってねェだと……!?)



「お、おじょっちゃん……今、俺っちに何をしたんだい?」

「――かっか。悪いがそこは企業秘密だ。……その分だと、お主も限界のようだの?」

「へっ、んなわきゃねーさ。まだまだ俺っちは元気いっぱいだゼ……?」

「そんな血だらけ傷だらけでよくぞ言う……。痩せ我慢だろうと、そこまでいけばいっそ見事だの」


 キャンディナに負わされた傷も含めて常人ならここまでで三度は死んでいるようなズタボロの姿をしているゼネトン。

 しかし強がりではあってもまだ嘴に笑みを浮かべながら話す彼はやはりどこまでもいっても『神逸六境』が一境、【風刎】に相応しき強者としての佇まいを貫かんとしている。


「……、今更で悪いが【風刎】よ」


「んぁ? なんだヨ、俺っちは回復に忙しいもんで、あんまし喋ってられねーんだけどな」


「ふむ。どのみち先に動けるようになるのはお主なのだからそう焦らなくともよかろう――少しばかり、儂の話を聞いてくれんか」


「話ぃ? ああ、いいぜ。俺っちもなーんでまたおたくら・・・・があの子を攫おうとしているのか……つーよりも何を目的に【崩山】のじっちゃんにちょっかいかけようとしてんのか、あの日にゃ聞きそびれちまったんで気になってたところじゃん」


「やはりそうか」

「なんだい、やはりって。俺っち今、なんか変なこと言ったかよ?」


「いや、お主が変なのではない。むしろ変だと称すべきはこの状況だな。お主の言いざまでそれが理解できた……して、そうとわかれば、是が非でも儂の説明に耳を傾けてもらわねばならんな」


 真剣な、というよりも真摯な表情と口調でそう言ったジャラザの様子に、ゼネトンもまた「何かがあるのだ」と察し。


「よっしゃ、そんじゃ聞かせてもらおうじゃん? 俺っちもなんだかちゃんと聞いたほうがいいって気がバリバリにしてきたからヨ!」


 あくまで彼なりに真面目に、しかしどうしても生来の陽気さが抜けきらない明るすぎる声音で了承を返した。


 傷付いた戦士二人がそうやって互いの誤解を解くため、対戦から対話へ行動を切り替えたその横で、何も知らぬ竜人少女ドーララスは未だすやすやと寝息を立てている。

 ……すぐ傍でこうも暴れられても起きないあたり、やはり彼女はその血脈の高貴さに違わぬ大物としての素質を秘めているのかもしれなかった。


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