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404 風鳥と毒蛇・承

「ぇあっ!? ちょちょ、マジかっ!? 俺っちはそんなつもりじゃ……」


 飛び散った少女の肉体。それに最も驚愕したのは『乱破砲』を放ったゼネトン本人であった。この技は『あらしま』より小型の風の砲弾をいくつも同時に撃ちだすものだ。威力では劣るがその代わりに出の速さや攻撃範囲ではこちらに軍配が上がる――そう、『乱破砲』には命中しやすいがその分、仮に命中したとしてもさほどの威力が望めないという明確な弱みがある。


 それでも風属性の適性に優れた魔力を持つ鳥人の才人ゼネトン・ジンが放つのであれば一介の少女如きを仕留めるのになんら不足はないのだが、それが故に彼はきちんと加減をしてもいたのだ。


 誓って言うがこの時の彼に殺す意思など皆無だった。しばらく動けなくなる程度には傷付けてしまおうという意思はあれど――明確な敵意はあっても、間違っても殺意なんてなかった。


 だから、この結末はどう考えたっておかしいだろう。


 たとえ今年度の闘錬演武大会優勝チーム、仮にもその一席を埋める少女がゼネトンの予想を遥かに超えて打たれ弱かったとしても、たった一度の風の散弾でその身が飛び散って四散するほどのダメージを負うなんてあり得るはずがない――。


「! こいつはっ!?」


 ゼネトンが抱いた疑念の正しさを証明するように、散った少女の肉片がゆらりと揺蕩った・・・・。それはまるで水面に映る飛沫の残照。生身の肉体であればあり得ないその異変を目にしたことでゼネトンははたと気付く。


 よもや自分が砕いたのはジャラザではなく、彼女が作り出した――、



「そうとも、『水分身』よ」



 ぬるりと五体満足のジャラザが進み出てくる。不意を突かれはしても編んでいた魔力を霧散させずに形にしたジャラザは予めそうするつもりであった通りに、水で出来た精巧な分身を密かに先行させていた。自身はその影に隠れて奇襲する心算でいたのだがしかし、分身は想定とはかなり違う形で、けれども十二分に役に立ってくれた。


 クータの扱う『炎分身』と比べても精緻さに勝るジャラザ力作の『水分身』は見事ゼネトンの目を欺き、盾として彼女の身代わりになって散ったのだ。


「今度はこちらの手番よ――『瀑泡弾』!」


「うぉっ!?」


 突如として発生した莫大な水量。まるでそこに瀑布でも出現したかのように自身目掛けて圧倒的な勢いで押し寄せてくる大津波に、ゼネトンは目を真ん丸として――されど慌てることなく対抗の術を唱えた。


「『風門・風走り』!」


 それは風を身に纏う自己強化術。身体能力を高めるための風術だ。……同じく鳥人の少女ジーナ・スメタナが使う『風走り』は確かにそれだけの術だが、しかしゼネトンが使うそれは同じ術でも一味違う。より高い魔力、より高い魔力適性。まさに才気煥発の奇才を発揮する彼はジーナ以上に強烈な風を生み出すことで、身体駆動の補助とともに鎧としての機能も果たす一石二鳥のただならぬ術へと昇華させることができる。


「ははっ、いくら鉄砲水を寄越したって俺っちの風のバリアは破れっこねーじゃん!?」


 波濤という言葉通りの激しさで襲い掛かってくる水流もゼネトンの身には一切届かなかった。彼の体より吹き荒ぶ暴風によって遮られ、膜でも張っているかのように周囲を囲うだけに留まる――とそこでゼネトンは風に守られた視界の中、ある奇妙な点に思い至った。


(なんだ、この水――おかしいぞ。やけに重いし、それに……妙に粘つくような気が?)


 量が量だ、重たいことはわかりきっている。しかしそれにしたって少々重量が嵩み過ぎる。風越しに瀑布を背負っていると言ってもいいゼネトンは大方の水を弾き飛ばしながらもそれが「大方」でしかないことに違和感を覚えた――これだけの風量で、最大展開の『風走り』で何故すべての水を直ちに受け流せずにいるのか?


