400 クレイドールの新境地
本編400話目
ミサイルにビーム、光弾に魔力弾。実弾、エネルギー弾を問わずにとにかく撃てるだけの武装をありったけに撃ちまくる。状況に即しクレバーに武装の種類を使い分ける戦い方をするクレイドールにしては珍しい、消耗度外視の一斉掃射。普段こういった手法を取らないのはリアクターから供給されるエネルギー上限の都合や、射撃武装の複数同時使用によって生じる火力が大抵の場合過剰になる……というよりも余剰気味になることがその理由として挙げられるが、しかし活動限界を早めてまでリアクター出力の上限を取っ払っている今のクレイドールにとってそれらの懸案は懸案とならない。
過剰に支払ってようやくとんとんとなるほどに体内にある合計五つのリアクターはめまぐるしくフル稼働中であり、そして敵は逸脱生物『竜人』。この場面においてクレイドールは無論、普段の戦法を律義に守ることや出し得る火力を出し惜しむような真似などまさかするはずもなく、故に一片の遠慮もなく。
クータが【崩山】の射程から離脱するのを補助するためだけに注がれた弾丸の雨あられ、まさに大盤振る舞いといった表現が相応しい怒涛の射撃は、それでも乱雑なものとはならずに見事一発たりとも狙いを外すことなく目標へ正確に命中して。
その結果――。
「――気は済んだか」
「……ッ!」
まったくの無事。超多量の物量によって全身をくまなく撃ち尽くされたはずのガスパウロ・ドウロレンはしかし、巨岩を思わせる威容に一辺の陰りもなくそこに仁王立ちをしているではないか。
彼我の体格差から初撃として選んだ地対空多連装武装『パトリオットミサイル』。それがまるで通用しなかったことから、クレイドールは威力においてそれを遥かに上回る『一斉掃射』であってもともすれば同様の結果に終わるのではないか……とこの事態を先んじてシミュレートパターンのひとつとして計算済みではあった。
ただそれでも、こうまでも平気の平左でいられては流石に堪ったものではない。
せめてほんの僅かにでも痛みを感じているような素振りでもあってくれたなら話は別だが、ガスパウロにはその程度の反応すらも見られないのだ。
クータの蹴りを受け止めた時とは違って防御の姿勢も取らずにこれなのだから……いよいよもって度し難い。
「ありがとう、クレイドール!」
「礼には及びません。私は打ち合わせ通りの役割を果たしたに過ぎませんから――ですが」
なんとかクータは無事に【崩山】から距離を取ることができた。ダメージこそ与えられなかったが目標そのものは達せたことになる。とまれ、最も連携が容易であろうと目された前衛・後衛をそれぞれが担うスタイルが成り立たない――成り立たせてもらえないことがこれで明らかとなってしまった。
フェノメノンアイ等の特殊遠距離武装を除いて撃てる限りの弾は撃った。それでもガスパウロに通用しないというのであれば、クレイドールはこう結論付けざるを得ない。
「やはり彼を相手に火器類を主武装とするのは得策ではないと思われます」
「! それじゃあ、クレイドール――、」
「ええ。作戦を変更します」
遠距離用が大半を占めるクレイドールの武装類。近接用に数えられるのはエネルギーを刃状に固めた『サイコフィラーブレード』や近距離でしか使えないことから必然的に近接用に分類されるスタン武装『エルモスライト』などがある……が、もはやクレイドールは刃や電気ショック程度がガスパウロの頑強すぎる肌に効果をもたらすなどとは考えていない。
ならばもう、彼女に取れる手段は皆無となったのか――?
