399 クータ、峻烈に舞う
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どーぞ今後ともよしなに!
『聖槍』が放った破壊のエネルギーが持ち手の意思とは関係なしに場を蹂躙し、争い逃げ惑う人々が奏でる恐慌の悲鳴によって台方広場が死に彩られていた丁度その時、通り門の上ではクータが勢いよく跳び上がっているところだった。
四肢に炎を纏い背にも渦巻く叫炎を背負った彼女は高度を敵である【崩山】の目線の高さにまで合わせると、裂帛の気合を込めて技名を高らかに叫んだ。
「はぁああっ!! 『爆炎キック』!!」
自慢の健脚での跳躍力と炎による噴射の合わせ技。撃ち放たれた矢のような瞬発力で爆炎の付随した跳び蹴りがガスパウロの顔面に突き刺さらんとする。先ほどは同じやり方で命中させられたがしかし、此度のガスパウロに油断はない。逃走するジャラザに気を取られていた先とは違って今の彼は戦いの場にいることを自認している……つまりはクータをきちんと『敵』として捉えている。
「ふん!」
故に片腕で受け止める。如何に肉体の丈夫さに定評のある彼であっても攻撃に無防備を晒す愚を犯すことはない。ダメージを抑える意味でも、そして――手早く反撃を叩きこむためにも。
少女一人の体格を優に超えようかという太さの巨腕に阻まれてクータの蹴りは防がれてしまった。単に防御された程度であれば脚力による威力だけでなく、セットで起こる爆発でその防御ごと吹き飛ばせるだけの自信がクータにはある……だがそんな自信もガスパウロが相手では少しの自慢にもなり得ないようだった。蹴り脚を止めた彼の腕はぴくりとも揺らがず、また炎による被害も一切受けていない。
炎属性への耐性。間違いなくガスパウロが自分と同じくそういったものを有しているであろうことを悟ったクータは、同時に彼の持つ耐性が自分のそれを大きく上回っていることも読み取った。根拠は単純。『纏火の舞・瞬巧』発動中の自分の爆炎キックを――あり得ないことではあるが――もしも自分で食らったらどうなるか。
その想定ではいくら炎熱耐性を持つクータであったとしても無事で済みはしないだろう……たとえガードが間に合ったとしても、そのために使用した部位には相応の傷を負ってしまうはずだ。
ところがガスパウロは僅かにすらも傷ついていなかった。
裂傷も炎症も、そして熱さに苦しむような素振りもまるで見せないことから、彼の肉体がその中身から皮膚に至るまで特別製であることは確実だろう。
「むむぅ!」
悔しさに顔を歪めながらクータは急ぎ離脱を図る。しかしてそこに攻撃時のような俊敏さはなかった。それもそのはず、彼女が現在発動している『瞬巧』とはノーマルの『纏火の舞』のグレードダウンさせた――と、いうよりもスケールダウンさせた代物だからだ。
もしもここで純粋な『纏火の舞』を使用していたならクータは攻撃にも回避にも目まぐるしい速度を発揮し、とっくに離脱だって叶っていただろう――そして間を置かずにガス欠を起こしてあえなくぶっ倒れていたことだろう。
そう、革新的なまでにクータの実力を引き上げる彼女渾身の新術『纏火の舞』には無視できない、してはいけない弱点がある。
その弱点こそが時間制限。
元々技の火力を強引に進化させるための『炎環』がそもそも一撃に全力を注ぐという高威力ながらに博打の要素を孕んだものであるため、それの改善版として編み出した『纏火の舞』であっても問題の根本的な解決にまでは至らなかった――十三秒。
主人であるナインを相手に初めて実践した『纏火の舞』の持続時間はたったそれだけ。
一発で火力を使い切る元の『炎環』と比べれば飛躍的に戦闘可能時間を伸ばしたことにはなるが、それはあくまで相対的な評価。十三秒という得られた時間だけで見るならあまりに短すぎると言わざるを得ないだろう――少なくとも時と場合を選ばずに使えるような技でないことは術者たる本人にとっても明白である。
クータとて日々成長している。肉体的な変化こそなくとも身体能力や炎の扱いは日ごとに増しているし、戦った分だけ新たな武器を取得してもいる。『纏火の舞』についてもそれは同様である。
明確な格上を相手にもどうにか戦闘を成立させられるこの一番の武器を磨かずにいるはずもなく、クータはナインとの訓練時よりもその持続時間を着々と伸ばしていた……現在の最高、十八秒。
このたった五秒の進展が少女にとってはとても大きかった。
敵の火術使いを真似ることで『炎環』を生み出し、発想と根性でそれを背負うことを編み出した彼女だ。