 ――答えは実に単純である。



 降り注ぐ水がただの水ではないからだ。



「っ、よく見りゃこの液体のおどろおどろしい感じは……!」


「さすがに分かるか――その通り、これはだ。よもや『瀑泡弾』を正面から防がれるなどとは思いもしなかったがしかし、儂が扱うのは単なる水だけに留まらんのだ。成分を弄って毒素を生み出すこともすれば、僅かながらに性質を変えることもする。こんな策は貴様の目からすれば、せせこましい小細工に映るやもしれんがな」


「そんな風には思わねェよ……けど、おいおい! 毒をこんな風にぶちまけるなんざ遠慮ってもんを知らねェな!?」


「【風刎】――神逸六境きさまを相手に遠慮なぞしておられんからの」


 『水鞭』に代表される性質変化。液体を液体のままに鞭のようにしならせ打つことのできるジャラザはそれと同じ要領で自ら生み出した水に粘性を持たせることも可能としている。言うなれば毒素を含んだトリモチ。さすがに『瀑泡弾』程の水量全てをそっくりそのまま毒にすることは今の彼女では叶わなかったが、防御を選んだゼネトンの隙へ付け込み粘性を仕込んだ『水流邪道・不服毒』を合流させる形で送り込んでいたのだ。


「こらまた抜け目のないことじゃん……!」


「ふん、もう動けまい。貴様の周辺は儂の毒だらけとなっている……他ならぬ貴様が風で身を守り、考えなしに撒き散らしたことでそうなったのだ。親切心で先に言っておくが、この毒は接触しただけで症状が出る類いのもの。こうなればもはやここは記念館の裏庭ではなく儂の庭・・・も同然よな」


「はっ! そりゃあなんとも笑える冗談じゃんかよ。俺っちを相手にまさか、この程度で自由を奪った気でいるのか――? どいつもこいつも愉快に舐め腐ってくれるじゃねェの! 嬢ちゃんの目のほうにこそ、俺っちの翼が映ってねえと見えるナ!」


 ばさりと広がる――ぐわりと震える。


 鋭き風を従えた鳥人が、ふわりとその足元を地面から離した。



「そうさ、俺には! 足の踏み場がなくとも『大空』っていう最高の庭があるんだぜ!」



 翼を羽ばたかせ宙へ飛び上がることで今度こそ粘性毒素ごと水の檻を引き千切ったゼネトンが、意気揚々とそう宣言すれば――その眼下でジャラザも不敵に笑った。


「まんまとかかったな・・・・・、【風刎】」

「な――、にぃっ?!」


 次の瞬間、ゼネトンは頭からを被っていた。『水縛陣』。これもまた『水鞭』の要領で網を作り敵を捕らえる拘束術。以前まではもっぱら地面に敷くことで掬い上げるように敵を捕捉していたこの術だが、先日『ナイトストーカー』と戦り合った経験からジャラザは足下だけではなく頭上に罠を置くやり方も心得た。足場へ毒を撒けば鳥人ならまず間違いなく「飛ぶ」。それを見越したうえで記念館の屋根と自身の背後の地面とを斜向きに結び仕込んだ無色透明の『水縛陣ほかくあみ』は――少女の期待通りにして思惑通りの結果をもたらしてくれた。


(い、いったいいくつ同時に術を操ってんだこの嬢ちゃん――さっきのおねーちゃんも大概ぶっ飛んでたが、こっちも相当なもんじゃねーの! 半端ねぇ術師だぜ!)


 並の術師ではまず再現できっこない、超技量を要求される戦法を涼しい顔のままでやってのけるジャラザに驚嘆するゼネトン。

 しかし少女の術師としての実力を心の内で賞賛しつつも風の操作に関しては淀みなく、自身を絡め取った水の網をあっという間に風の鎧で弾き飛ばした――しかし。


「しかし遅いな。儂が欲しかったのはその『一瞬』故にな!」


「ちぃっ――ぐぁ!?」


 『飛泉刃』。本物の鎧であっても訳なく切り裂く高圧の水の刃が狙撃の如く動きの止まった鳥人を狙い撃ち――水刃は見事に風鎧を貫通し、彼の持つ只人とは比ぶべくもない強靭な皮膚たる毛皮をも傷付け。


 ついにジャラザ渾身の即効性の麻痺毒が、ゼネトンの体内へと侵入を果たした。


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