いや、そうではない。
遠距離武装も近距離武装も通じないのであれば、武装の多彩さこそが売りのクレイドールにやれることのんてないはずだった……スフォニウスの研究室で待機状態のままひたすらに未確定の時機を待ち続けていた頃の彼女であれば、間違いなくそうなっていたはずだ。
しかし今のクレイドールは違う。あの頃とは違って今の彼女には強い意思と新たな力がある。
撃てる弾は尽きても打てる手がまだある。
撃って駄目なら――打つのみ。
クレイドールの肉体は鋼鉄であるからして、その拳もまた鋼鉄。武装などなくとも戦闘用自律生体機械人形の名称に恥じないだけの性能を彼女は誇っているのだ。
ならばそれを活かさない手はないだろう。
故に、彼女は。
「使用武装の選択領域を無制限から全制限へ移行……コンバットコンバート。コード“Re:MASTER”認証――限定武装『強化外骨格』展開」
クレイドールが光に包まれた一瞬後に、彼女の出で立ちはガラリと変わっていた。メイド服のような元の衣装から一転全身を黒に染め、顔以外の露出を皆無にしたスーツ姿。まるで強化人間が任務時に着用している例のフォーマルな隊服を模したようなビジュアルだ。短めのスカートからパンツルックに、垂らされていたボブカットをセットアップに、より活動的な印象となったクレイドールはその顔付きまでもが幾分か鋭さを増しているようだった。
――これぞクレイドールの奥の手。主人であるナインから改めて『クレイドール』と名付けられ、仲間へと迎え入れられたあの時手に入れた新武装以外での新たな力。それがこの対近接格闘戦用のみに限定してエネルギーを割り振ったニュースタイルでの戦闘形態である。
元から持っていた機能とは明確に一線を画す『モード変更』であるため、形とするのに随分と時間がかかってしまったが――今この瞬間、ようやくクレイドールの中で実践にも実戦にも耐え得るものとして完成されたのだ。
【崩山】というかつてない強大な敵へ立ち向かう今となって新戦法が実現したこと。
それは単なる偶然なのかそれとも、大いなる運命というものによって起因や機運が巡らされたことで天より降りた蜘蛛の糸か。
いずれにせよここでの「ぎりぎり」とも「タイミングよく」とも評せられるような結実の仕方はクレイドールの手が掴み取った確かな『兆し』であったことに間違いはないだろう――挑むこと。
ナインによって生まれ育った研究室……彼女にとって世界の全てであった地下の隠れ家から連れ出されたクレイドール。けれど最終的にその決断を下したのはクレイドール本人であり、それを境に彼女はただ命じられた通りに動くだけの自動人形から一人の生きた人間ともなった。挑み戦い、手を伸ばす。欲することや願うこと……つまりは自らの『意思』を持つことの大切さ。それを学んだからにはクレイドールの歩みは止まらない。
仲間と共に歩み、共に成長する。
それこそが現在の彼女にとっての生きる意味。
なればこそ、この戦闘形態に行き着くことは半ば必定でもあったのかもしれない。
「宣言を。この勝負、ここからが第二ランドの開始です。次は私に合わせてもらえますかクータ」
「クレイドール……。うん、わかった! ガンガンやっちゃえ!」
仲間の急な変貌に面食らったようにしていたクータだが、その顔にはすぐ笑みが広がった。補助ならば任せろ、と急遽役割を逆転させることにもすぐさま力強く頷き同意を返す。そのことにクレイドールもまた珍しくその鉄仮面に薄く笑みを浮かべて。
「感謝を。――では『クレイドール』、参ります」
まるで笑顔など幻だったかのように唇の端が角度を元通りとした途端……クレイドールの姿がその場より消失。
「!」
常人にはまず追い切れないような急加速でもって自身の背後へ回り込んだクレイドールを、それでもガスパウロはしかと目で追っていた。
(速い! 炎使いの赤髪の娘とも与する速度――!)
一箇所に留まって砲撃戦に臨むことしかしていなかったクレイドールがガラリと動きを変えたことで微かなりともガスパウロは意表を突かれたが、しかし不意を突かれまではしなかった。彼は己が視線を振り切ろうと駆けるクレイドールをきちんと視界に収めつつ、クータからも意識を逸らさない。少女らが数の有利を活かし挟撃を企んでいることは彼にとっても明白なこと。頭数の差から挟撃という策自体を防げはしないが、だからどうしたとガスパウロは鼻を鳴らす。
――策に策で対抗する必要など、彼にはなかった。
小賢しい策程度、純然たる力でもって捻じ伏せればそれで済む話なのだから。
「来い! その身に直接力の差を教えてやろう」
「――、」
ガスパウロの言葉に反応を見せることもなくクレイドールが最高速を維持したままで急転換し、目標へ最接近。至近距離から一息の間もなく拳を繰り出す。
「『アドヴァンスナックル』」
ズドドド! と連続して炸裂する一直線の打突。それは一発一発がクレイドールの必殺技とも言える大武装『パイルギアバンク』の生み出す超威力にも匹敵しようかという脅威の連拳。スラスターすらも不使用として持てる限りの全てを純粋なるパワーへ捧げている今の彼女の拳は言葉通りに重い。余さず突き刺さった殴打は見かけ通りの重量と見かけ以上の堅固を持つ強靭なりし【崩山】をも僅かながらに傾がせることに成功し。
そして、その瞬間を逃すようなクータではなかった。
「『瞬巧』――爆炎キック!」
「ぬぅっ……!」
相談なしに決められた挟撃の想定通り、クレイドールの拳とクータの脚が完璧なタイミングで【崩山】を挟み穿った。