……ただしそこから先は根性や気合といった精神論の介入する余地が見つからず、『纏火の舞』の練度は地道な修練を積み重ねることでしか向上を図れなかった。
技術である以上当然のことと言えばそうなのだがしかし、何せクータが目標としているのはあの怪物少女。追いつくためにはナイン以上の成長速度が必須となる以上彼女は少しも落ち着いてなどいられない。
大いに慌て大いに焦り大いに悩み、その結果のプラス五秒なのだ。急ぐ割りには遅々とした歩みであるという自覚はクータにだってあったがこればかりはどうしようもない。もしもここで更なる飛躍を望むのならば、それには『炎環』を思いついた際のような優れた発想に基づく技術的なブレイクスルーが必要となるだろう。
しかしそういった革新性とは望んだからといって易々と得られるような類いのものではない。
特に今、この瞬間であれば尚のこと。
アムアシナムでは敵との戦闘中、窮地に陥ったことで一発逆転の手段を導いたクータではあるがこの場においてもそれを期待するのは些かナンセンスというものだろう――土壇場での発想力を生死がかかった頼みの綱とするなど控えめに言っても戦士失格である。
だからクータは偶然や奇跡に期待を寄せることはしない。
『纏火の舞』をそのまま使ってはすぐに限界が来て戦えなくなる。かと言って使わないことにはまず戦うことすらできない……その二律背反をどうにか成立させる策として機能したのが彼女が密かに時間をかけて案を練り、どうにか考え付いていた新技の『瞬巧』であった。
これは『纏火の舞』を進化させたのではなく、むしろその逆。
退化させた技である。
炎を纏うことで推進力と破壊力を底上げする『纏火の舞』はそれだけ過多な浪費を求めるものでもある。一挙一動ごとにその都度膨大な体力が強制的に徴収されるこの強化術は、それが故の強さでもあればそれが故の脆さにも繋がっている。
だからこその『瞬巧』。
これは要するに持続ではなく断続、常時ではなく瞬時ごとにのみ炎を消費する劣化版『纏火の舞』であった。
移動のために地を蹴る一瞬や攻撃を叩き込む一瞬。その刹那に纏った炎を使うという節約術――無論、常に高速度を維持する元来の『纏火の舞』と比較すると動きのキレであったり総合的な威力であったりと様々な部分でスケールは下がってしまっているが、しかしそれでも元のクータでは手が届かないほどの一撃の重みという強みは健在である。
そして『瞬巧』によって得られる最大の利点はなんと言っても浪費を抑えることによって叶う戦闘継続時間の確保だ。
持続使用を控えての断続使用、それもほんの短い瞬間瞬間だけを切り取るように発動する『纏火の舞・瞬巧』はその気になれば長丁場の戦闘にも耐えられるだけの長時間発動を可能とさせる。
その仕様上、長い使用時間を見据えるほどに必然クータの火力は落ちることになるが、見方によってはそれも調整が容易であるという利点でもある。本当の意味での次の技術的進歩がいつになるかわからない中で苦心しながら編み出した戦法としてはなかなか優れたアイディアだと言えるだろう――とはいえ。
ほんの一瞬にしか最高速度を発揮できない『瞬巧』は技としての強力さで言えば元々のそれに遥かに劣る、まさに劣化版だ。その弱みを突かれる形でクータは今まさに、【崩山】からの反撃を貰おうとしているところだった。油断なく防御することによって万全の体勢を整えている彼が繰り出そうとしている攻撃は間違いなく致命的なものとなるだろう。回避の間に合わないクータにはもはやどうしようもない。
離脱まで見越して『瞬巧』を発動させなかった彼女の判断ミス? それともこれはリスクを受け入れたうえで行った過度な節約による当然の結末なのか? どちらにせよまずもって、ガスパウロを前にして『瞬巧』で挑んだことそのものが致命的な誤断であったとしか言いようがない……。
もしもクータが『たった一人で』勝負していたなら、の話だが。
「『龍そ――むっ!?」
受け手とは反対の腕を引いてクータに対し何やら技を放とうとしていたガスパウロだったが、彼はそれを途中で止めた。
否、強制的に止められた。
それは何故か――逃げ出そうとするクータに合わせて、後方にいるクレイドールからの援護射撃が既に撃ち出されていたからだ。
「出力上限一時突破、全展開可能射撃武装同時使用――『一斉掃射』」
「ぬぐぅおおっ!?」
的確なタイミングで訪れた大物量による射撃妨害を全身に浴びたことで、ガスパウロは――。




